回り巡る時 | ナノ
 




いつの間にか、季節は冬。



暦も、師走になっていた。



今年ももうすぐ終わりを迎える。










何の代わり映えもなく、つまらない日々だと思っていたけれど、それが何よりも幸せだったと気付くのは後になってから。










着実に、時は未来を刻み続ける。









回り巡る時 12 










「ちもを起こすことに始まり、ちもを起こすことで終わる……」


腕を組みながら、難しい顔をして考え込んでいる悠を、将臣は半ば呆れながら見つめていた。
彼の側には湯飲みが用意されており、どうやらそれなりの時間、彼女に付き合っているらしい。
時折、お茶請けの唐菓子を口に運びながら、すっかり冷め切ってしまったお茶を喉へ流し込む。


「私の一年って一体何だったのーっ!」


突如として叫びだし、目の前にある寝具をばさばさと振り回す。
それによって、部屋に埃が飛び散るが、それすらもお構いなしだ。
なぜなら、振り回しているように見える寝具は、しっかりとそれを掴んでいる人物のせいでわずかしか動いていないのだから。


「起〜き〜ろ〜っ!」


結局のところ、普段と変わらぬやり取りが繰り返される。


「あぁ、悪いけどもう一杯貰えるか?」
「かしこまりました」


目の前で必死に格闘している悠を他所に、ちょうど近くを通りかかった女房にお茶のおかわりを頼む辺り、将臣も随分と平家に馴染んでいた。



どうにか悠が知盛を起こした頃には、彼女はかなり疲弊していた。
ちょうど女房が持ってきたお茶を渡せば、それを飲んでようやく人心地着く。
起こされた知盛の方はと言えば、未だ夢現にあるらしく、船を漕いでいる始末。


「……ねぇ将臣、私の一年って何だったと思う?」

「あ?」


ずい、と目の前に顔をつきあわせ、真剣な表情で尋ねてくる。
どうやら冗談で聞いているわけではないらしい。
しかし、何だったと思う、と聞かれても、本人でないのだから答えられるわけもない。
それ以前に、つい先程言った彼女の一言が、全てを現しているとしか思えない。


「知盛を起こすのに躍起になった一年、だろ」

「そうっ!そうなのよっ!」

チラリ、と未だに半分夢の中にいる知盛を見ながら言えば、バンッ、と畳を叩きながら同意される。
何もそこまで強く、と思わずにはいられなかったが、彼女にとってはそれだけ重要な事なのだろう。


「だって、ちもったら私が何回起こしても起きないくせに、他の人が一緒だとすぐに起きるのよっ!信じられないっ」


人差し指で知盛を指差しながら訴える悠の目には、わずかだが涙が浮かんでいる。
何も泣かなくても、と将臣は頭を抱えた。
彼女の言い分は合っているようで少し違う。


人の気配で目が覚めるのは、武将であれば当然のこと。
仮にここが戦場ならば、いつその命を狙われるかわからないのだ。
暢気に寝ていられるわけがない。
悠が誰かと共に知盛を起こしに行くと、彼がすぐに起きるというのは恐らくそこから来ているのだろう。



だが、ここは戦場ではない。



悠一人が知盛を起こしに来た場合、彼は本当に寝ているのだ。
それは、どれだけ知盛が悠に気を許しているかという証にもなる。
普段の知盛の態度では、それを言ったところで彼女は納得しないのだろうけれど。


「それに、それに……っ!」

「あーもう、わかったからそれ以上は言うなって」


顔を朱に染めながら、尚も言葉を紡ごうとする悠に、ストップをかける。
そんな彼女がこの先何を言うかなど、簡単に想像できる。
生憎と、他人の惚気話を聞いてやるほど、将臣も暇ではない。



しかも、色事となっては尚更だ。



そこまで思うと、将臣はまじまじと悠を見た。
何だかんだと言って、知盛との仲は悪くないだろう。
気付けば朝餉に知盛はいるのに、起こしに行った悠が現れないときもあった。
恐らくは、そういうこと。
だが、現代とは違うこの世界。
それよりも先のことがあってもおかしくはないだろう。


「……何よ」


じっと自分を見ている将臣に、どこか居心地の悪い物を感じて、悠は顔を顰めた。


「いや……知盛とヤってる割には、ややが出来ねぇよなって思って」

「!……将臣の、スケベーッ!」

「ちょ、待てっ!」

「待てるかーっ!そこへ直れぇー!」


将臣の放った問題発言に、激高した悠がその場にあった刀を振り回し始めると、将臣も顔色を無くした。
木刀や竹光ならまだしも、知盛の部屋に置いてあるのは真剣以外にない。
斬られたらそれこそ一大事だ。


