回り巡る時 | ナノ
この時期から、朝晩の冷え込みが厳しくなる。
特に寒い朝などは、布団から抜け出すのが嫌になるほど。
けれど、日が昇ってくる以上、起きなくてはならない。
「えーいっ、いい加減に起きろぉーっ!」
べりっ、という効果音が聞こえてきそうな激しさで、知盛が丸まっている布団を悠が剥ぎ取る。
けれど、それで大人しく起きてくれるほど素直な知盛ではない。
いつだって寝汚い彼は、自分を覆う寝具が無くなっても尚、猫のように身体を丸くして惰眠を貪っている。
「…………っ、重衡さぁんっ!」
最後の手段、と言わんばかりに彼の弟の名前を叫べば、不承不承ながらのろのろと上半身を起こす。
最近はこれの繰り返し。
「悠殿、呼ばれましたか?」
「えーっと……お気になさらず?」
「フン……」
そして、悠の叫び声を聞いた重衡が知盛の部屋へやってくるのと、それを見て知盛が機嫌を損ねるのも、ここ数日の日課である。
回り巡る時 11
知盛を無事に起こし朝餉を平らげた後は、悠の仕事と呼べる物はない。
帝と一緒に遊んだり、女房たちと噂話に花を咲かせたり。
確かにそれは楽しいのだけれど、どこかつまらないと思うのも事実。
ここに彼がいれば、といつだって思ってしまう。
どうせ今頃、暇を持て余していればしつこく惰眠を貪っているのだろう。
平知盛という男は、そういう男だ。
朝に起こしてしまえば、その後彼が寝ていたとしても、悠が起こす義理はない。
けれど、ついつい彼の部屋へ行ってはちょっかいをかけるのは、一人でいることに飽いているから。
どうせなら、一人よりも二人の方が楽しいに決まっている。
それが何であろうとも。
「う〜っ、寒い〜」
綿入りの羽織を羽織り、胸元をしっかりと合わせる。
けれど、上半身はそれで温かくなったとして、外気に触れている素手だけはどうしようもない。
水仕事をしている女房には申し訳なかったが、寒さが苦手な悠にはすでに耐えきれない温度でもある。
ぱたぱたと足早に廊下を駆ける。
それすらも風を切るようで顔に冷たい空気が触れる。
「ちもーっ!避難させてっ」
障子を開けて中に入り、再び障子を閉める。
外気から遮断された部屋は僅かに暖かく。
ほぅ、と詰めていた息を吐けば、肩からすっかりと力が抜けた。
そういえば、部屋に入る前からここの部屋の主の声がしない。
もしかしていないのだろうかと、室内を見回せば、そこにあった光景は信じられない物。
朝、知盛を起こして女房に片付けてもらったはずの寝具が、再び部屋の真ん中にある。
そして、その中にいるであろうこんもりと盛り上がっている部分。
「しっ……信じられないーっ!」
朝に引き続き、昼も悠の叫び声が邸の中に響いた。
悠の声を聞きつけ、知盛の部屋へ将臣がやってきたが、室内の状況を見ただけで判断してしまったらしい。
チラリと悠を見て、苦笑しながら頭を撫でた。
普段ならそんな将臣の態度に不服を訴える悠だが、今日ばかりはそれすらもする気力がないらしい。
がっくりと打ちひしがれているその姿は、哀愁を訴えている。
「だからよ、こいつに起きてろって言う方がまず無理だって」
「だって、いつもは起きてるじゃない!ちもが昼間も寝るようになったのはここ最近なんだよっ?!」
ばん!と目一杯力を込めて畳を叩く。
そう、それまではちゃんと昼間も起きていた知盛だが、ここ最近は暇を見付けてはすぐに寝る始末。
例え用事があったとしても、彼が寝ているのでは用は済まされない。
そのしわ寄せがくるのが、将臣を始めとする平家の男たち。
「何としてでも起こさなきゃ!ちーもーっ!」
ぐ、と拳を作りながら燃えている悠の様子に、将臣は何とも言えない笑みを浮かべた。
知盛が寝ているのは今更なのだ。
それに、彼女が起こそうとするのは、逆効果に繋がりかねない。
まぁ、言ったところで学習する様子もない悠なので、始めのうちは忠告していた将臣だったが、今ではさっぱりだ。
「無理だから止めとけって言ってんのに」
「だって、私に出来るのはこれくらいなんだから、ちゃんとやらなきゃ!」
妙な使命感に燃えている、と将臣は内心で思った。
まぁ、この使命感があるからこそ、中々起きない知盛を起こすという偉業を成し遂げているのだけれど。
もう少し身体の力を抜いてもいいんじゃないかと思う。
「つーか、ここまでよく寝てるとアレだよな」
寝ている知盛をつつきながら、しみじみと将臣が呟く。
将臣の言っている言葉の意味がわからない悠は、ただただ首を傾げているばかり。
