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俺が“沢田綱吉”だった頃、当たり前のように…いや、当たり前だった道を歩いていく。実際、この道自体は何度も歩いていたが、あの家に行くことだけは内心ずっと躊躇っていた為か、変に緊張している自分がいた。


(リボーンは沢田の修行に付き合っているからいないとして…チビ達はいるかもしれないな)


チビ達と交流がから多少は気がまぎれるかもしれない。そう思いながらベルを鳴らすと「はーい、今出まーす」という女性の懐かしい声がした。

トタトタと軽い足を音が聞こえ、止むと同時にガチャリと扉が開く。

静かに音を立てながら開いた扉の奥からは、自分の記憶よりも幾分か若い女性――沢田奈々――が出てきた。


「はーい、どちらさま…ってあら?」

「初めまして。俺、沢田…綱吉君と同じクラスの天宮空っていいます。学校で貰った綱吉君のプリントを届けにきました」


緊張を表に出さずにこりと微笑む。うん、さすがリボーンに鍛えられた事もあってポーカーフェイスは今じゃお手の物だ。とはいえ、久しぶりに母さん…奈々さんに会えたのも嬉しいから作り笑顔というわけじゃない。相変わらず若いなぁと思いながらも奈々さんにプリントが入っている袋を渡した。


「まぁ!あなたが空君?いつもつっ君から聞いてるわ〜!わざわざありがとね!」


すると母さんは、名前を聞いた途端目を輝かせ、ニコニコしながらプリントを受け取った。

…うん、母さんが喜んでるのは嬉しいけど一体どんな話をされているのか非常に気になるところだ。


「ランボ君達からも話はよく聞くの。いつも遊んでくれていてありがとう。…そうだ!よかったら少しお茶でも飲んでいかない?」

「えっと、その…」

「ちょうどクッキーが焼けたところなの。あ、無理にとは言わないけど…よかったらお話したいなぁって思って。…だめ、かしら?」


はい、このあと山本と隼人のところにも届けないといけないので無理です…って言えない。言えるわけない!こんなにキラキラした目で頼まれたら断れるわけないじゃんか!!というか母さんのクッキーものすごく食べたいです。


「…じゃあ、お言葉に甘えて、少しだけお邪魔します」


上がって上がって!とご機嫌で案内されたリビングは記憶と全く違いはない。

母さんがよく料理をしていた台所。

最初は二人だけだったのにいつの間にか人数が増えていったテーブル。

チビ達と一緒に見たテレビ。

そして―――――


「お〜君が空君かぁ〜!!いらっしゃい!」


床にゴロンと寝そべり、顔を真っ赤にさせてべろんべろんに酔ったダメ親父―――


(なんっっっで居るんだよこんのダメ親父ぃぃぃ!!!!しかも昼間っから何酒飲んでんだ!!!!!)


思わず反射的に出そうになった罵倒をぐっとこらえ、少々戸惑ったように苦笑し軽くこんにちはとお辞儀する。我ながら完璧な対応だ。笑顔?作り笑いに決まってるだろ。

これまた記憶取り幾分か若い元父親を眺めるが、片手に酒瓶、作業ズボンで上は下着姿になぜか室内でヘルメット。おまけに空君も飲むか?美味いぞぉ!と未成年に酒を勧めてくる始末…うん、やっぱないわ縁切りたい。あ、切れてたわ。

ボンゴレ関係では反発もありながらちょぉーとだけ尊敬しなかった事もないけどこの姿を見た瞬間尊敬何それ美味しいの?って状態になる。

でもこんな状態でも攻撃しかけられたら簡単に避ける上にしっかり反撃するんだよ?まじでなんなんだ…。


「はい、どうぞ。ごめんなさいね?無理に上がってもらっちゃって。」

「いえ、全然大丈夫ですから気にしないでください!それに、こんなに美味しいお菓子とお茶をいただけるなんてラッキーでした」


やっぱ母さんのクッキーは最高だな。外はサクサクで中はしっとり、相変わらずの腕前です。今の母さんも料理が上手だけどこっちは懐かしさがこみ上げてくる。


「ふふ、口にあってよかったわ」

「いつもこんな美味しいお菓子が食べれるなんて、沢田は幸せ者ですね」

「やだぁ!そんなに褒めたってお菓子しか出てこないわよぉ!でもうれしいわ、ありがとう」


嬉しそうに頬を染めながら紅茶のお代わりを入れてくれる母さん。いやいや、本心だから。ほんと恵まれてたよ俺。それにくらべてそこで寝ているグータラ親父…なんで母さんと結婚できたんだろ。あ、母さんだからか。

