回り巡る時 | ナノ
布団から抜け出すと、いつも以上に肌で感じる気温が冷たい。
着物に袖を通せば、想像していた以上の冷たさに、思わず身を竦めた。
けれど、着替えなければいつまでも寒いまま。
悠は覚悟を決めて、早々に着替えを済ませた。
勢いよく部屋の障子を開ければ、目の前に広がる一面の銀世界。
「わ、雪だっ。通りで寒いと思った」
思わず外へ飛び出してしまいそうになる思いを留め、今日も悠は毎朝の日課に挑むのであった。
回り巡る時 2
知盛の寝起きが悪いのは、いつものこと。
すでにそれは理解しているが、冬になると更にそれに拍車が掛かる。
理由の一つに寒いことが挙げられるが、寒いのは誰だって一緒。
暖かい布団の中に留まっていたいと思わないわけがないのだ。
けれど、朝になったら起きなければならない。
いつまでも寝ていていいはずが、ないのだ。
目的の部屋の前に立ち、大きく深呼吸を一つ。
肺に入る空気が冷たくて痛い。
吐き出される息は白く、どれほど空気が冷えているのかを伝える。
よし、と悠は小さく拳を作り、目の前の障子を勢いよく、開けた。。
「ちもーっ!朝だよっ、起きろー!」
声を掛けながら入った部屋の中心に、知盛の寝具が見える。
けれど、当の本人の姿は見えなかった。
あの知盛がこんなに早くから布団を抜け出すはずがない。
悠は、寝具の中央が不自然に盛り上がっていることを、視界の隅に入れていた。
後ろ手に障子を閉め、何も言わずに部屋の中央へと歩み寄る。
寝具の側まで行くと、ピタリと足を止め、上から見下ろす。
いつも寝ている部屋の主が見当たらない。
そして、不自然に盛り上がっている寝具。
どう考えても、それしかないだろう。
す、とその場に膝を付き、寝具の端を手に取る。
しっかりとそれを握りしめると、悠は勢いよくそれを引きはがした。
すると、現れたのは部屋の主。
「いーつまで寝てるのー!」
寝具をはがしたことにより、更に身体を丸くした知盛に、悠は一声上げた。
すると、ゆっくりと気怠げに知盛の瞳が開かれる。
紫色の瞳に捕らわれ、思わず身体が硬くなる。
一度でもこの瞳に捕らわれると、抗うことができなくなるのはなぜだろう。
知盛は、しっかりと悠を捕らえると、彼女へ腕を片方伸ばした。
寝起きのせいか、緩慢とした動作は悠の目にもしっかりと捉えられる。
けれど、身体を硬くしていた悠は、その緩慢とした動作にでさえ、反応するのが遅れた。
それが間違いだったと理解するのは、しばらくしてからのこと。
「……寒い、な」
「へ?」
言うなり悠の腕を掴み、自らの方へと引き寄せる。
悠が我に返ったときには、しっかりと知盛に抱きかかえられるようにして、彼の褥の上にいた。
どうにかして逃れようとも、知盛の腕は悠の背と腰に回され、足も絡められている。
これでは人間抱き枕か、湯たんぽではないか。
沸々とした怒りが悠の中で湧いてくる。
自分は知盛を起こしに来たわけで、彼の睡眠を促す道具ではない。
「ちょっと、離しなさいよっ!私はちものホッカイロじゃないのーっ!!」
ジタバタと暴れれば、いつもは何かしら抵抗する知盛が、何の抵抗もないことに気がついた。
この機会を逃してはいけない。
これを逃したら、後はいつ彼の腕から抜け出せるかわからない。
知盛の腕を自分から外して、身体をずらそうとすれば、紫の瞳がじっと自分を見つめていることに気がついた。
「な、何……?」
「ほっかいろ、とは何だ……?」
恐る恐る尋ねれば、問われたのは自分の発言に対する質問。
そういえば、懐炉だけなら日本語だが、ホッカイロは横文字だった……。
将臣も教えるなら中途半端に教えずに、しっかりと教えてやればいいのに。
八つ当たりだとわかってはいるが、彼を恨まずにはいられない。
「温石みたいな物だよ」
渋々と教えてやれば納得したのか「そうか」と小さく呟いて、知盛は悠を抱きしめた。
その事に、自分から逃げ道をなくしたことに、今更ながら気がついた。
「ちもっ、だから離してってば!」
「……お前は俺の、ホッカイロなのだろう?」
小さく笑いながら、彼は自分の足を悠の着物の中へと潜らせた。
「うひゃぁっ?!」
思いもかけない冷たさに、思わず身を震わせた。
まさか素足を肌にくっつけられるとは思わなかったのだ。
だか、しかし───。
「何で布団に入ってたちもが、こんなに冷えてるのよっ!さては末端冷え性なんでしょ!」
彼に自分の体温を奪われるのはごめん被る。
こうなったら、何としてでも知盛から離れなくては。
身をよじり、何とか身体の向きを変えることに成功すると、そのまま、ほふく全身の要領で這い出ようとする。
けれど、逃げようとする悠を知盛が逃がすわけはない。
ぐい、っと力強く腰を引かれれば、またしても知盛の腕の中に捕らわれる。
「俺が、お前をにがすとでも……?」
「ゃっ……ちもっ、離して……っ」
項にかかる息がくすぐったい。
時折、唇が肌に触れるたび、彼が触れた場所から熱が上がってくるのを感じる。
「二人で、熱くなろうじゃないか……」
「っ……馬鹿……」
いつの間にか、二人の上には寝具が被せられている。
こういうときばかり行動が早いというのも、どうかと思う。
お互いの冷えた肌が、熱を持つまであと少し。
いつまでも姿を現さない悠を探し、知盛の部屋まで来た将臣は、彼に入室を拒否された。
如月
寒いのは分かるけど…
2007/11/11