回り巡る時 | ナノ
ぽかぽかとした陽気が気持ちいい。
こんな日は何もせずに午睡というのもいいかもしれない。
けれど。
「……眠いのはちもだけじゃないのに」
自分の肩に頭を乗せて、気持ちよさそうに寝ている彼の人は、こちらの気持ちなどいざ知らず。
チラリと横目で彼を見れば、端正な顔が目に入る。
いつか目が溶けるんじゃないかと、悠はぼんやりと空を眺めた。
いつにも増して倦怠感に包まれた身体は、すでに鉛のように重い。
小さくあくびを一つ。
悠は、知盛の頭の上に自分の頭を乗せるようにして、夢の国へと旅だった。
回り巡る時 5
毎朝の日課である悠の仕事。
知盛を起こす。
いつもなら奮闘するはずのその仕事が、珍しく暇になった。
その事実に悠は一体どうすればいいのかわからない。
やるべき事があるから頑張れる。
けれど、それがなくなった場合、何をしたらいいのかなんて、考えたこともなかったから。
「嘘……」
その時の第一声がこれである。
呆然と呟いたその言葉は、部屋の住人にも届いたようで。
障子を開ける前から気付いていただろうに、知らない振りをしていたその人は、悠の言葉を聞いてようやく反応を返した。
「嘘、とは……随分な言いぐさだな……」
ぼりぼりと頭を掻く仕草は、気怠げに。
なのに、妙に艶っぽいと思うのは気のせいだろうか。
だが、その瞳がハッキリと開いていることから、完全に覚醒している事が見て取れた。
悠はよろよろと部屋へ入り、知盛の目の前にペタリと座り込む。
「だって、知盛が起きてる……」
まるで信じられない物でも見たかのようなその言葉。
それに、知盛の機嫌が多少下降する。
ムッとしたように眉をひそめる。
知盛が起きていることにひたすら驚いている悠は、そんな様子に気付かない。
稀に、今日のように知盛を起こさない日というのができる。
けれどそれは、宴の翌日と言うことがほとんど。
宴の延長で、一晩中飲み明かしたというときだ。
そんなときは知盛だけではなく、決まって誰かが一緒だから別段おかしくはない。
部屋の中には、いかにも飲んでましたという痕跡があり、どれだけ飲んでいたのだろうかと思わずにはいられないのだから。
それなのに。
今日は部屋に誰もいない。
いや、部屋の主である知盛はいるが、将臣だとか重衡だとか一緒に飲む人の姿がないのだ。
それに、部屋にあるはずの酒も見当たらない。
ということは、昨夜は飲み明かしたわけではないということ。
「たまには……こういうときもあるさ……」
そう言いながら、大きくあくびをする彼は、随分と眠そうだ。
そのことに違和感を感じる。
そして、その違和感の正体を知るのは、その直後。
どうしてそうだと思ったのかはわからない。
時に、女の直感という物は、何よりも鋭い。
それにいつの世でも、男女の関係という物は駆け引きと同じ。
胸が痛むのは、どうして───?
何も言わず、ただじっと自分を見ている悠に、知盛も違和感を感じたのか。
正面から彼女の瞳を見つめれば、どこか虚ろなその瞳。
「悠……?」
いつもの彼女からは想像もできないその様子に、思わず声をかける。
けれど、反応はない。
頬へと手を伸ばせば、ぱしん、と乾いた音が響く。
拒絶されたのだと理解するまで、数秒。
今までこんな事がなかっただけに、知盛も目を見張るしかなかった。
「他の人を抱いた手で、私に触らないで」
彼以外の香りを彼から感じてしまえば、それは想像から確信へと変化する。
知盛が寝ていないのは確かだろう。
ただその理由が、酒ではなく、女性ということ。
一夫多妻制なこの時代。
こういったことがあっても不思議じゃない。
それに、現代にだって良くある話。
そもそも、許嫁とはいえ、口先だけのことだ。
何の後ろ盾もない、どこの誰かさえもわからない自分。
自分が彼にどうこう言える立場には、ない。
悠はすっくとその場に立ち上がった。
知盛が起きているなら、いつまでもこの場にいる理由はない。
それに、こんなぐちゃぐちゃした気持ちを、落ち着けたかった。
「私の仕事はないみたいだから、行くね」
一言告げて部屋を出ようとすれば、その手を掴まれた。
進行の妨げにしか鳴らないその行為に、思わず立ち止まって振り返る。
「待てよ……」
「離してっってば!今日はちもの顔なんか見たくないのっ」
まるで子供の癇癪のように声を上げれば、掴まれた腕を更に強く引かれ、知盛の腕の中に捕らわれる。
上半身をしっかりと抱きしめられては、身動きも取れない。
かろうじて動けるのは足くらいだが、足を動かしてみたところで、何の意味もなかった。
「ちょっ、ちも……っ!んっ……う……」
抵抗の声を上げようとすれば、唇を塞がれる。
深く、長い口付けに悠が陥落するまで、そう時間はいらなかった。
ようやく唇を離せば、上がった吐息と潤んだ瞳が知盛を見上げてくるばかり。
そんな悠の様子に、知盛は満足げに唇に弧を描いた。
先程暴れたせいで、着物の裾が乱れている。
そこから現れている足に触れれば、それだけで反応を返してくる。
「ちもっ、知盛!嫌っ、嫌だってばっ!」
これ以上の行為を身体が望んでいたとしても、感情はそうもいかない。
必死に抵抗を繰り返すが、男と女。
力の差は歴然としている。
「そんな言葉は……俺を煽るだけだと、最初に教えたな……?」
「誰も煽ってなんか……あっ……!」
小さく笑みを浮かべる知盛は、悠の言葉などお構いなし。
多少の抵抗は彼に効かない。
それを理解していても、抵抗を止めないわけにはいかなかった。
「やっ、ちも……あ、あぁっ……!」
一度でも嬌声を上げてしまえば、知盛を知っている身体は彼を求める。
もっと、と。
まだ全然足りない、と。
それを知盛が見逃すはずがない。
より一層感じる快楽が強くなる。
「俺を、感じろよ……お前の匂いで、俺を包むくらいに、な……」
快楽に溺れた悠に、その言葉は届かない。
けれど、知盛を抱きしめる腕に籠もった小さな力。
それが、答え。
情事の後身体を清めれば、知盛と庭の木に背を預け、何をするでもなくぼんやりと空を見ていた。
先程から静かだと思っていた彼は、どうやらすでに寝ているらしい。
「……眠いのはちもだけじゃないのに」
そう言ってあくびをすれば、自分にも訪れる睡魔。
知盛の頭の上に自分の頭を乗せれば、悠も直ぐさま夢へと誘われた。
規則正しい寝息が聞こえてくれば、知盛は閉じていた目をゆっくりと開けた。
「クッ、溺れているのは……俺の方かもしれんな……」
何に、とは言わずとも明らか。
皐月
まあ、春眠暁を覚えず、って言うけれど
2007/12/15