君と見た空 | ナノ


7、繋がる絆
  









新しくできた知り合いは、血の繋がらない甥。





黙っていればそれなりにいい男なのに、口から出る言葉は軽い物ばっかり。





でも、そんなところは似てるのかもしれないね。





だって、あの人も口だけは達者だから。




















ヒノエと名乗った、自分とそう変わらない少年。
彼の言葉が未だに頭の中で回っている。


「えと……もう一回言ってもらってもいいですか?」
「姫君が望むなら、何度だって言ってやるよ。何が聞きたい?愛を囁く言葉?それとも……」
「べっ、弁慶兄が、あなたの叔父って本当ですか?」


美月の手を取って悩ましげな視線を送ってくるヒノエに、慌てて言葉を紡ぐ。
顔に熱が上っているのが分かるが、それはされたことのない態度に戸惑っているからだと自分を納得させる。

弁慶の名を聞いた途端、ヒノエの顔が顰められた様な気がした。


「目の前にオレがいるって言うのに、他の男の名前を出すなんてね」
「ちょっと、質問に答えてってば!」


近付いてくる顔を必死に押し止めていれば諦めたのか、小さく溜息をついてヒノエが美月から離れた。
そのことにホッと安堵する。
未だドキドキと脈打つ心臓は、果たして恥ずかしかったからか体力を使ったせいか。
どちらにしろ、目の前の問題は解決していない。

彼が本当に弁慶の甥だとしたら、彼の妹となった自分にとっても義理ではあるが甥ということになる。
自分とさほど年の変わらない甥というのも、何やら妙な感じだ。


「弁慶兄……ね。随分と懐いてるみたいじゃん。あんなの止めて、オレにしときなよ」
「だからっ!」


懲りずに耳元に唇を寄せてくるヒノエに、今度は実力行使で訴えてみようかと手を振り上げる。





「ね、美月」





けれど、振り上げた手はその場で止まり、下ろされることはなかった。

ヒノエに自分の名前を言った記憶はない。
ならば何故ヒノエは名前を知っているのか。

確かに弁慶から聞いているなら名前を知っていても当然なのかもしれない。
だが、見ず知らずの人間の名前を、間違えることなく当てることが出来るのだろうか。
そう思うと、目の前にいる彼が得体の知れない人のように思えてくる。

ピンチの時に現れるその姿はさながらヒーロー。
けれど、あまりにもタイミングが良すぎる。
まるで最初からこちらの様子を伺っていたようではないか。
更に付け加えるのならヒノエという名前。
明らかに本名ではないそれは、怪しいことこの上ない。


「えっと、」


考え始めれば考えるほど、ヒノエに対する警戒心が強まってくる。
助けてくれたときはありがたいと思ったが、それ以降の態度が問題だ。


「なんで私の名前知ってるんですか?」


思わず訊ねた一言に、一拍おいた後ヒノエは吹き出した。
それに動揺したのは、言わずもがな美月の方だ。


「ちょっ、なんで笑うんですか!」
「だから言ったじゃん。弁慶に頼まれたって」


未だ腹を抱えて笑っているヒノエは、そのまま説明をしてくれた。


美月が出掛けてしばらくした後、ちょうど近くに来ていたヒノエを弁慶が捕まえて、どうせ暇なら迎えに行ってくれといわれたらしい。
普段なら男、しかも弁慶の願いなど聞くのはゴメンだが、迎えに行く相手というのが義理の叔母ということで返事二つで了解した。
もちろんそれは、美月がどんな人物か直接話してみたかったから、という理由が一番である。
弁慶から容姿と今日の格好を教えてもらい、五条を探していたら、運良くあの場に居合わせた。


説明を聞くと、大体そんな感じだった。


「ま、美月のことは京に来てから見てたからね。わざわざ容姿を聞かなくても知ってたんだけど」
「ん?」


今、とんでもないことを口にしなかっただろうか。
見ていた、とはもちろん自分のことだろう。
それはともかく、いつ、どこで見ていたのか。


「ストーカー?」


思わず頭の中に浮かんだ言葉を口にする。
すぐ側にいたヒノエにもその言葉は聞こえたようだが、その表情はあまりよろしくない。


「すとーかー、って何だい?」
「……さぁ?」


自分が言った言葉の意味を聞かれたから、どうやら言葉が分からなかったのだろう。
けれど、それを聞かれたところで、美月にも一体何のことやらサッパリだ。
たまたま頭の中に浮かんだ言葉。
恐らく美月の記憶に関係しているのだろうが、それが何か分からない時点で意味がない。


