回り巡る時 | ナノ
 




ここ最近、悠はいつもよりも少しだけ起きるのが遅かった。
それも、天気が悪いとき限定で。
雨が降ると、どうしても布団の中に留まってしまいたくなるのは、現代もこちらも変わらない。

「また雨かぁ」

起きたら部屋が薄暗かった。
それは、外が晴天ではない事を意味する。
そしてじっとりと感じる湿気。
部屋から出れば、案の定外は雨。
そういえば、そろそろ梅雨の時期だった、と何気なく思う。



一年の数え方が違うから、あまり気にしていなかったが、今は六月。
夏まで、あと少し。










回り巡る時 6 











「なんっでこうなるのーっ!」










これが本日一番の絶叫だった、とは後の将臣の言葉。



毎日の日課である、知盛を起こすという一仕事。
今日は悠も起きた時間がいつもより遅かったせいか、彼の部屋へ行くのが遅くなった。
慌てて知盛の部屋へ行けば、そこにはすでに将臣の姿。
そして、将臣よりも部屋の中央に近い場所に、知盛が座っていた。


「……遅かった、な」


部屋の障子を開けたまま、その場に固まっている悠に向けて言葉を放ったのは、部屋の主。
いつもよりもどこか機嫌が悪いのは気のせいだろうか。
将臣が一緒にいるということは、一晩中飲み明かしていたのか、と思ったが、部屋の中央にはちゃんと寝具が置かれてある。
それが乱れていると言うことは、彼はしっかりと睡眠を取ったのだろう。





知盛の機嫌が悪いことと、既に起きていると言うことは、何か関係があるのだろうか……?





呆然としている悠に、将臣が小さく苦笑している。


「知盛のヤツ、お前が起こしに来ないから拗ねてんだよ」


機嫌が悪い原因を教えられ、思わず知盛を凝視する。
いつも自分が起こしに来ても、然起きてくれないのに。
たまたま部屋に来る時間が遅くなっただけで拗ねるなど、どこの子供だろうか。
がっくりと肩を落とし、その場にペタリと座り込む。


「今までの私の苦労って一体……」


もしかしたら、自分が起こしに来ない方が知盛は起きるのではないか。
そう思ったが、言葉にするのは止めておいた。
そんなことを言って、知盛の目覚まし係を辞めされられたら、今度こそ自分ができることは何一つなくなってしまう。


「悠殿?具合でも悪いのですか?」


不意に自分の上にできた影と、降ってきた声。
思わず顔を上げれば、そこにいたのは知盛と同じ顔。



知盛の一つ下の弟、重衡。



二人は間逆の性格ではあるが、容姿だけはそっくりなため、遠目では見分けがつかない。
一言でも口を開けば、その雰囲気からどちらがどちらかはわかるのだけれど。


「いえっ、そういうわけじゃ!って、重衡さん。何持ってるんですか?」


慌てて否定の言葉を口にすれば、重衡がその手に何か持っていることに気がついた。
どうやら彼の後ろには数人の女房もいるようで。
これから何かあるのだろうか?


「悠殿はまだ朝餉を取っていないでしょう?どうせですから、我々もご一緒させていただこうかと」


膳を運んできたんですよ、と告げる彼の表情がとても眩しい。
満面の笑みを浮かべて告げる重衡とは裏腹に、重衡がいるのとは反対の方から小さく声が聞こえてきた。
知盛と将臣の方を見れば、何やら知盛が渋い表情を浮かべている。


「ねぇ、将臣」


ずりずりと将臣の近くまで這うように近付き、ひそひそと小声で囁く。


「ちもってば、一体どうしちゃったの?」


チラリと知盛を見れば、片膝を立てて頬杖を突いている。
ピリピリとした肌を刺す空気。
自分が感じる位なのだ。
将臣や重衡にはこの空気がなんなのかわかっているだろう。


