回り巡る時 | ナノ
新年。
新しい年を迎えると、みな等しく一つ年を取る。
例え元旦に生まれても、大晦日に生まれても、一つは一つ。
現代から源平の世界へやって来た時枝悠も、その日を境に一つ、年を重ねた。
回り巡る時 1
新年を迎えると、朝から晩まで宴の席が続いた。
楽しいことは好きだし、宴自体は構わない。
構うことがあればただ一つ。
「この男はいつまで寝てれば気が済むの……っ」
悠は、目の前で寝ている平家の四男──知盛──を恨みがましい目で睨んだ。
学校にいたはずの悠が、この源平の世界へ来たのは今から二年前のことだった。
右も左もわからず、更には暴漢に襲われそうになっていたのを助けてくれたのが、この知盛。
訳がわからないまま連れてこられた平家では、なぜか知盛によって一人の人物の前に連れて行かれた。
ひいては許嫁宣言。
驚いたのは、他の誰でもない。
悠本人である。
それを聞いた人物──清盛だと知らされたのは後からだった──は、やっと身を固める気になったか、などと嬉しそうに言い。
いつの間にやら着ていたはずの制服は、綺麗な着物へと着替えさせられた。
まるで昔話に出てくるお姫様のよう、と思ったのも束の間。
その日から自分に課せられた使命は、毎朝知盛を起こす、という物だった。
「ちーもー!いい加減起きなさいってば!今日も宴があるんでしょう?!」
ゆさゆさと彼の身体を揺さぶるが、効果なし。
これくらいで知盛が起きるなら、今頃誰かが起こしている。
恐らく中々起きない知盛は、誰の手にも余されているのだろう。
許嫁と聞いた途端、嬉々として面倒な仕事を押しつけたのだ。
平家に来たことによって、衣食住、全てにおいて不自由することはないから助かるが、さすがのこれには参る。
何せ、起こすのだけで半日かかるときもあるのだ。
知盛を起こすだけで、一日の労力を使いきるような物。
因みに、知盛と呼ぶのが面倒、という理由から、悠は彼を「ちも」または「ちもり」と呼んでいる。
「ちょっと!ちもりーってば。起きろー!!」
いい加減、起きようとしない知盛にキレた悠が足を上げる。
将臣曰く、彼を起こすには叩き起こすしかないらしい。
──その将臣も、自分より半年遅れて平家にやって来た──
女である自分が彼を叩き起こすためには、手だけでは足りない。
そう考えた末のこと。
まるでサッカーボールを蹴るかのごとく、知盛に向かって思い切り足を蹴り上げる。
「うげっ?!」
けれど、その足は知盛に当たることはなく、逆に知盛によってすくい上げられた。
片足を掴まれ、バランスを崩した悠は、そのまま後ろに倒れていく。
次に訪れる衝撃に備え、ギュッと瞳を閉じ、覚悟を決める。
けれど、自分が待っている衝撃はいつまでたってもやってこなかった。
恐る恐る目を開ければ、視界にキラキラと輝く銀糸の髪。
そして、自分の腰に感じる確かな腕。
「えっと……」
今の状態を言葉で表すならば『知盛の腕の中に抱えられている』が正しいだろう。
恐るべし、そのスピード。
足を掴んだことにより、バランスを崩した彼女が畳にぶつかるより前に、自分の腕の中に捕らえるとは。
「ありが、とう……?」
礼を言うべきなのか悩んでから、悠はとりあえず疑問系ながらも礼を言う。
元はといえば、知盛が素直に起きていたら、こんなことにはならなかったはずだ。
そう考えると、自分が彼に礼を言うのはお門違いではなかろうか。
すると、上の方から小さく笑う声が聞こえた。
「俺としては、礼は違う方がいいんだが……な」
「……へ?うひゃぁっ!」
首を傾げた直後、太腿あたりに何か冷たい物が触れた。
撫でられるように動くそれに、思わず頭を巡らせれば、倒れた際にそうなったのか。
膝上までめくれている着物の裾から、知盛の手が忍び込んでいる。
「やっ……ぁ……」
冷たかった知盛の手が、次第に熱を帯びてくる。
それに合わせるかのように、自分の身体も。
もどかしいくらいじれったいその動きに、もっと、と思わずねだってしまいそうな自分が憎い。
今はそんなことをしている場合じゃないのに。
「知盛ー!起きたかぁー?」
「チッ……有川、か」
そんなとき、悠にとっては天の助け。
知盛にとっては邪魔が入った、と言わんばかりの声が聞こえてきた。
返事を聞く前に開けられた障子の向こうには、不機嫌丸出しの知盛と、着物を直している悠の姿。
そんな二人の様子を見て、部屋で何があったのかを悟る。
「知盛、お前な……新年早々、朝っぱらから盛ってんじぇねぇよ」
「クッ……俺がどうしようと、お前には関係ない、だろう?」
「私には関係あるわよっ!」
頬を赤く上気させ潤んだ瞳で睨む姿は、いたずらに知盛を煽るだけに過ぎない。
それを知ってか知らずか、悠は尚も知盛に言い寄った。
「さっさと仕度してください!今日も宴があるって言ってるでしょ!」
「宴よりも……俺はこっちの方がいいな……」
中途半端な敬語で着物を手にしている悠の手首を掴み、グイ、と自分の方へ引っ張れば、呆気なく胸元へと引き寄せられる。
そのまましっかりと腰を掴み、顎に手を添えて上を向かせると、悠の瞳に映る自分の姿。
紅をさしていない唇は桜色。
薄く開いた口は何か言いたげにしている。
自分以外の誰にもみせたくはないという思いが、胸中に浮かんでくる。
「……ごっそさん」
これ以上は付き合ってられない、と将臣はひらひらと手を振りながら部屋を出て行った。
ご丁寧に、しっかりと障子を閉めて。
「ちょ、将臣の薄情者ー!」
「これで邪魔者は消えた……な」
「ばっ、どこ触って……っぁ……ん」
中途半端に煽られた熱が、思い出したように再び身体を駆け回る。
一度覚えた快楽は、中々忘れることはできなくて。
溺れるのは、思っていた以上に簡単。
結局、知盛が布団から出たのはゆうに昼を過ぎてからだった。
睦月
初夢は何を見た?
2007/11/8