回り巡る時 | ナノ
 




障子の隙間から朝日が入り込んでくる。
梅雨が終わった今は、夏本番へ向けて日々暑さが増している。
けれど、早朝はそれほどでもない。


「んー、今日もいい天気っ!」


ぱちりと目を開き褥から抜け出せば、直ぐさま部屋の障子を開けて空気を入れる。
大きく伸びをして太陽の光を全身に受ければ、全身に活力がみなぎるよう。


「よっし、頑張るぞっ!」


ぐっ、と両の手に拳を作り、気力だけは人一倍に入れてみる。
今日こそは、という淡い期待を抱きながら。









回り巡る時 7 











ぱたぱたと足取りも軽やかに、知盛の部屋へ向かうのは、今日も天気がいいせいなのか。
廊下を曲がればやってくる人影に、思わず足を止める。


「経正さん、おはようございます」

「あぁ、これは悠殿。お早うございます。今日も早いんですね」


ここ最近、起きてから知盛の部屋へ向かう前に決まって会う人物。
それが経正だった。

知盛や重衡とはまた違った空気を持つ彼は、どこか兄のような存在で。
恐らくそれは、自分を見る目が温かいせいもあるのだろう。


「経正さん程じゃありませんよ」


いつもはもう少し遅いんです、と付け加えながら、慌てて顔の前で手を振る。
悠がここ最近経正と会うのは、いつもより起きるのが早いからだ。
今は夏特有の、朝の太陽と空気が悠の目覚ましとなっている。
そうでなければ、もう少しだけ惰眠を貪っているだろう。


「毎朝のこととはいえ大変ですね」

「いえ、もう慣れましたから」

「そういえば、先日唐菓子を頂いたんです。後からいかがですか?」

「ホントですかっ?じゃあ、後から遊びに行きますねっ」


たわいもない話をしてから経正と別れる。
けれど今日は思いもよらない嬉しい誘いを受けて、気分は一気に上昇した。


「早起きは三文の得って言うけど、本当だよね〜」


鼻歌でも歌い出すんじゃないかと思えるくらいの上機嫌。
これくらいのご褒美がなければやっていられない。
人間、目的があれば、それに向かって頑張るとはよく言ったものだ。
悠の頭の中は、経正が言った唐菓子のことで占められていた。
そう、これから先に待ち受けている問題など、すっかり忘れてしまうほどに。


目的の部屋の前へ立ち、大きく深呼吸。
気合いを入れるように腹に力を入れ、勢いよく障子を左右に開く。
そこまでは毎朝と同じ。
違うところがあるとすれば、第一声。


「ちもーっ!今日こそは一発で起きてもらうよーっ!」


その目が、どこか血走っていたのを知る人物は、この場にはいなかった。










相も変わらず部屋の真ん中にある寝具で、眠りの国へ旅立っている王子様。
その端正な顔だけならば、そう言っても間違いはないだろう。
実際に彼の人を知っている身としては、怠惰過ぎるのが玉にキズ。
きちんと身なりを整えて、黙ってその場に佇んでいれば、それなりに見えるというのに。


「って、そうじゃない!」


思わず知盛の寝顔に目を奪われた、などと口が裂けても言えない。
そんなことを言っては、目の前の彼を喜ばせるだけだ。
どうせ、既に目は覚めているはずなのだ。
それなのに起きないのは、悠が困るのを見て楽しむためか。
実際に知盛の口から聞いたわけではないから、憶測の域でしかないのが悲しい。
せめて直接言われれば何かしら対応出来るというのに。


「ちーもちもちも、ちもりー?」


まるで猫を呼ぶように呼んでみるが、反応はない。
これくらいで起きるとは思わないが、たまには一度くらい起きて欲しいと思うのも事実。
暑いのだろうか。
身体の上にかかってあるはずの寝具は、知盛の腹部にあるだけ。


「暑いなら起きればいいのに」


ぺたりとその場に座り込み、知盛の額に張り付いている髪をどける。
うっすらと汗を掻いている額が、どれほど暑いのかを物語っている。
けれど、まだ夏は始まったばかりだ。
今でこの状態だとしたら、真夏が思いやられる。

そういえば、去年の夏も知盛を起こすのは大変だった。
暑いから、と活動を始めるのはいつも夕方から。
そのまま一晩中起き続け、昼間はひたすら眠り続けたのだ。

まさか今年もそうなるのでは、と顔が引きつるのを感じる。
起きているのならそれはそれで構わないのだが、そのことを知らされていない悠は、毎朝のように彼の部屋まで足を運ばねばならないのだ。
だが、今年はそうならないかもしれない。
まだ先のことを思うよりは、今目の前にある現実を何とかしなければ。


「早く起きてくれないと、経正さんのところへ行けないじゃないのーっ!」


思い切り知盛の胸を叩けば、途端に掴まれる手首。
反応が返ってきたということは、彼が起きたということ。
だが、その掴まれた腕にいつもより力が入っているように思うのは、自分の気のせいだろうか?


「えっと……ちも?起きたんならこの手を離して欲しいなー、なんて思うんですが」

「…………」


無言で見つめてくる紫水晶が小さく光る。
小さな輝きは、例えるとしたら炎が燃え上がるような。
嫌な予感というのは、時として酷く当たる物で。


「……誰の元へ行くと……?」

「あのねっ。経正さんが、唐菓子を……んっ!」


紡がれるはずの言葉は、全てを言い切ることは出来なかった。
まるでこれ以上何も言わないようにと、激しく唇を塞がれてしまえば途端に息が上がってしまう。
それを見計らったように解放されるが、肺が酸素を求めて言葉など出てくるはずもない。


「……ちょっ……まっ……」


何とか呼吸を整えて再び言葉を発すれば、それすらも吸い取られる。
少しだけ汗ばんだ彼の手がしっとりと肌に吸い付く。


「あっ……ひゃぅ……」


いつもとは違う感触に、流されてしまいそうになる理性を必死に留める。










けれど、悠の細い糸のような理性が切れるまで、そう時間はかからなかった。










教え込まれた快楽は、簡単に理性をも裏切る。










着物を肩から羽織り、胸元を押さえて褥の上に座り込む悠は怒りを覚えていた。
何に、と問われれば、あっさりと流されてしまった自分自身に。
そして、まるで子供の独占欲丸出しの知盛に。


「こんなんじゃ経正さんのところに行けないじゃないのーっ!」


クッと喉を鳴らし、楽しそうに目を細める知盛に、ひくり、と違う意味で悠の喉が鳴った。
羽織るだけの着物は、既に衣服としての意味をなさない。
胸元を押さえている手を外されてしまえば、露わになる白い肌。


「……ならば……第二ラウンドと行こうか……?」

(将臣のヤツ、余計なことばっかり知盛に教えるんだからっ!)


綺麗に発音されるカタカナに、この場にはいない同郷の彼に怒りの矛先を向けた。















そのまま押し倒されて、怒りすらも流されてしまうのは、激しく求められるせいなのか。














文月 
夏の朝は気持ちがいいね 

2008/1/4 




 
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