回り巡る時 | ナノ
 




外から聞こえてくる蝉の声。
それは余計に暑さを感じさせる。
けれど、それがあるからこそ、夏だと感じずにはいられない。


「あ、つい……っ!」


言いながら勢いよく起き上がれば、寝汗を吸ってしまった夜着が身体に張り付いて気持ち悪い。
夏のこの時期、重ね着をする着物はどうしたって暑い。
現代にいた頃は浴衣があったからまだ良かったが、この時代、一枚で着る浴衣は襦袢とほぼ変わらない。
仕方なく着替えようとした悠は、着替えの中からとある一枚を見付けた。
手にとって見れば、縫い目はガタガタ。
いかにも素人が作った物だというのは一目でわかる


「そっか、これを使えば……」


ぶつぶつと呟いた後、にんまりと口元に笑みを浮かべる。
急いで着替えを済ませると、今日もお務めへと向かうのだった。








回り巡る時 8 











知盛の部屋へ向かう途中、手で仰ぎながら歩く将臣を見付けて、そのまま連行した。
もちろん将臣は嫌がったが、有無を言わさぬ手段を取った。


「お前さ、それは卑怯って言わねぇか?」

「えー、だって将臣だって暑いんでしょ?私の護衛も兼ねて涼めるなんて、一石二鳥じゃない」

「そんなの知盛に頼めって」

「ちもに頼んで、素直にしてくれると思う?思わないから、いざっていうときの保険に将臣を選んだの」

「確かに思わねぇけど、だったら重衡でもいいだろ?」


重衡。
その名前を出されて、悠の足がピタリと止まった。
以前、一緒に知盛を起こしに行って彼にされたことは、忘れていない。
例えアレがその場の冗談だとしても、悠にしてみれば冗談では済まされない。
それ以来、彼とは二人きりにならないように気をつけいるが、恐らく自分から重衡に近寄らない理由など気付かれているだろう。



意識している、と取られてしまっても、仕方ないかもしれない。



あんな事をされて、意識しない人間がいたら、是非とも会ってみたい物だ。
口だけの事とはいえ、仮にも重衡の兄である知盛の婚約者。
だが、姿がそっくりな二人だから、気の迷いという物も考えられなくはない。


「……重衡さんはダーメ」


将臣の方を振り返り、べ、と小さく舌を出してからパタパタと小走りになる。
将臣だって馬鹿じゃない。
下手な事を言って、余計な心配はさせたくない。


「ちーもーっ!水遊びに行こーっ!」


障子を開けると同時にそう言った悠に、後から来た将臣は苦笑を浮かべた。










水遊びという言葉が功を奏したのか、知盛は至極あっさりと起床した。
着替えと朝餉を急かすように済ませ、三人がやってきたのは邸から少し離れた場所にある川だった。
さすがに水辺の側まで来るとほのかに冷気が伝わってくる。
足先を水面に入れれば、それまでの熱が嘘のように霧散する。


「ん〜っ、冷たくて気持ちいいっ!」


ばしゃばしゃと水を弾けば、水滴が飛び散る。
その光景を見ているだけでも、暑さが紛れていく。


「悠ー、着替え持ってきてないんだから、着物濡らすなよー」


今にも川の中へ入りそうな悠に、将臣が声をかける。
知盛は木の陰によってできた日陰で、すっかりとお休みモードだ。


「だーいじょうぶっ。今日はその為に、これを着てきたんだからっ」


そう言って腰紐に手をかけた悠に、将臣がギョッとする。


「バッ、ここで脱ぐヤツが……って、え?」

「へへーっ、これなら濡れても大丈夫だもんねー」


上の着物一枚を脱げば、そこから出てきたのは太陽の光に眩しい悠の白い肌。
どこで手に入れたのか、彼女の着ている着物は袖が無く、更には裾が普通の着物より極端に短い。
惜しげもなく二の腕と足を晒している悠は、そのまま川へと入っていった。


「まさか裸にでもなると思った?将臣ってばやらし〜」


言いながら両手で水を掬って将臣の方へ掛ける。
川は膝下までの水位しかないが、それでも充分に冷たくて気持ちがいい。
更には、いつもは着物で隠れている腕と足が外気に触れて開放感を覚える。

