泡沫の夢 | ナノ
 




折角再会できたのも束の間、何かと騒がしくなってきたので、少し離れたところへと移動した。
その際に、望美からいろいろと話を説明されたが、悠の耳には何のコトやらサッパリだった。
どうやら、将臣は関係があるらしいが、悠については無関係。
一人だけ、除け者にされた感が否めない。


この世界にやって来たときも感じた、疎外感。


まるで、自分一人だけが異物のようで。
何のためにここにいるのか、どうして自分なのか。
無関係だというのなら、いっそのこと元の世界に戻して欲しい。


「……、悠!」


耳元で名を呼ばれて、ハッと我に返る。
すると、目の前には顔を顰めた将臣が見えた。
どうやら、呆けていた自分を案じていたらしい。
普段はどうでもいいくらいいい加減なのに、こうした細やかな気配りを稀に見せる。


「大丈夫か?」
「…………ない」
「は?」


心配して掛けてくれた言葉に返事を返すも、どうやら将臣の耳にまで届かなかったらしい。
聞き返されて、もう一度。
今度はいつもと同じ調子を作り上げる。


「大丈夫じゃないっ……!突撃したいんだけどっ」


悠の言葉に、ギョッと目を見開いたのが半数。
もっぱら、九郎、景時、弁慶の三人だ。
譲は一度だけ瞬きして、周囲を見回した後に「あぁ」と小さく声を上げただけ。
望美も望美で、心得ているらしく、朔に「気にしなくて良いよ」と言っている。
リズヴァーンは終始無表情。
敦盛に至っては、おろおろと動揺するばかりだ。
許可を求められた将臣は、目の前にいる人物一人一人に視線をやる。
その中で目に入ったのは、望美の隣にいる白龍と、少し離れたところにいる敦盛。
内心で合掌しながら、小さく息をついた。



それも、一つの許可。



将臣が息をついたのを聞き取るや否や、悠はまず白龍の元へと駆け出した。
悠が突然駆け出した物だから、九郎たちは思わず自分の武器に手を掛ける始末。
だが、それらが悠へ向けられる前に、悠は目的の人物を抱きしめていた。


「か〜わ〜い〜い〜っ!!」


ぎゅっと、白龍を抱きしめて、その柔らかな頬に自分の頬を擦り寄せる。
抱きしめられた瞬間は驚いた白龍も、悪意のない悠の行為と、自分が褒められているのだと理解して同じように悠に返した。
それが悠のツボを付いていたのは、現代組にしかわからない。


「な、何なんだ……?」


あまりの出来事に、言葉を無くした九郎は呆然と目の前の出来事を見ていることしかできなかった。
そんな九郎にフォローを入れたのは譲である。


「先輩は無類の可愛い物好きなんだ」
「成長して綺麗になったと思ってたのに、全然変わってないね」
「俺たちのいるところに、可愛いヤツなんていねぇからなぁ」


継いで、望美と将臣が好き勝手言っているが、そんなことに構ってはいられない。
久々に可愛い物を愛でることが出来るのだ。
今は、自分の欲望に忠実でありたい。


「可愛いっ、肌すべすべ!望美ってば、こんな可愛い子と一緒にいられるなんてズルイっ!」


そう、ひとしきり叫んで白龍を抱きしめた後、悠は次の人物へと向かった。



敦盛である。



白龍同様、突然抱きしめれば、敦盛の方は顔を赤くしてオロオロと視線を彷徨わせるばかり。
それを目の当たりにしてしまえば、彼に湧くのは同情の念のみ。


「あーあ。敦盛のヤツ、固まってるぜ?」
「ふふっ、彼には少し刺激が強すぎたようですね」


敦盛の姿を見て、ヒノエと弁慶が口を開く。
どうやら、女性にあまり面識のない敦盛には、さすがに今の状況は堪えるだろう、と。


「あ、あの……悠殿」
「しぃー。ちゃんと初対面の振りして。じゃないと私たちが平家だってバレちゃうから」


口を開きかけた敦盛に静かにするように告げれば、本当の目的を耳元で囁いた。
そう、これまで平家に厄介になってきた悠には、敦盛だって大切な一人なのだ。
三草の戦の折、行方不明になった敦盛を心配していたのは将臣や経正だけではない。


