朝。
だが、彼女の部屋はまるで夜のように暗い。
カーテンや雨戸は全て閉じられ、電気は当然付いていない為だが――何よりも、この部屋の主である彼女のまとう雰囲気が暗かった。綺麗に整っていた金髪は乱れ、透き通っていた碧眼は光を失って、彼女はただ、俯いて何かをぶつぶつと呟いている。
鈍色に光る刃と 白い肌を伝う朱
どれほどの時間が経っただろう。虚ろな瞳が、ふと光を得た。
「……そうだ」
赤い唇が歪に歪んで、愉しげな声を発する。
「なかったことに、すればいいんだ」
リンちゃんが部屋から出てこない。
あたしは、リンちゃんがどれほど兄さんのことが好きか――分かってなかったんだ。きっと無理して笑って、明るく振る舞って、誰もいないとこで泣くんだろうって、勝手に思ってた。
「リンちゃん……」
ごめんね。
……ごめんね……。
意を決して、リンちゃんの部屋の扉をノックする。
「……リンちゃん、いる?」
だけど、部屋から返ってくるのは沈黙。あたしはもう一度扉をノックする。
「リンちゃん?開けるよ……?」
あたしがドアノブに手をかけた瞬間、勢いよく扉が開いた。外開きの扉だから、あたしは尻餅をついてしまう。
「……リン、ちゃ……ん?」
あたしは悲鳴もあげず、ただ目の前に立つ彼女を見つめた。彼女はあたしのことに気づいてないかのように虚空を見つめている。
「……かった……とに……」
彼女は小さな声で何かを呟くと、あたしと目を合わせてにっこりと笑った。それはいつも通りのリンちゃんの笑顔――だけど。
暗い瞳とナイフ、そしてリンちゃんの血が、「いつも通り」を完膚なきまでに叩き壊していた。
「レンなんて、いなかった」
可愛い、声。
だけど今のあたしには、それは恐怖の対象でしかなかった。
「リンちゃ……なに言って……?」
「兄さんなんて、いなかった」
ナイフの刃が、光を反射して光る。
「っ……ひ、」
「ミク姉なんて、いなかった」
リンちゃんの目線が僅かに下がった。視線の先は――頸動脈!
「や……ぃやっ!来ないで!やだ、なんで、なんでぇ……!」
「……五月蠅いよ」
笑みが消えた。リンちゃんは、無表情でナイフをあたしに向ける。
「っひ……!」
なんで。
なんであたしが……!
……死んじゃう、の……?
「ぃや……」
身体が……動かない!
あんなナイフで喉を斬られたら、痛いよ
血が、いっぱい出て身体が冷たくなって
喋ることも歌うことも出来なくなるんだ
「――嫌ぁあぁあああぁあっ!」
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