君と見た空 | ナノ


6、贈り物と新たな人物
  









他の誰かへの贈り物。





それを、女の子に渡すなんてちょっと残酷だよね。





でも、喜んでいる自分もいるの。





やっぱり送ってもらえば良かった、なんて思うのは、自分の浅はかさが原因。




















将臣との会話は、時間を忘れてしまうほどに楽しくて。
例えそれが、自分とは全く違う美月のことだとしても。
気付いたときには西日がきつく、後いくらもせずに日が沈んでしまうといった時間だった。


「もうこんな時間っ?いけない、早く帰らないと……」
「付き合わせちまって悪かったな。送ってくか?」


椅子から立ち上がり、荷物をまとめれば将臣が声を掛けてくる。
それに、すぐ近くだから大丈夫と返せば、少し残念そうな声が帰ってきた。


「そうだ。これやるよ」


そう言って差し出されたのは将臣の手。
何かを握りしめているようで、両手を差し出された手の下に出せば、コロリと何かが転がった。
キラリと小さく光るのは銀だろうか。
小さくで丸いそれは、一点から鎖で繋がれている。
どこかで見たことのあるそれは、けれど自分の記憶の中には残っていない。
珍しそうにそれを手に取り、いろいろな角度から眺める。


「将臣、これ何?」
「あぁ、これは懐中時計って言って、時間を知る物なんだ」


言いながら、将臣の手が美月の持っている懐中時計に伸ばされる。
すると、ふたが開いて文字盤が現れた。
カチカチと針が規則正しい音を刻む。
耳に当てて音を聞けば、やはり懐かしいという感覚が胸に浮かぶ。


「ま、これは小さいヤツだけどな」
「私がもらってもいいの?」
「あぁ。本当は美月にやろうと思ったけど、どうせこの世界にはいないし。俺が持ってても仕方ねぇしな」


誰かへの贈り物をもらうという行為は、かなり躊躇われた。
会ってからまだそんなに時間もたっていない。
他人同然の人間に、大切な人への贈り物をやってもいいのだろうか。


「でも、いつか会えるときが来るかもしれないでしょう?」


そのときに、せっかくの贈り物がなかったら後悔するのではないだろうか。
自分ならきっと後悔する。
だから将臣にも、そんな思いはして欲しくないと思った。
けれど、


「会えたら会えたで、また別の物を用意するからいいさ」


と、事も無げに言い切ってしまう。
だからもらってくれ、と再度言われてしまえば、断る理由は美月にはなかった。
素直に礼を言って、財布の中にしまう。
市を出るまでは将臣と一緒に歩きながら、もらった懐中時計の見方を聞いた。
短い針と長い針が示す場所で、今の時刻を知るというそれは、随分と珍しい物。
梶原邸でも、こんな物は見たことがなかった。


「じゃ、ここでお別れだな」
「うん。また、会えるかな?」


折角出会うことが出来たのだ。
これでさよならは、少し淋しかった。


「生きてりゃまた会えるだろ。それまで、元気でいろよな」
「うん」


乱暴に髪をかき混ぜる手は、どこか優しい。
どこでだろう。
自分は、前にも誰かにこうして髪をかき混ぜられたことがある。










── ったく、  は仕方ねぇなぁ ──





『  兄ってば!髪の毛がぐちゃぐちゃになるからやめてよー』










あれは一体誰だったのだろうか。
大きくて、温かい手だった。


「美月?」


ぼんやりとした様子の美月に、眉を顰めた将臣が顔を覗き込んでくる。
いきなり至近距離で覗き込まれた方は堪った物じゃない。
たまたまぼんやりしていただけなのに、気付いたら将臣の顔が目の前にあったのだ。
これに驚かずして、何に驚けと言うのだろうか。


「き、」
「き?」


美月の口から出た言葉を、思わず言い返す。


「キャ……んぅっ!」
「ゲッ……!」


次に出てくる言葉を聞いた瞬間、将臣は慌てて美月の口を手で封じるという行為に出た。
いくら市を抜けるまでとはいえ、まだ人通りは多い。
こんな中で悲鳴を上げられたら、それこそ周囲の視線が痛い。


「悪かった。とりあえず、落ち着いてくれ。な?」


将臣の言葉に、こくこくと頷けばようやく口元から手がどけられる。
大きく深呼吸を繰り返せば、ようやく人心地ついた。
彼の大きな手で口元を押さえられると、息が出来なくなってしまうのだ。