「無事で、よかった……」


ぎゅっと、抱きしめる腕の力に力がこもる。
戦から戻ってきた将臣たちから聞いた話で、源氏は怨霊を封印する神子がいる、という物があったのだ。
敦盛も怨霊。
それがあるからこそ、行方不明だと言われたときに、封印されてしまったのではという不安が拭いきれなかった。


「心配をかけたようで、すまない……」
「ううん、無事でいてくれて嬉しいよ。ちゃんと、経正さんにも伝えておくから」
「悠殿、ありがとう」


ぽんぽん、と敦盛の背中を軽く叩いてから、悠は彼から離れた。
どうやら、悠一人で暴走している間も、将臣は話を進めているらしい。
自分が聞きそびれた話は、宿に戻る道すがら聞いたところで、何の問題もないだろう。
神子の八葉、とやらに選ばれなかった自分は、話に入ったところでまた疎外感を味わうだけだ。

それにしても、と悠は望美と一緒にいる人たちを見た。
そのどれもが美形揃いというのは、神の思し召しなのか。
それとも、八葉というのは顔で選んでいるのではなかろうか、とついついどうでもいいことを思ってしまう。

そんな中、自分へ注がれている一つの視線が気になった。
始めて合ったときから、ずっと自分へ向けられるそれ。
そして、その視線を送る人物は、悠もずっと気になっていたのだ。


「ねぇ、敦盛」
「何だろうか」
「あそこの、黒い外套被ってる金髪美人さんは、どこのどなた?」


なるべく視線を合わせないように、なるべく彼を見ているのを気付かれないように。
コッソリと敦盛に訊ねれば、彼は頭を巡らせて小さく声を上げた。


「あれは、弁慶殿だ」
「弁慶……」


自分たちの歴史では、身の丈が二メートルもあるという大男。
けれど、目の前にいる弁慶はまるで女性と見紛うほどの容姿の持ち主。
いくら史実とは違うといえ、ここまで違うのではいささか詐欺ではなかろうか。


「……熊野は、源氏に付くのかな」


ぽつりと呟いた声は、敦盛の耳まで届かなかった。
急に黙ってしまった悠に、一体何かあったのだろうかと敦盛は気が気じゃない。
その雰囲気を感じ取り、平気だと笑みを見せれば、ようやく彼も落ち着いてくれた。
だが、八葉でもない悠には、目の前で繰り広げられる会話に入ることは出来ない。
どうやって暇を潰そうかと周囲を見回せば、自分の元へ近寄ってくる人影が見えた。


「そういえば、先輩は武器を持っていないんですか?」


譲に問われた言葉に、思わずぽかんと呆気にとられる。


「武器……?そういえば、ゆずるんや望美も持ってるねぇ」


チラリと視線を走らせれば、譲がその手に持っているのは弓。
望美も、腰に一本の剣を携えている。
言われて自分を見下ろせば、武器らしい武器は何一つとして身につけていない。


「先輩なら、俺と同じ弓を扱えるんじゃないですか?」
「弓ねぇ……ここ数年、持ってないからなぁ」


実は、悠も譲と同じ、弓道部に所属していた。
実力もそれなりだったと自負しているが、それはこの世界へくる前のこと。
今では、弓に触れてすらいない。


「そうなんですか?何か、意外だな」
「仕方ないよ。この時代、女は武器を持たせてもらえないからね」


悠の言っていることは確かに正論だが、彼女が望めば武器を持つことは可能だろう。
なにせ、戦に目がない知盛が側にいるのだ。
自分が武器を扱えるとわかったら、あの紫水晶の瞳を酷く輝かせるに違いない。


「あぁ、それもありますね。先輩も、九郎さんに認めてもらうために、随分と練習してたから」


輪の中心で話をしている望美を見つめる譲の視線は、現代にいた頃と全く変わっていない。
この調子では、依然として望美に気持ちを打ち明けていないのだろう。
兄の将臣とは違い、繊細な少年だ。


「へぇー、望美がねぇ」


こうして見ると、学校にいた頃と変わりなく見える。
剣の練習をする望美の姿など、想像も付かなかった。


「それより、あそこの黒い金髪美人さんが弁慶って、本当?」


話題を変えると、先程敦盛から聞いた話を譲に問う。
あれが本当に弁慶だとすると、今ここにいる人たちは必然的に源氏となる。
平家の自分や将臣が、いつまでもいて良い場所ではない。


