誰かが、僕を呼んでる。誰だろう――温かくて、優しい声。
そっと目を開けると、そこに居たのは、茶髪の軽そうな男性で。僕と目が合うと、嬉しそうにニカッと笑い、言った。
「KAITO……いや、皆人。今日から俺がてめぇのマスターだ」
今、僕はこのひとにインストールされたということか。ぼうっとする頭でそう認識する。
「貴方が……僕の、」
「おうよ」
マスターは大きな掌で僕の頭をくしゃくしゃと撫でる。なんだか気持ちよくて、僕は目を細めた。
「弥栄湊(いやさかみなと)ってぇんだ。ま、湊さまでもご主人様でもマスターでも、好きに呼べ」
掌の感触が心地よくて、ぼうっとマスターを見つめていると、こんこんとノックの音がした。続いて、透明な女性の声。
「湊?私よ、入っていい?」
「鳴子(めいこ)!入れ入れ〜」
マスターがにへーと笑ってドアの方へ駆けていく。とても嬉しそうだ。
僕は乱れた髪を直しながら入ってきた女性を眺めた。綺麗な赤い髪と瞳の、大人の女性だ。同い年くらいかな。
と、目が合った。彼女はすたすたとこちらに歩いてきて、微笑みながら言った。
「アンタが皆人?私、鳴子っていうの」
「めい、こ」
脳内で彼女の名前を反芻する。そして、浮かんできた呼び名を思わず口にした。
「……めーちゃん」
「……ん、それ私?まぁ、好きに呼びなさい」
僕たちが話してる間に、マスターがそろそろとめーちゃんに近づいてきている。めーちゃんは気付いてないみたい。
……あ、抱きついた。
「ひゃっ――」
「めーいこっ♪」
愛おしそうに頬ずりをするマスターに、めーちゃんは顔を真っ赤にする。でも、嫌がってはいないみたい。僕、邪魔かな……?
「もぉっ、皆人が気まずそうでしょっ!」
「んー?……むぅ」
めーちゃんの言葉に、マスターがめーちゃんの背中から離れる。
「すいません……」
謝ると、めーちゃんはにっこりと綺麗に笑って言った。
「いいのよ、気にしなくて。皆人は優しいのね」
とか言いながらめーちゃんはマスターの足をぐりぐり踏みつけている。
「いたっ、痛い、鳴子痛いよ!愛が痛い!」
ぎゃあぎゃあ騒いでいるマスターを無視して、めーちゃんはそれは素敵な笑みを浮かべて言った。
「KAITOってアイスが好きなんでしょ?冷蔵庫に入ってるから、食べに行きましょ」
「あいす……!」
まだ何にも知らない僕だけど、アイスは分かる。甘くて、冷たくて、口の中で溶けて――いいものだ。
「食べたい、です」
そう言うと、めーちゃんはなんだかとても切なげに笑った。その笑みがはっとするほど綺麗で、僕は思わず見とれてしまう。
「おらおら、アイス食いに行くんだろ?早く行こうぜ」
「そうね」「はいっ」
マスターとめーちゃんに手をひかれて(インストールしたてのVOCALOIDは不安定で危なっかしいから、だそうだ)リビングに向かいながら、僕はこれからの生活に思いを馳せた。
マスターも、めーちゃんも優しい。
きっと、幸せに暮らせるかな。
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