かつての父親をかなりボロクソ言っている自覚はあるがあの人にはこれぐらいでちょうどいい。このこととツッコミに関しては沢田といい酒が飲めそうだと思いながら(同一人物だろというツッコミはしてはいけない)かつての母親と世間話に花を咲かせる。といっても、沢田やチビ達のことばかりだが、それでも楽しそうにしてくれて何よりだ。

2杯目の紅茶がなくなる頃、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴り響く。


「はーい!今行きまーす!…ちょっとごめんなさいね?すぐ戻るから」

「いえ、大丈夫です。お気になさらず」


俺の返答にありがとうと言いながら母さんは玄関の方へと消えていく。だいぶ数か少なくなったクッキーを一枚取るとサクサクと音を立てながら食べていく。うん、おいしい。

残りの紅茶も全部流し込むとタイミングを見計らったかのようにグータラ親父が酔っ払いながら先ほど母さんが座っていた席へ腰を下ろした。


「うちの奈々の料理はうまいだろぉ?」

「はい、とっても。うちの母さんも美味しいですけど、奈々さんのもとってもおいしいです」

「はっはっは!!そうだろそうだろ!奈々の料理は世界一だからな!」


片手に持ったコップに酒を注ぎながら上機嫌でクッキーを摘まむ。美味い!と言いながらお酒を一気に飲むと父親としての優しい顔をしながら空と向き合った。


「いつもうちのツナが世話になってるな。学校ではどんな様子か教えてもらってもいいかい?」


息子の時には見たことのない父親の表情に、こんな顔もできたのかと内心驚きながら学校での様子を思い浮かべる。


「そうですね…最近の沢田は楽しそうですよ?すごく。パンツ一丁で学校のマドンナに告白したり、勝負をふっかけてきた剣道部主将を禿にして返り討ちにしたり…なんかすごいことばっかしてますけど、山本や隼人達と仲良くなってからすごく楽しそうに笑ってます」


改めて口にするとやばいなこれ。感覚がだいぶ麻痺ってたけど飛んでもないことばかりしてるぞ沢田。まぁ、俺もそうだったけど。


「がっはっはっは!!そうかパンツ一丁で告白か!やるなぁツナ!!それぐらいやってこその男ってもんだ!!」

「いや、普通にやばいと思いますけど」


思わず突っ込んだ俺は悪くない。え、悪くないよね?


「そうかぁ、楽しそうにやってるなら何よりだ。ツナと仲良くしてくれてありがとな。これからも六道骸共々よろしく頼むよ」

「あ、はい…えっ…」


さらりと口から出された名前に一瞬にして空気が固まる。家光へと視線を向けると先ほどとは違いCEDEFのソレになっていた。


「えっと…なんで骸のことを…?」

「いや、実は骸君とも知り合いでね。空君のことを前に聞いたのを思い出したんだ」


嘘をつけ嘘を。明らかにこっちが本命だろうが。

大方、守護者の話を出す際に聞いたんだろうけど、一般人に向ける殺気じゃないだろこれ。普通ならビクビクするところだろうけどなんか癪だと思い一呼吸するとへらりと笑みを浮かべる。


「そうなんですか、骸が…世間は狭いですねぇ〜」

「空君、君は…どんな子か知ってるのかい?」


間の抜けた笑みにピクリと反応するが笑顔のまま空を見る目は変わらない。それは見極める目あり、警戒心を帯びたものだ。


「どんなって………パイナップル?」

「……は?」

「いや、だからパイナップルですよ。チョコ好きの。12ダースは余裕で食べれるとか言っちゃう将来糖尿病予備軍のパイナップルです」

「……ちなみに、なんでパイナップル?」


笑いをこらえるようにぷるぷると震えながら訪ねる家光にニッコリと笑みを浮かべる。


「髪型」

「ぶはっ」


笑いの堤防が決壊したらしくテーブルに頭をつけながらひぃひぃと笑い転げる。ぱ、パイナップルッ…!と呟きながら爆笑する姿は予想外だったが一泡吹かせてやったと気持ちになり空は勝ち誇った笑みを小さく浮かべた。