「クッ……随分と楽しそうな鬼ごっこじゃぁ、ないか……」

「ばっ……知盛!お前まで来たらマジで洒落になんねぇって!」


ギラギラと目を輝かせている知盛の参戦に、今度こそ将臣は冷や汗が流れるのを感じた。
生死をかけた鬼ごっこは、それからしばらく続けられた。















これ以上は付き合っていられない、と将臣が退室すれば、残されたのは部屋の主の知盛と悠の二人だけ。
完全に息の上がっている悠とは裏腹に、けろりとしているのは知盛の方。


「何、で……平然としてるのよ……っ」


ぜいぜいと乱れた呼吸で恨めしそうに知盛を見る。
ぐい、と腕を引かれれば簡単に彼の腕の中へと誘い込まれる。

「相変わらず……体力がない、な……」

「うっ、うるさいなー。仕方ないでしょー」


耳元で囁かれれば、頬に熱が上がるのを止められない。
そんな顔を隠すように彼の胸元へ顔を埋めれば、髪を弄られる感触が伝わってくる。





たったそれだけの些細な仕草。

時折、泣きたくなる衝動に駆られるのは、これから先に起こるであろう未来を知っているから。





とくん、とくんと刻まれる生のリズム。
もっとそれを感じたくて、袷から直接素肌に触れる。
しっかりとした無駄のない筋肉。
広い胸板。
確認するように手のひらで触れていけば、不意にその手を掴まれる。


「随分と、積極的……だな」

「えっ!」


視界が突然反転する。
押し倒されたのだと気付いたのは、知盛を見上げた時に視界の隅に入った天上から。


「今日は抵抗……しないのか……?」

「んー……たまには、ね。いいでしょ」


されるがままの悠に、多少違和感を感じたのか、知盛の表情に陰が走る。
それに気付かないふりをして、悠から唇を重ねれば、すぐさま激しい物が繰り返される。


「……んっ……ふぁ……」


呼吸が苦しくなり、酸素を求めるように唇を離せば、すぐにまた塞がれる。
その間にも、知盛の手は忙しなく動く。


「……んん……っ……」


彼に触れられる場所から生まれる熱は、体中に広がっていく。
すでに熱くなっているにもかかわらず、もっと熱が欲しいと思うのはなぜなのか。


知盛が自分に与える熱ならば、どんな物でも受け入れよう。


そう思ってしまうほど、悠は溺れている。
それが知盛なのか、行為なのかを知っているのは彼女だけ。


「ん……知盛……?」


不意に、その動きを止めた知盛に思わず声を上げる。
今まで途中で止められたことがないだけに、何かあったのかと不安が広がる。


「……ややが、欲しいか……?」

「へ?」


問われた意味がわからずに、思わず聞き返してしまう。
いきなり何を言い出すつもりか。


「有川と、話していただろう……?」

「将臣と?」


話していた、というのは知盛を起こしたときのことだろうか。
あの時は、自分の今年一年についてを聞いてもらった後に、将臣が自分と知盛のことについて話したはず。
そもそもそれが、生死をかけた鬼ごっこに発展したのだ。
肝心の内容は……。


「あっ」


内容を思い出せば、知盛がどうして突然そんなことを言ったのかも納得できた。



知盛とのやや───赤子。



欲しくないと言ったら、嘘になる。
けれど、これから先のことを思えば、ややよりも欲しい物はただ一つだけ。















「……ややよりも、今は知盛が欲しい」















中途半端に煽られたままの身体は、もどかしさを生んでいくばかり。

早くこの熱をどうにかして欲しくて。

耳元へ顔を近づけて囁けば、知盛が小さく笑んだのがわかった。
直後、与えられるのは自分が待ち続けていた、快楽。





もっと、と強請ればそれ以上に与えられる。

そして、それに応えれば、更に激しく求められる。




際限無く繰り返されるその行為。
それは、お互いが満たされるその瞬間まで続けられた。










自分を抱きしめている知盛の腕の中が、どこよりも一番落ち着く。
そう感じるのは、初めて彼と出会ったときから。
彼を無くしたくないと思うのは、胸に抱いた感情のせい。


「いつまでも、こんな日が続けばいいのに」

「……何か、言ったか?」

「何でもない」


悠の呟きを聞き取った知盛が問うてきたが、小さく首を振る。
そのまま身を擦り寄せれば、更にきつく抱きしめられた。










触れ合った素肌が再び熱を持つのは、言わずもがな。














師走 
また来年もこうして起こさせて 
2008/2/25 



 あとがき
 
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