「あー、うん。悪かった」
「私も悪かったから、ごめんなさい」


同じタイミングで二人して頭を下げる物だから、今度はそれがおかしくて仕方がない。
お互いに顔を見合わせて笑った後、今度こそ本当に別れることになった。















小走りで、帰路を急ぐ。
日が落ちる前に梶原邸につかなければ。
最近はこの辺りも物騒らしい。
自分はまだ遭遇したことがなかったが、怨霊と呼ばれるものがいるらしい。


「急がなきゃ」


けれど、まだ見たことのない怨霊よりも、物取りや暴漢に出会う方がたちが悪い。
いつもなら、なるべく人通りのある大通りを通るのだが、この日は時間ばかりを気にしていてつい近道を選んでしまった。
細い小道には人通りが全くなく薄暗い。
そのことに、少しだけ引き返そうかとも思ったが、逆に引き返す方が時間も倍かかってしまう。
そう考え直すと、手にしている荷物をしっかりと胸に抱え直し、一気に走り抜けようとした。


「そんなに急いで、どこに行くんだぁ?」


急に目の前に立ちふさがった男に、思わず美月の足が止まる。
将臣よりも一回り大きいだろうその男は、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてこちらを見定めるように眺める。
まるで、選定されているようなその視線が気持ち悪い。
じりじりと距離を取り、来た道を引き返そうと駆け出せば、そこにはいつの間にか違う男が立っていた。
こちらは細い体格の男だが、確実に美月よりも大きい。
二人が近付けば、それから逃げるように美月も距離を取る。
けれど、逃げ道は塞がれてしまいどこにもない。
そうなると、必然的に美月が壁に追いやられる形となってしまう。


「近寄らないで」


懐剣を取り出し、その刃を二人の男に向ける。
こんな時ほど、九郎の言葉に大人しく従っていれば良かったと思ってしまう自分がいる。


「そんな物騒な物、お嬢ちゃんに使えるのかい?」
「俺たちと一緒に遊ぼうぜ」


どこの世界も、出てくる言葉は同じらしい。
そう思いながら、自分はこの世界以外にどこの世界を知っているのだろうと考える。
けれど、それがいけなかった。

不意に何かを考え始めた美月に、男たちは気付かれないように何かを合図する。
すると一気に距離を詰めて、懐剣を持っている美月の手首を掴み、その手から刃物を奪い取る。
そのまま一人が両手をまとめて壁に縫いつければ、残る男がいやらしい笑みを浮かべたまま近付いてくる。


「さて、そろそろお楽しみといこうか」
「誰があんたたちなんかと……っ!」


自由になっている足で、思い切り自分の手を押さえている男の股間を蹴り上げる。
まさかここで反撃されるとは思ってもいなかったのだろう。
直撃を受けた男は、その場に蹲り悶絶している。
その間に落ちている懐剣を拾い上げ、やってくるもう一人の男の手を懐剣を持っている手で払いのける。


「ぐぁっ!」


視界の隅にサッと走る紅。
それは紛れもなく人の血。
初めて人を斬ってしまったことに、身体の奥底から震えが走る。


「走れっ!」


そのとき、どこからともなく聞こえてきた声に、思わず我に返る。
このままここで放心していたら、激高した男たちは更に何をしてくるかわからないだろう。
だから、言われたとおりに走り出した。
それこそ、脇目も振らずに。


走って走って、息が続かなくなったところでようやく足を止める。


だが、まだ追いかけてきているかもしれない。
そう思うと、休むことなど出来なかった。
何とか呼吸を整えて、再び走り出そうとしたとき。


「無事かい、姫君」
「っ!」


突然現れた人物に、思わず後退る。
先程の男たちの仲間だろうか。
そのわりには、随分と綺麗な顔をしている。
警戒心を露わにしていれば、その人物は小さく肩を竦めて見せた。


「野郎からの頼みなんか聞きたくないんだけどさ、弁慶から姫君の迎えを頼まれたんだ」


自分の知る人物の名前を出されて、マジマジと相手の顔を見る。
けれど、いくら弁慶から頼まれたとはいえ、目の前の相手は自分の知らない人物であることに変わりはない。


「まだ信じられないかい?」


信じられるか、と聞かれたところで、あんなことがあった後だ。
信じられるはずがない。
それも相手は理解しているのか、今度はとんでもない言葉が振ってきた。


「まさかこんな挨拶になると思わなかったけどな。初めまして、叔母上」
「へ……?」


思わず自分の耳を疑ってしまう。
彼は一体何と言ったのだろうか。


「オレは……そうだな、ヒノエって呼んでくれよ。弁慶はオレの叔父なんだ」


違う意味で、目の前が真っ暗になったような気がした。










夕暮れ時に紛れた魔物










将臣からも立った懐中時計はキーホルダー型
2008.12.7

 
  

 
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