「…俺は、あいつが普段何をしているかは知りませんし、あいつから言うまで聞こうとも思ってません」

「……」

「だから、あいつが沢田のお父さんとどんなことがあったのかも聞きません。ただ、俺はあいつを信頼してるし大切に思っている」

「…もし、骸が」

「家光さん」


家光が言おうとしたであろう言葉を遮り、空はまっすぐ見つめる。


「俺は、骸のことはほとんど知りません。でも、俺にとっての骸は馬鹿みたいにチョコが好きで、たまに意地っ張りで、意外と律儀な……俺の友達です」

「…そうか」


家光は空の言葉に目を見開き、やがて小さく笑みを浮かべるとガシガシと頭を掻いた。

そして、空になったコップに酒を注ぎ、飲み干すと同時に玄関から奈々が帰ってくる。


「あなた、隣の藤本さんから美味しそうなカニを頂いたの!今日はお鍋にしましょう!」


ニコニコと笑顔を浮かべながら発泡スチロールいっぱいに入ったカニを持ち、冷蔵庫の方へと歩いていく。ふと時計を見るとだいぶ時間がたっており、山本の家に行くため荷物を持った。


「じゃあ俺はそろそろ…」

「あら、もういっちゃうの?よかったら一緒に夕飯でも、っておもったのだけど」

「すみません。すごく魅力的なお誘いですがこの後もすこし予定があって…」

「そうなの…じゃあまた今度よかったら食べに来てね!」

「はい、その時はぜひ」


お邪魔しました。と二人に会釈をすると見送られながら久しぶりの我が家を後にした。




   ◇      ◆      ◇




家光side


パタンと扉が閉まり、天宮空が去っていく姿がリビングから見える。

自分の息子とさほど変わらない高さの背中を眺めながら家光は先ほどの会話を思い出していた。


「友達、か…」


己をまっすぐ見つめる瞳は嘘を言っているようには見えず、長年の自分の勘も”嘘ではない”と言っている。

彼の存在がツナにとって吉とでるか凶とでるか…まぁ、あの様子だと大丈夫だと思うが。調べた結果は特に気になるところもない普通の少年だ。一般家庭に生まれ、普通に育ち、普通に学校へ通う、綱吉のクラスメイト。マフィアなんていう裏世界とは全く接点のない少年。


(天宮空君…か、中々肝も据わった好物件だが、あいつと約束しちまったからな…)



そうして目を閉じながら思い出すのは霧との会話――――――



『いいだろう。逃走中の柿本千種と城島犬の保護を、私が責任を持つ』

『クフフフ、物好きですね。僕はすべての能力を取り上げられてしまいましてね、特異なこの娘の体を借りても僅かな時間しかこちらに留まることしかできませんよ』

『それでも構わない。君に、ツナの守護者になってもらいたい、六道骸』

『…わかりました。あぁ、それともう一つ条件が―――』

『…なんだ?』

『そちらの黄色のアルコバレーノが引き込もうとしている、天宮空という少年をこちらの世界に巻き込まないでいただけませんか』

『天宮空…』

『えぇ、マフィアのマの字も知らないただの少年です』

『それは構わないが…なぜそんな少年を?君と接点があるようには思えないが…』


仲間か?それとももう一つの依代か…


『あなたが考えているようなものではありませんよ。…そうですね、あえていうなら…彼は私の――――――』


”ただの、友達ってやつでしょうか”



言っていいのか迷っている、彼に似合わないような声音で告げられた言葉を思い返す。

そして、何かを察しつつも大切な友達だと言い切った空。


「いい友達を持ったな、骸…」


息子と大して年齢が変わらない霧の少年を思い、家光は優し気な笑みをこぼした。



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