回り巡る時 | ナノ
 




すっかり風も冷たくなり、現代では衣替えを迎えるこの時期。
同じように自然も衣替えを始めている。
ここ数年、この時期になると悠が率先して行う行事が一つあった。


「えっーっと、惟盛さんどこにいるかなー?」


ペタペタと行儀悪く足音を鳴らしながら、目的の人物を捜して屋敷内を練り歩く。
美しい物が好きな彼の人は、この時期に計画する行事をとても喜んでくれる。
だから、真っ先に教えておきたい相手だ。


「将臣ー。惟盛さん知らないー?」


言いながら彼の部屋の障子を勢いよく開ける。
返事など始めから聞くつもりはなかった。


「お前な……少しは遠慮ってもんを考えろよ……」

「私と将臣の間に遠慮なんて言葉は存在しないのー!」


それは、悠だけのことであり、将臣は悠と知盛の関係に遠慮しているということを、彼女は知らない。









回り巡る時 10 










将臣に教えられた通り、庭へと足を運んでみれば、彼の人は確かにそこに佇んでいた。
色づいた植物の間に紛れる彼は、穏やかに自然を眺めている。


「惟盛さん」


彼の邪魔にならないようにと、こっそりと近付いて声を掛ければ、ゆっくりと振り向かれる。
それすらも、どこか映画のワンシーンのよう。


「これは、悠殿ではありませんか。私の元へ来るなど、どうかなさったのですか?」

「紅葉が綺麗ですね」

「えぇ、今年も綺麗に色付いておりますね。あぁ、もうそんな時期ですか」


毎年お決まりの言葉。
この言葉が二人の間で交わされれば、それは始まりの合図。
紅葉が見頃になった頃、平家のみんなで紅葉狩りに行こう。
事の発端は些細なことでも、継続されると言うことが何よりも重要。


「今度、天気のいい日にでもどうですか?」

「そうですね。みなさんの都合も聞いておいた方がいいでしょう。それは私がやりますから、悠殿は……」

「わかってます。今年こそ、ちもを連れて行って見せますから!」


ぐっ、と固く拳を作り、その決意を惟盛に見せてやる。
平家のみんなで紅葉狩りだというのに、知盛は一度だって参加したためしがない。
どうせなら、一緒に見たいのに、と思う気持ちは年々募っていくばかり。
今年こそは、何が何でも彼と一緒に紅葉狩りを!と悠は新たに決意した。










やってきた紅葉狩り当日。
どうしても抜けられない用事がある人以外は、既に支度を調えいつでも出発できる準備を進めていた。
そんな中、一人準備も出来ずにいるのがいた。


「どうして起きてくれないのーっ!」


ゆさゆさ、というよりは、ゆっさゆっさと表現した方がいいくらいに知盛を揺さぶりながら、半泣きしているのは言わずもがな、悠である。
思えば、今年は既に一度、今と同じような体験をしている気がする……。
既視感、とも言えるそれは、今年の春。
これまた平家のみんなで花見をしに行こう、と計画を立てたときの事だと思う。


「何でっ!そんっなに紅葉狩りが嫌なのっ?私が立てた計画に、文句でもあるって言うのーっ!」


すでに房ぶるだけでは事足りず、両手を使って知盛を叩き始める始末。
けれど、それにすら知盛は反応を見せようとはしなかった。


「悠ー、知盛の奴まだ起きねぇのか?」
「兄上、悠殿を困らせてはいけないと、何度言えば気が済むのですか」


春同様、いつまでもやってこない悠と知盛を迎えに来たのは、これまた春同様に将臣と重衡だった。


「どうすっかなー。帝なんか、今にも邸を飛び出しそうな勢いだぜ」

「兄上など放っておいて、先に行きませんか?」


いつまでも惰眠を貪っている知盛に、将臣が今の状況を伝え、重衡がそれの打開策を告げる。
二人の言っていることは事実だろうから、二人の言葉に従うべきなのだろう。
けれど、悠は知盛一人を置いていきたくはなかった。
どうするべきか、と考えれば、思い至るのは一つの事柄。


「仕方ないから、先に行っててよ。私は何としてもちもを叩き起こしていくから」

「けどよ、こいつがそんなに簡単に起きねぇのは、お前が一番良く理解してんだろ」

「そうです。もし何かあったとしても、それは一緒に行かない兄上が悪いんですよ」


顔に満面の笑みを貼り付けて、サラリととんでもないことを告げる重衡に、悠は少しだけ身の危険を感じ取った。
それは将臣も同じだったらしく、その顔がどこか引きつって見える。


「まっ、将臣は重衡さんを連れて、みんなと先に紅葉狩りに行ってて」

「おまっ、俺に面倒ごと全部押しつけようとしてねぇかっ?」

「気のせいっ、気のせいだから先に行っちゃって!」


部屋から押し出すようにして二人をみんなの元へ向かわせれば、途端に訪れる静寂。
さっきまでの喧噪はどこへやら。
聞こえてくるのは、少しだけ息を切らせた悠の呼吸と、規則正しい知盛の寝息のみ。
彼の枕元へ近付き、ペタリと座り込めば、次に出てくるのは大きな溜息。


