交差する時間 | ナノ
 




時空を越えられるという逆鱗。





自分がその力を体験したのは、遙かな世界と現代を行き来したとき。





最初は何が何だかわからなかったそれも、二度目となると免疫がついたらしい。





けれど、不測の事態という物はいつだって存在する。










1、Fate 











新年。
このメンバーで、よりにもよって現代で新しい年を迎えられるとは、思ってもいなかった。
けれど、迎えてしまったことは事実。
あちらの世界で熊野にいた浅水にとって、のんびりした正月を迎えるのは十年振り。
ヒノエに至っては、初めてのことじゃなかろうか。
神職という職業は、年末年始にかけて忙しくなる物だ。
本当なら、今年の今頃も儀式だ何だとかり出されていたに違いない。


「あけましておめでとうございまーす!」


玄関から聞こえてきた望美の声に、浅水は作業の手を止めた。
部屋の中には、祖母の着物が所狭しと並べられている。
望美と新年に晴れ着を着るという約束をしていたため、どの着物にするか選んでもらうためだ。
一度、着物を見てもらったのだが、どれにするか彼女は決めかねてしまった。
なので、年が明けたらもう一度着物を見てもらい、その中から決めることになったのだ。


「浅水、準備は出来たかしら?」


障子を開けて様子を確認する朔も、既に着替えが済んでいる。
彼女が選んだのは、さほど華美ではない、けれど、上品な物だ。
普段はあまりオシャレをしない朔のために、と浅水と望美が嬉々として選んだ物だ。
始めのうちは抵抗していた朔だったが、終いには諦めたらしい。
大人しく望美が差し出す着物を手に取っていた。


「うん、大丈夫だよ。望美を連れてきてくれる?」

「わかったわ」


朔が望美を呼びに行くのを見て、浅水は自分の服をたたみ始めた。
浅水も朔と同じように、着物を着ている。
ただ、違う点を上げるとすれば、浅水の着ている物は晴れ着であるということくらい。
本当は着るつもりなど無かったのだが、二人の強い願いと、何よりヒノエと敦盛に言われたせいだ。
普段から身軽な服装だったことが、こんなところで仇になるとは思ってもいなかった。


「そういう格好をすると、普段よりもずっと輝いて見えるね」

「ヒノエ、いきなり部屋に入るのは失礼なんじゃない?」


後ろから聞こえてきた声に、少々溜息をつきながら振り返る。
着替えが終わっているからいい物の、もう少し早ければ着替えている最中だったところだ。


「…………」


けれど、振り返った浅水の姿を見て、ヒノエは声を失ったきり微動だにしない。
どうやら驚いているようだが、驚く理由がわからなかった。
自分の姿を見下ろしてみるが、これといっておかしいところはないはずだ。
いつもの姿を見慣れている人にとっては、おかしいと感じるかもしれないが。


「ヒノエ?」

「あっ……あぁ、悪い。朔ちゃんが浅水の仕度は終わったって教えてくれたからね。オレとしては、他の野郎の目に入れる前に見ておきたかったってだけ」


名を呼べば、ハッと我に返り普段と同じ態度に戻る。
けれど、感じてしまった違和感だけは拭えない。
朝は普通にヒノエと会っている。
そのときは、こんな態度を取らなかったから、何かあるとすればこの着物。
だが、これは祖母の物だし、あちらの世界へ行ったときには所有していなかった。
だから、ヒノエが知っているはずがない。



ならば、なぜ───?



そんな時、廊下を歩いてくる足音が聞こえてきた。
しばらくしてひょっこりと顔を覗かせたのは、将臣である。


「浅水、譲が茶にしようぜって……ヒノエ。お前、浅水を呼びに行ったはずなのに、何で連れてこねぇんだよ」

「そりゃもちろん、姫君の艶姿を堪能してたからね」

「へいへい。勝手に言ってろよ」


将臣の話を聞くと、どうやらヒノエは浅水を迎えに来たらしい。
それなのに、迎えに行ったはずのヒノエが全然こないから、結局将臣が迎えに来たとか。
ヒノエに聞きたいことはまだあったが、リビングで待っているみんなを思うとそれは憚られた。


「あ、ちょっと待って。一旦部屋に行ってからリビングに行くから」


先に行くように二人を促すと、浅水はパタパタと軽い足音をさせて自室へと戻っていった。
そんな浅水の後ろ姿を見送ると、ヒノエは将臣に声を掛けた。


「何だよ?」

「今日の初詣だけど、オレと浅水は行かないから」

「はぁ?」

「望美の着付けも、朔ちゃんに頼んでくれない?あぁ、オレたちの茶もいらないって譲に伝えといてくれよ」


ヒノエの口からぽんぽんと出てくる言葉に、将臣は開いた口がふさがらない。
一体何だというのか。
それ以前に、予定があるなら始めから言っておけ、と言いたくて仕方がない。
折角みんなで初詣に行くと言っていたのだ。
それなのに、ドタキャンされてしまってはどう説明すればいいものか。
しかも、それをみんなに告げるのは言われてしまった将臣しかいない。


「お前、この貸しはデカイからな」

「雀の涙程度には、覚えとくよ」


恨めしそうに睨んでくる将臣を視界に捉えながら、ひらひらと手を振ってその場を後にする。
残された将臣は、難しそうな顔でみんなにどう説明するかを考えていた。










ヒノエが向かったのは浅水の部屋だった。
扉の前に立ち、数回ノックする。
けれど、先に部屋へ向かったはずの彼女の声はしなかった。


「浅水、入るぜ」


一応断りを入れてからドアを開け、室中に入る。
けれど、やはりその場に目的の人はいない。
そのことに少々肩すかしを食らった感じがしながらも、こうなることは予想していた。