悠が今着ている着物らしき物は、この世界へ来て初めて夏を迎えたときに作った物だった。
それまで針と糸をまともに使ったのは、授業でしかなかったから全て手縫いしなければならない事実に涙を呑んだ。
現代ならミシンという便利な物がある。
けれど、ここにはそれがない。
女房に教えられながら、幾度の指に針を刺して完成したのが、この浴衣もどきだ。
けれど、女房たちにはこれを着ることをかなり反対され、今まで日の目を見ることがなかったのだ。


「つーか、さすがに目のやり場に困るだろ……」


手で両目を押さえて、がっくりと肩を落とす将臣の気などまるで知らない悠は、尚も将臣に向かって水を掛ける。
現代にいた頃は良く目にしていた光景でも、この世界では滅多に見ることがない。
平家の邸となれば、尚更だ。
女房たちもきっちりと着物を身につけているし、女性が肌を露出させることはまず無い。


「ちょっと、将臣も水浴びしようよ。冷たくて気持ちいいよ?」


いつまでたってもやってこない将臣に痺れを切らせ、側までやってくる。
そのままぐい、と腕を引けば、腕を振り払われるよう離され、そのことに驚いてしまう。


「えと……」

「っと……」


何か悪いことでもしただろうか?
あまりにも身に覚えがありすぎて、どれなのかわからない。
くしゃり、と頭を撫でられる感触に、思わず顔を上げれば、そこには困ったような曖昧な笑みを浮かべている将臣がいた。


「悪い、用事が出来たから、俺先に戻るな」


まるで避けるようなその態度に、悠はどう声を掛けていいかわからない。
そんな悠に、今度は少し力を込めて頭を撫でてやる。


「バーカ、お前が悪い訳じゃねぇよ」


に、と悪戯そうに笑みを作る彼の顔は、いつもと同じ。
そのことに、少しだけ安堵する。


「知盛がいるから大丈夫だとは思うけど、一応気をつけろよ?」

「うん、大丈夫」


努めて普段と同じ態度を作り、将臣を見送る。
遠くなっていく彼の背中を見送ると、気分転換にと再び川へと飛び込んだ。


「ちもー、一緒に水浴びしようよー!」


ばしゃばしゃと水を蹴ってみれば、それが雫となって知盛の頬を濡らす。
しつこく繰り返せば、面倒くさそうに緩慢な動作で川岸までやって来た。
そんな知盛の手を取り、思い切り自分の方へと引っ張れば、簡単に倒れて来るその身体。


「はぇっ?!」


まさかこうなるとは思わずに、思わず素っ頓狂な声が上がる。
知盛の身体を支えようとしたけれど、彼の体重を支えられるわけもなく、悠も一緒に川の中へ。
バシャン、と大きな水しぶきを上げ倒れ込む二つの身体。


「っ〜……ちーもーぉー」


全身水浸しになったことに怒りを覚え、地を這うような声を上げて恨みがましい目で知盛を見る。
だが、知盛が水に濡れた前髪を掻き上げる。
たったそれだけの仕草に、目が惹き付けられる。
緩慢とした動作が、更に色気を感じさせた。


「うひゃぁっ……!」


不意に自分の足に触れた冷たい物。
それに驚いて声を上げれば、知盛は楽しそうに目を細めた。
何事かと自分の足へと視線をやれば、いつもより短い着物の裾から差し込まれている彼の手のひら。


「やっ……ちもっ、こんなとこで何する気よっ!」

「何とは……ナニだが?」

「ばっ、馬鹿ーっ!……っん」


平然とした顔で言いながら、その手が止まることはない。
水によって冷やされた知盛の手が、同じように水で冷やされた悠の足に触れる。


「俺を煽ったのは……お前だろう?……責任は……きっちり取れよ……」

「責任って……ひゃ、ん……」


塞がれた唇は、いつも以上に激しさを。
水を吸って重くなった着物はもどかしさを生んだ。


「ぁっ……ともも、りっ……」


いつもとは違う感覚が身体の中を駆けめぐる。















水によって冷やされたはずの体温が熱を生み出すまで、そう時間はかからなかった。












葉月  
暑いなら起きて水浴びしようよ 

2008/1/13 




 
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