「……そんなに行きたかったのなら、俺など捨て置けば良い物を……」


ハッキリとしたその言葉は、彼が覚醒していることを意味していた。
何より、あの騒ぎの中彼が目覚めないはずがない。
それでも狸寝入りを決め込んでいたのは、あの場に重衡がいたせいだろうか。


「嫌よ。私はちもと一緒に行きたいんだもん」

「クッ……まるで子供だな……」

「うっ、うるさいなー。いいじゃない、ホントの事なんだから」


顔を赤らめながら頬を膨らませるその姿は、事実を言われたことで照れを感じているのだろう。
再び喉の奥で小さく笑えば、知盛は気怠げに褥から起き上がった。


「ちも?」


はだけた夜着はそのままで、あくびをかみ殺しながら室内を歩く知盛の姿は、目のやり場に凄く困る。
悠は着物をギュッと掴み、視線を畳に注いでいた。
いくら見慣れているとはいえ、さすがに不意打ちは心臓に悪い。
早鐘を打つような心臓を落ち着けるために深呼吸を繰り返す。
すると、聞こえてきたのは衣擦れの音。
どうやら知盛は着替えているらしい。


しばらくして衣擦れの音が止んだのを確認すれば、悠は思い切って顔を上げた。
そこにはすっかり着替えた知盛の姿。


「さて……では俺たちもいくとするか……?」

「へ?行くって、どこへ?」


知盛の言わんとすることが理解できなくて、思わず聞き返してしまう。
普段なら機嫌を損ねてしまうところだが、今日はそうでもないらしい。


「俺と紅葉狩りとやらに……行きたいんだろう……?」

「うん、行くっ!」


知盛の言葉一つで一気に気分は最高まで高まる。
将臣たちより遅くなるだろうが、今年はやっと知盛も参加させることが出来た。
悠は達成感で一杯で、知盛がどこへ向かっているかなど、全く気にしていなかった。
それを気にするようになったのは、しばらくしてからのこと。

辺り一面に紅葉した葉が、一つの世界を作り出す。
そんな風景に見とれながら、悠は小走りで木々の間を駆けた。


「……でも、どうしてみんなの姿がないんだろう?もっと奥にいるのかな?」


いつまでたっても見慣れた人たちの姿が見えない。
そのことに悠が違和感を感じたのは、自分の目の前を一枚の紅葉が舞ったとき。


「ねぇ、ちもー。本当にこっちで合ってるの?」

「……さぁ、な?一度も参加したことのない俺が、どうしてみなの居場所を知っていると……?」


知盛の言葉に、悠がようやく全てを悟った瞬間である。


毎年留守番をしていた知盛が、みんなの居場所を知っている理由はない。
この場に来たのは、ひとえに悠が紅葉狩りに行きたいと言ったからだ。


「そうだった……ちもは毎年参加してなかった……」


悠はがっかりと肩を落とした。
自分の浅慮さにちょっとだけ落ち込みたい。


「…………」

「ん?」


そんなとき視界に入った、自分の身体の脇から現れた二つの手。
それが知盛の物であるのはわかるが、一体何の用だろう。
ぼんやりとそう思っていれば、その手はきつく悠を抱きしめた。


「えっ、ちょ、なっ、何っ!っ……ひゃっぁ……」


一人でパニックになりかけた悠は、首筋に感じた濡れた感触に思わず身を竦めた。


「ち、もっ!一体何やってんのーっ!」

「ここの紅葉と……お前とでは、どちらがより赤く染まるのだろうな……」


耳元で囁かれる低音に、思わず腰が砕けそうになる。
けれど、しっかりと腰を抱かれていて、その場に崩れ落ちる事はない。
そのことに、ホッと安堵する物の、絶え間なく与えられる刺激にの前には陥落してしまいそうだった。


「こんな、場所で……っ、誰か来たら、どう、するつもりよ……ぁっ……」

「フン……だからわざわざ、山の奥まで来たのだが……?」


言外に、誰も来ないことを教えられれば、これは知盛の計画的犯行だと理解した。
逃げようと身を捩るが、しっかりと自分を抱く手がそれを許さない。


「やっ、だ……こんなっ……」

「嫌だと言うわりには……随分と気持ちよさそうだが……?」


中途半端に乱された着物が、より羞恥心を煽る。
今の姿を見たくなくて瞳を閉じるが、それが更なる刺激に繋がると言うことを、悠は知らない。


「んっ……あ、あぁっ……」










口から零れてくるのは、熱に浮かされる自分の声。










視界に入ってくるのは、紅葉の赤ではなく、今日着ている着物の、紅。










頬の上に何かが触れる気配がして、悠はぼんやりと目を開けた。
そっとそこに触れれば、頬にあるのは一枚のもみじ。
身じろぎすれば、きつく抱きしめられて。
ようやく、自分が知盛の胸元に寄りかかる体勢だったのだと理解する。

回らない頭で考えるのは、どうして自分がこんな場所にいるかということ。
意識を失う迄のことを思い出せば、沸々と湧き上がってくるのは、怒り。
寝ているらしい知盛に、怒声をお見舞いしてやろうかと思ったが、ちょうどその時見た知盛の様子に出たのは、怒声よりも笑い声。
















知盛が小さくくしゃみをして目を覚ますまで、あと少し。














神無月 
…鼻に紅葉なんか乗せちゃって
 
2008/1/29 




 
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