そう、浅水の着ていた晴れ着を見たときから。



確かにあの晴れ着を見るのは初めてだ。
現代では。
けれど、自分は確かにあの晴れ着を着た彼女を見ている。
だからこそ、驚いた。


「ん?」


机の上に、小さく輝く物を見付けて近付いた。
そこにあるのは、一枚の鱗。
見覚えのあるその鱗は、白龍の神子である望美が、首飾りとして肌身離さず持っているソレ。
どうしてそんな大切な物が、と手に取れば、それは始めから存在しなかったようにキラキラと輝きながら姿を失った。


「そういうこと、か……まさか、このタイミングだったとはね」


納得したように小さく呟くと、移動してベッドの上にその身を投げ出す。
ほどよくスプリングの効いたベッドは、ギシ、と小さく鳴いた。


「アイツを本気にさせる前に、早く帰ってきなよ、浅水。お前を抱きしめるための腕は、ここにあるんだぜ?」


天井に伸ばされた手は宙を掴む。
思い描くのは、晴れ着を纏った彼女の姿。
久し振りに見たその姿に見とれてしまったのは本当のこと。
それと同時に、これからのことを思い出してしまった。





彼女にとってはこれから起きる出来事。


けれど、自分にとっては既に過去の出来事。





戻ってきたときの彼女が楽しみだ、と胸中で呟く。
それまでは、浅水不在の事実を隠しておこう。
幸いにも、初詣には行かないと言ったおかげで、自分たち二人でどこかに出掛けると思ってくれるだろう。
それまでは時間が稼げる。
日付が変わる前に戻ってくれば大丈夫だろう。
仮に、日付が変わったとしても、理由は何とでもつけられる。


「天女の羽衣を隠しても、お前はオレの前から消えてしまったからね」


過去の記憶に思いを馳せて、今なお鮮明に思い出されるのは一人の女性。
それが全ての始まりであり、終わりでもあった。















不意に、何かが水中へ落ちる音がきこえてきた。
それほど大きい音でもなかったため、自分の気のせいかとも思ったが、慌てたように部下の一人が走ってくるのが目に入った。


「頭領!大変ですっ」

「何があった」

「そ、それが……」


大変だと言いながら口ごもる男に、少々苛つく。
言いたいことがあるならハッキリ言え、それが自分の信念の一つでもある。
それは目の前の男もわかっているだろうに、珍しくもハッキリしない。
これでは埒があかない、と口を開いて促そうと思った瞬間。


「女が海に落ちたんでさぁ!」

「女ぁ?!」


耳に届いた声に、驚きは隠せなかった。
そもそも、今いる自分の船の他に、周辺に船などは一艘も見あたらない。
だとしたら、どこから女が現れるというのか。
船の乗組員の中に、女がいたという事実は、ない。
そうでなくとも、航海に出るときは水軍衆の猛者を引き連れているのだ。
女が乗っていれば、すぐにわかる。
けれど、本当に女が海に落ちたとしたら、まずさ気にすべきことは詮索ではない。


「野郎共っ、今すぐ船を止めろ!で、その女はどこら辺に落ちたんだっ」

「へい、こっちでさぁ!」


甲板内を走り回り、舳先の方へ連れて行かれれば一ヶ所を指差される。
よく目をこらしてみれば、何かが浮かんでいるように見えなくもない。
人だと言われればそう見えるし、違うと言われれば違うようにも見える。


「小舟を出しやすか?」

「いや、いい。俺が行く」

「ちょっ、頭領っ!」


返事を待たずに海へ飛び込むと、一直線に泳いでいく。
今頃船では慌てながらも、小舟を用意している頃だろう。
本当に女が海に落ちたのなら、このまま海水にいるのも問題だ。
果たして、その場へ辿り着いたときに海水に浮かんでいるソレを見付けたときには、肝が冷えるかと思った。



着物の袖が海水にゆらゆらと浮かんでいる。

どうやら意識はないらしく、その瞳は固く閉ざされたまま。

青白い顔は、生きているのかどうかすら怪しく見えた。



慌てて船の方へと戻れば、途中で迎えに来た小舟に拾われる。
自分よりも先に女を小舟に乗せてから、ようやく自分も小船に乗る。


「お嬢さん、生きてるかっ」


数回頬を叩けば、ひゅっと息をする音が聞こえてきた。
継いで咳き込む音。
身体を横にして、背をさすってやれば、程なくしてほっと息をつくのがわかった。


「大丈夫か?」


再び声を掛ければ、緩慢な動作でこちらを見上げてくる。
未だ焦点の定まらない視線は、先程まで危険な状態にあったからか。
ぱくぱくと何かを言っている口元に、自分の耳元を寄せれば、聞き取れた単語に瞠目する。


「ヒノ……エ……?」

「何?」


それだけ言うと、女はまた意識を失ったようだった。



その名を持つ相手を、自分はよく知っている。



けれど、目の前の女はどこでその名を知ったと言うのか。
よりにもよって、自分の顔を見てその名を呟くと言うことは、ただ者ではない。
どこかの間者だろうか。
だが、それにしては着ている物は──海水で濡れてしまったが──高価そうな代物だ。


「頭領、この女、どうしやす?」


危険な芽は早めに摘んだ方がいい、とその目は訴えている。
もう一度、意識を失っている女を見るが、それほど警戒する必要はないと、心のどこかが訴えているのを感じていた。


「とりあえず、意識が戻るまでは丁重に扱え!船に戻るぞ。急いで勝浦へ向かうんだ」

「合点!」


小舟を船まで戻らせると、再び船は航海を始めた。
どこの誰か、素性もわからぬ、一人の女を乗せて。










船の目的地は、勝浦。









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2008.3.8 



 
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