知盛が寝ていることと、アレとは一体何を意味するのだろうか。
寝ている知盛に視線を移すが、全然わからない。
「ねぇ、将臣。アレって何?」
ことり、と首を傾げて問えば、あぁ、と苦笑を浮かべられる。
「クマとかこの時期に冬眠するだろ?こいつの今の状況って、それに似てねぇか?」
「あっ、あー!そうかもしれない」
将臣の言葉に思わず納得してしまう。
朝餉の時だけ起きて、再び寝るその姿は、まさに冬場に冬眠する動物と同じ。
さすがに人間だから、本当に冬眠するということはないだろうが。
知盛のことだ。
限りなくそれに近い状態にはなりうるだろう。
「将臣殿、いらっしゃいますか?」
「ん?あぁ、いるぜ」
障子の外から掛けられた声に、将臣が応える。
すると、そっと開けられた障子の外に見えたのは重衡の姿。
「少し見て欲しい物があるのですが、お時間よろしいでしょうか?」
「わかった。んじゃ、悠。俺は行くからな」
「うん、ありがとね」
重衡に呼ばれて部屋から出て行く将臣に、ひらひらと手を振って返す。
人の良さそうな笑顔で会釈してきた重衡にも、にっこりと笑って返す。
二人が去って部屋の障子が閉ざされれば、しん、と静まり返る部屋の中。
再び寝具の中にいる知盛の様子を見る。
恐らく、将臣との会話は全て聞いていたに違いない。
いつだって知盛は起きていないようにして起きている。
「ちーもー。暇なんですけどー」
寝ている知盛の顔を、指でつんつんとつつく。
暇だというなら、別段知盛の部屋ではなく違う場所へ行っても構わないのだ。
それなのにこの部屋にいるのは、目の前の彼が起きていることを知っているから。
「どうして毎回寝たふりするかなぁ……」
頬を膨らませ、少々愚痴を零しながらも彼の顔をつつくのは止めない。
何度そうしていたときだろうか。
不意に、悠の手首が捉えられ、その指先に感じたのは濡れた感触。
「ちょっ!」
慌てて手を引こうとするが、しっかりと捉えられた手首はそう簡単に逃げられそうもない。
ゆっくりと、指の一本一本を根本まで舐められれば、肌が粟立つのがわかった。
時折見える舌の赤が、妙に艶めかしい。
「ちもっ、明るい内から何するのっ!」
「何とは……もちろん、ナニだが……?」
「バッ……んんっ……」
抗議のために上げた声は、知盛の口内に飲み込まれる。
いつの間にか寝具の中に引きずり込まれ、気付いたときには知盛を見上げる体勢に。
ここまで来てしまえば、この先に何が待っているか、考えるよりも先に身体が反応してしまう。
「クマは……冬眠する前に、食料を食べ溜めておくのだろう……?」
「食料を、食べ溜めて……?」
知盛の言葉に、思わず眉をひそめる。
どうしてここで冬眠の話に繋がるのだろうか。
「クッ……まだ、わからんか?」
「わかんない、けど」
素直に知盛の言葉に頷けば、更に楽しそうに彼は喉を鳴らした。
どうしてそんなに楽しそうなのか。
「俺が冬眠するならば、その前にお前を食べ溜めておかなければ、な……」
「は?私……?」
思わず自分自身を指差す。
彼の言葉の意味を考えている間にも、知盛は活動を開始する。
首筋に走った痛みに身をすくませれば、次に訪れるのは甘い痺れ。
「まさか……食べるって……」
恐る恐る尋ねれば、知盛は悠の顔を見て楽しそうにその瞳を細めた。
それを見て、背中を流れたのは嫌な汗。
「冗談でしょっ」
「俺が冗談など、言うと思うか……?」
「たまには言えーっ!」
ジタバタとあがけば、耳に届いたのは小さな舌打ち。
それに思わず身を固くする。
過去に一度だけ、こうして情事になだれ込む前に彼の機嫌を損ねたことがあった。
そのときの記憶だけは、今もまざまざと残っている。
「少し黙れ……」
「嫌、ちもっ……ひゃっ……んんっ……」
いつもより荒々しいその行為。
けれど、悲しいかな。
彼に慣らされた身体はいとも容易くその行為を受け入れる。
体と心は別物だと、一体誰が言ったのだったか。
与えられる刺激と快楽。
「……ぁっ、あんっ……」
「身体は素直、だな……」
突き上げられる律動に、何も考えられなくなる。
荒々しいと思っていたそれが、いつの間にか普段と同じになっていたことに、悠は気付かない。
「……ち、も……っ……あ、あぁっ……」
伸ばした手を握り返され、思わず安堵する。
彼の背に腕を回せば、更に身体が密着する。
寒さよりも、お互いの体温の方が上回った瞬間。
霜月
あんたまで冬眠してどうするの
2008/2/17