「まぁいいや。そろそろ姫君を送り届けないと、本気でマズイからね」
「そういえば」


ヒノエの言葉に空を見上げれば、すっかり日も暮れている。
これでは弁慶だけでなく、朔も心配しているかもしれない。
それだけならまだしも、九郎が邸に来ていたらまたうるさく言われるに違いないだろう。


「早く帰らなきゃ」
「じゃ、行こうか。美月」
「うん」


ヒノエの隣を歩きながら、梶原邸までの帰路を歩く。
いつだって、自分が家に帰るときは誰かが隣にいたような気がする。










── ほら、早く帰らないとお母さんが心配してるよ。 ──










そう言って、手を引いてくれたのは一体誰?
考え込むように難しい顔で歩く美月を、ヒノエは横目で見ていた。















目の前に邸を捕らえると、美月は自分の顔に笑みが浮かぶのを感じた。
例え自分がどこの誰か分からないとしても、今は帰るべき場所がある。
その事実が、何よりも嬉しかった。


「まずいな……」


小さく呟いたヒノエに、思わず美月の足が止まる。
一体何がまずいのか。


「悪いけど、オレはここで退散するよ」
「え、何で?どうせなら一緒に来ればいいのに」


その場で回れ右をするヒノエの上着を掴んだのは、とっさの判断。
弁慶に頼まれて自分を迎えに来たのなら、弁慶に会うまでがヒノエの役割ではないのだろうか。


「その誘いは嬉しいけどね、オレにも用ってのがあるんだ」
「用?」
「人の顔を見るなり逃げるくらいです。それはそれは重要な事なんですよね?」


突然会話に参入してきた人物に、美月は思わず振り返る。
暗いせいで余り顔は見えないが、その声と雰囲気は間違えるはずもない。


「弁慶兄!」
「随分と遅いお帰りですね。朔殿と九郎が心配していましたよ」
「う……ゴメンなさい」


弁慶の話が確かなら、九郎からのお小言は免れないだろう。
それを思うとうんざりしてしまう。
肩を落とした美月を見て、弁慶がぽんぽんと軽く頭を撫でた。


「お帰りなさい。先に邸に入っていてください。僕はヒノエと話がありますから」
「オレはないんだけどね」
「ヒノエ、ありがとうね。またねーっ!」


パタパタと邸に駆けていく後ろ姿を二人で見送る。
中に入ったのを確認してから、弁慶はヒノエを返り見た。


「で、オレに話ってなんなわけ?」
「あの子、美月をどう見ます?」


一体何を聞いてくるかと思えば、また突拍子もないことを。

いっそのこと、素性を調べてくれと行った以来の方がどれだけ楽だというのか。


「そうだね……度胸はあるようだけど、どこかの姫君って感じでもなさそうだな」


生まれながらにどこかの姫として育てられていれば、記憶はなくともその所作に影響は与えるだろう。
けれど、美月のそれは姫君というよりは、普通の町娘と大差ない。
これまで見てきた美月を思い出しながら、そう言えば、と一つ思い出す。


「姫君がオレを「すとーかー」って言ったんだけど、あんたどういう意味か知ってるかい?」
「すとーかー、ですか?いいえ、始めて聞く言葉です」
「だよな」


聞き覚えのない言葉は、やはり弁慶にも分からないらしい。
何となく、あまり良くない意味のような気もするが、果たしてどうなのかが分からない。


「とりあえずオレは帰るから」
「あぁ、熊野にですか?」


ひらひらと手を振りながらその場を去ろうとすれば、満面の笑みを浮かべた弁慶がそこにいた。
相変わらず胡散臭い笑みだと思いながらも、それを口に出すことすら面倒だ。


「二、三日はまだこっちにいるさ。叔母上と親睦を深めといて損はないだろうからね」
「さっさと熊野へ帰ってください」


叔母上、と言った途端に弁慶の笑顔に何か黒い物が滲み出た。
けれどそこで引くわけに行かないのも事実。
まだ京でやらなければいけない仕事が残っているのだ。


「そうだ、帰る前に美月に会いに来るから、その日は邸にいるように伝えといてくんない?」
「わかりました、ヒノエが帰ったとだけ伝えておきますね」
「……あんた、本当にヤなヤツだな」
「何を言ってるんですか。今更でしょう?」


笑顔で言ってのける弁慶に、これ以上は何を言っても無駄だろう。
そう判断したヒノエは、今度こそその場を後にした。


「お手並み拝見、といきましょうか」


ヒノエが美月に会いに来る日。
それは、弁慶に会いに来る日でもある。
その日まで、彼はこちらの望む物を見付けてくれるのだろうか。










さようなら、そして、ただいま










ヒノエの用は弁慶から逃げるための方便
2009.1.21

 
  

 
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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