「……お前って、天然?」


大げさな溜息と共に返された言葉に、思わず目を丸くする。
ぱちぱちと瞬きを繰り返してから、ゆっくりと自分の中で言葉を反芻する。


「私のどこが天然なのよっ!」


すっくっと立ち上がりながら声を上げれば、三人の視線のみならず、部屋に膳を並べている女房の視線までもが集まる。
立ち上がった悠の手はしっかりと握り拳が作られていて。
開いた足のせいで、はしたなくも着物の裾が乱れている。
クスクスと失笑を漏らす女房の声に、慌てて我に返り、その場に座り込む。


「バーカ」と小さく呟く将臣の頭を軽く叩けば、女房たちが笑ったまま部屋から出て行く。
全ての膳を並べ終わったらしい。
用意された膳の前に座れば、知盛が一人だけその場に座ったまま。


「ちもは食べないの?」


既に食べる準備万端の悠が動く気配のない知盛に声をかければ、緩慢とした動作でようやく移動してくる。
悠の隣りに腰を下ろせば、おもむろに箸を取り目の前にある朝餉を黙々と平らげる。
いつもと違った知盛の様子に、悠は何度目かの首を傾げた。
自分の膳を全て食べ終われば、知盛は部屋の隅の方に移動して、そのまま横になる。
その一連の動作にを見て将臣は顔をしかめたが、悠は理由がわからずただただ首を傾げるだけ。





一気に部屋の空気が悪くなったような気がして、いたたまれない。





食事よりも何よりも、知盛の方が気になって仕方がない。
できることなら知盛の側に行きたいが、朝餉を食べてしまわないことには、膳が片付かない。
黙々と一心不乱に朝餉を平らげていく悠の姿を見て、将臣は大きく溜息をついた。


「悠、俺たちはもう行くけど、お前はここにいろよ。重衡」

「……わかりました」

「はぇ?」


すでに掻き込むに近い状態の悠が、素っ頓狂な声を上げる。
将臣と重衡がそれぞれ両手に膳を持つ。
悠の膳も、将臣に取られてしまえば、二人はそのまま部屋から出て行く。
残されたのは、訳がわからずぽかんとしている悠と、部屋の隅で横になっている知盛のみ。


「重衡、お前あんまり知盛にちょっかいかけるなよ。後始末が大変だろうが」

「私は兄上よりも、悠殿のことを心配しているだけですよ」

「……尚更タチ悪ィ」


部屋を出た二人が、そんな話をしていたことを、悠は知らない。










二人がいなくなった部屋で、悠はどうした物かと考えていた。
今朝から知盛の機嫌が悪いのは知っていた。
将臣曰く、自分が部屋に来るのが遅かったらしいが、原因が自分ならばここにいるのは間違いではないだろうか。


「ち、ちも……?」


恐る恐る声をかけてみても反応はない。
本当に寝ているのか、はたまた返事をするつもりがないのか。
こうなったら、と意を決して側へ近付けば、ぐい、と腕を強く引かれる。


「うわっ……」


倒れる、と思ってきつく目を閉じるが、訪れる衝撃は柔らかい。
一体どうして、と目を開けてみれば自分がいるのは知盛の上。


「あ、あれ?」

「ようやく……邪魔がいなくなった、な……」


口端を歪める知盛に、嫌な予感が頭から離れない。
ここまで来れば、後の展開は嫌というほど理解できる。


「食後の運動……と、いこうか……?」

「運動って……んっ……」


重ねられる唇は、いつもよりも激しい。
しっかりと頭と腰を固定されてしまっては、身動きすることすらままならない。


「ふっ……ぁ……」


ようやく唇が離されると、悠はそのまま知盛に重なるように身体を倒した。
息を整えていれば、悪戯に動く知盛の手に身体が反応する。


「ちょ、ちもっ……んんっ……」


抗議の声を上げようとすれば、再び塞がれる唇。
先程とは違う、激しい中にもどこか優しい感じのそれに、次第に悠も応え始める。
それが知盛を喜ばせているということを、悠は知らない。















身体にまとわりつく湿気は、いつしか汗に変わり始める。















優しいと感じたのは、雨の音か、知盛から受ける行為自体か。















悠が知盛の部屋で目を覚ましたときには、雨は上がっていた。














水無月 
ごろごろしてたら黴が生えちゃうよ 

2007/12/29




 
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