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山々に紅葉が目立ち始め、猛暑も鳴りを静めたころ。
自室で寝転がり、春とはまた違った過ごしやすい気候の中で、空はうつらうつら夢と現の狭間を行き来していた。
(あ〜…平和だなぁ…)
少し前までは骸たちのことで色々と落ち着かない日々が続いていたが、ここ最近は今までのことが嘘のように平穏だ。
相変わらず骸は夢にでてきてはチョコをむさぼり、学校に行けば昔の自分や隼人たちと話しながら雲雀さんに鉢合わせしないように超直感をフル回転。前のように補習を受けることもないので沢田が補習のときはチビ達が遊びに来てくれるから退屈はしない。
「平和って素晴らしい…!」
沢田綱吉だったころはいつも騒動の中心に嫌でもさせられていたため、「なんで俺がこんな目に」と思うことが多かった気がする。確かにあの頃も今思えば自分も楽しんでいたし今でも大切な思い出だ。でも、今の平和を噛みしめるほど、昔の非平凡が浮きだってしまうというものだ。
眠気に誘われ目をつぶると、仲間たちの姿が脳裏に浮かぶ。炎真たちや白蘭、ユニ、元アルコバレーノ、ヴァリアー、そして自分の仲間たち。一人一人みんなの顔を思い出していると、ある一人の仲間のことでふと目を覚ました。
(そいえば…)
「凪はどうしてるんだろ…?」
この間までは猫に餌をやりに2日間隔でよく会っていたのだが、ここ2週間ほど凪の姿を見ていない。
凪がいるところといえば黒曜ランドだが、それはクロームとしての彼女の居場所だ。前の世界のように事故に会ってない凪は死にかけてもいないため骸と出会っているのかも分からない。凪の家は知らないが、凪の家庭があまり暖かいものではないのは知っている。だからこそ、空は凪をよく夕食に誘っているのだ。
(俺は凪の…クロームとしての人生を閉ざしてしまったのかもしれない)
前の世界の凪はクロームとしての人生をどう思っていたのかは空にはわからない。それでも、彼女は幸せそうに笑っていたのを覚えている。自分に会うと、凪は笑顔で接してくれるが、凪とクローム…どちらの人生が彼女にとって幸せなのかは空にも、凪にもわかることはないのだ。
「安全第一を考えたら断然こっちなんだけどなぁ…」
あの時凪を助けたことに後悔はない。何度だって自分は同じことをするだろう。だけど、クロームの幸せそうなあの笑顔を知っている身としてはどうにも悩ましい。
すっかり眠気が覚めてしまい、ぼんやりと天井のシミを眺めていると聞きなれたチャイムが空の耳に響いた。
「そーくん!悪いけど出てくれなーい?」
「わかった!!」
どうやら手を離せないらしい母親に頼まれ、空は玄関まで駆け降りるとガチャリと扉を開けた。
「はーい…って凪!?」
「空…急に来てごめんなさい」
「いや、それに関しては全然大丈夫だけど。でもよかった…最近姿を見なかったから心配した」
「ごめん…空に、話したいことがあるの」
「謝ることなんてないよ。わかった、俺の部屋で聞くから上がってきなよ」
「うん」
凪はほっと安堵の息を漏らすも、その瞳は不安で覆われていた。
様子のおかしい凪に空はどう接したらいいか悩んでいると廊下にひょこっと顔をのぞかせた母親が凪の姿をみて目を輝かせた。
「あらあら、凪ちゃんだったの!いらっしゃい」
「お邪魔します」
「後でおやつ持っていくからね」
「ありがと、母さん」
そのまま凪を二階の自室に連れてくるとクッションを渡し、小さなテーブルの前に座った。
「…で、何かあったの?凪」
「……ねぇ、空」
「ん?」
「空は……私がいなくなったら心配する?」
「そりゃ心配するに決まって…………ん?まてまてまて、なんで急にそんなこと!?え、待って!急すぎて話が見えない!!」
「えっと…」
「ちょっと待って落ち着こう!?」
「うん、空がね」
「………そうだね」
落ち着け俺。凪が不思議キャラなのはいつものことじゃないか。こちらの骸も性格がだいぶ丸い気がするが凪もなかなかだ。霧はみんなこうなのではないかと紫の赤ん坊や骸の弟子が頭に過ぎるが違うと思いたい。
「…で、どうして急にそんなことを?」
「……私、ある人の力になりたい。こんな私を必要としてくれたあの人の役に立ちたいの。だから、家を出ることに決めた」
「…一応聞いとくけど、両親には何か言った?」
「言ってない。そんなこと言ったらお母さんたちは怒るだろうし…世間体がどうこうって」
「そっか…」
ほとんど交流したことはないが、前に一瞬だけ凪の母親を見たことがある。確かに年頃の娘がある人についていくので家出します、なんて言えるわけない。まぁ、うちや沢田の母なら笑顔で見送りそうなのが目に浮かぶがあの人達は別だ。
「だから、黙って出ていくつもり。この先どうなるかわからないし、猫や空と会えるかもわからないの。家を出ていくのは全然かまわない、だけど空たちと離れるのは嫌で、ずっと悩んでた…」
「…でも、凪はもう決めたんだろ?」
「うん。私は”凪”じゃなくて”別の私”になる。あの人のくれた新しい名前で、あの人の傍に居たい」
「なら行ってきなよ。俺は凪が決めたならそれでいい。でも、無茶だけはしないように!」
「空…」
「あと、これだけは覚えていて。”俺は何があっても凪の味方だ”…だから、いつでも帰ってきなよ。俺も猫も待ってるからさ」
「…うん。ありがとう、空」
嬉しそうに顔を綻ばせる凪に空も優しく笑みを浮かべる。
凪が言っているのは十中八九、骸のことだろう。むしろ骸でなければ誰だという話だ。
いつも下を向いていた凪が、まっすぐ俺を見つめてはっきりと自分の道を決めた。それだけで凪の意志の強さがわかる。凪を妹のように可愛がってはいたが、今はなんだか娘を嫁に出す父親の気分だ。
(とりあえず骸は一発殴ろう)
娘を誑かした罪は重いぞ。と思いながら空は優しく凪の頭を撫で、小さく微笑む。怖いって?いやいや当たり前だから。むしろ一発で済ますなんて優しいだろ?
その後母さんが持ってきてくれたおやつを食べ、凪を玄関の外まで送る。
「凪…」
「なに?」
「凪の新しい名前、聞いてもいい?」
「…クローム。クローム、髑髏。でも、空には”凪”を覚えていてほしいから…だから…」
「わかった。いってらっしゃい、”凪”」
「っ!行ってきます、空…!」
そういって幸せそうに笑った霧の少女の笑顔は、とても懐かしいものだった。
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