泡沫の夢 | ナノ
──バシャンッ
一人、また一人と船は自らの意志とは関係なく、乗せる人数を減らしていく。
──────バシャンッ
ほら、また一人。
聞こえてくるのは女房たちのすすり泣く声。
どうして女房が泣いているのか。
どうして、海へ身を投げるのか。
一人理解できていない帝は、その大きな目をパチパチと瞬きするばかり。
私は──私たちは、こうなることを知っていた。
いくら史実と違うとはいえ、源平合戦であることに変わりはないのだ。
平家は、滅びる。
ごめんなさい、と。
何度口にしたかわからない言葉を声に出さずに形作る。
身よりもない、異世界から来た自分に、こんなに良くしてくれたのに。
何も出来ず、ただただ無力でしかなかったことが悔やまれた。
「悠殿、私たちは先に逝きます。けれど、貴女は……」
帝を胸に抱いた尼御前が、一度だけ私を振り返る。
何か言いたげに言葉を紡ぐ彼女に、私は小さく首を振ることでそれ以上を言わせなかった。
その変わり、深く頭を下げる。
今までの感謝の気持ちと、懺悔の気持ちを合わせて、深く。
「悠殿は、決めてしまわれたのですね……。ならば私が言うことはありません。帝、参りましょう」
「はい、おばあさま」
どこか諦めにも似たその声は、それ以上何も言ってこなかった。
言葉の意味を理解していないはずの帝も、これから自分が何をするかわかったのだろう。
すでにその表情は固く、強ばっている。
そして、次の瞬間、
私の目の前から、消えた。
──バシャンッ!
私の耳に届いた水音。
悔しくて、悔しくて。
涙がこぼれ落ちないようにと、必死に唇を噛んだ。
遠くに見える船。
それが何か、私は知っている。
そして、その結末も。
「……水の都で、会えるといいね……っ」
船べりに手をかけて、けれど諦めきれずに再び遠くの船を見る。
それは源氏の船。
そしてあの船の上にいるのは、恐らくあの人。
目をこらしていれば、やがて太陽の光に照らされてキラキラと、銀色に輝く物が海へと落ちていく。
「と、ももり……知盛ぃーーーっ!」
それを見てしまったら、もう後には戻れない。
ぐ、と船べりを掴む手に力がこもる。
「……将臣、ごめん……ごめんね……!」
この場にいない同郷の彼に謝罪する。
恐らく彼は自分を責めるのだろう。
けれど、選んだのは自分自身。
この結末を知っていて、敢えてそうしたのだ。
だから、あなたはどうか、無事で──。
ザパンッ!
意を決して入った水面は冷たいと思うよりも先に、
太陽の光が差し込んで、
とても綺麗だった。
願わくば
どうか、安らかでありますようにと願うのは、偽善でしかないのだろうか。
2008.9.6