「えぇ、本当ですよ。俺たちの世界の弁慶とは、全然違いますけど」
「うぇ〜、詐欺だぁ〜。弁慶って言ったら、もっと筋肉隆々で二メートルもある大男のはずじゃんかぁ〜」


あっさりと譲に肯定されてしまえば、悠はその場に崩れ落ちるしかなかった。
そんな悠に慌てたのは譲である。
いくら目の前の弁慶が史実の弁慶と違うとはいえ、そこまで大げさになることがあるだろうか。


「どこか、具合でも悪いんですか?」


その場に崩れ落ちた悠に声を掛けたのは、噂の弁慶だ。
すっと、悠の脇に膝を付き、顔を覗き込んでくる。
チラリと弁慶を伺い見れば、そこにあるのはやはり秀麗な顔。
その辺の女性など、目じゃないくらいの美貌だ。


「……目の前の現実に、打ちひしがれてるところなんで、お気になさらず」


力なくそう答えれば、彼の困った表情が見えた。
それに、少しばかり申し訳ないと思いつつも、悠の受けた衝撃には叶うまい。
自分より綺麗な男の人に心配されても、あまり嬉しくないのは何故だろうか。


「おい、悠。お前何で地面と友達になってんだよ」


そんなとき、悠の両手を掴んで地面から引き上げたのは将臣だった。
既に話は終わったのか、似たような場所にいる物の、それぞれがちりぢりになっている。


「ちょっとした現実逃避の真っ最中」
「はぁ?何だそれ。とりあえず、俺たちは帰るぞ。じゃ、またな」
「またね〜」


ずるずると将臣に引きずられるようにして、二人はその場を後にした。
向かう先はもちろん、知盛が寝ているはずの宿である。


「つーか、何だってお前あんなことしてたんだよ」


あんなこと、というのは弁慶の前で打ちひしがれていたときのことだろうか。
それ以外に、将臣が言うようなことはしていないはずだ。
再び先程と同じことを言えば、将臣は疑わしい視線を送ってくる。
自分の嘘がばれやすいとは思わないが、変なところで鋭いのが将臣だ。
隠していても、何のためにならないだろう。


「いいんだよ、あれくらいで。何も知らない振りしてれば、あっちだって少しは警戒しないでくれるだろうしね」
「……やっぱりあの弁慶なのか?」


悠の言葉に、将臣の表情が厳しくなる。
彼だって知っているはずだ。
弁慶は義経の家来だと。
もしアレが本当に弁慶なら、源氏も熊野へと来ていることになる。
熊野の力を借りるために。


「その辺がよくわからないんだよねぇ」


ぽりぽりと頬を掻きながら、弁慶を思い出してみる。
優男、と言えばそれまでだが、彼からはそれ以外の物も感じることができた。
あの笑顔の裏で、何を考えているかわからない。
そう、一癖も二癖もありそうだ。


「とりあえず、熊野にいる間は様子見かな?多分、望美がやってくるだろうしね」
「望美のやつ、来るかぁ?」


何かあったら来い、と言っていた割に、本気で来るとは思っていない。
社交辞令で言うくらいなら、始めから言わなければいいのに。
それに、望美がやってきたところで喜ぶのは将臣じゃないだろう。
むしろ……。


「さて、と。いい加減ちもは起きてるかな〜」
「アイツのことだから、まだ寝てるんじゃねぇか?」


喉まで出かかった言葉を飲み込んで、敢えて話題を変えてやる。
すると、良い具合に将臣も意識を知盛へと移してくれた。





そう、望美がやってくることで喜ぶのは知盛だろう。





彼は、源氏に現れた戦神子のことをたいそう気にしていた。
紫苑の髪をなびかせて、戦場に現れた女性。
返り血を浴びても尚、その瞳は強い光を映していたという。

久し振りに再会したクラスメイト。
彼女もまた、紫苑の髪の持ち主だった。

そして、弁慶という名の青年。
彼がこの世界でも、史実と同じように源氏に組みしているのなら。





それらの全てが符合する。
しかも、こちらにとって良くない方向へと事が進みそうだ。


「よし、将臣帰るよ〜!」
「もう帰ってるだろ」


ブンブンと手を振り回しながら、宿までの道を急ぐ。
そんな悠の後ろを付いてくる将臣は、前を行く悠の表情は見えない。
思うことはただ一つ。










早く、知盛に逢いたかった。










目の前の現実 

このまま逃避できたなら、どれだけ楽になれるだろうか。


2008.11.7


  

 
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