君と見た空 | ナノ


3、知り合いと、初対面
  









「弁慶!俺はお前に妹がいるなんて知らなかったぞ!」





私を見るなりそう言ったのは、男の人にしては妙に髪の長い男の人。





ウェーブのかかった髪は、頭の上の方でポニーテールに結ばれている。





「オレも弁慶に妹がいるなんて初めて知ったよ〜」





どこかのんびりとした口調で話すのは、髪をオールバックにしてお腹を出した格好をしている男の人。





どちらも弁慶兄の知り合いらしい。





知らない人に会うのは、正直ちょっと躊躇ってしまう。










悪い人じゃないんだろうけど、怖いと思ってしまった事実は変えられない。




















弁慶の妹になると宣言した後、美月は弁慶といくつかの約束をした。
それは美月の説明をするときは、自分から勝手に話さないこと。
そして、弁慶が説明に使った言葉を覚えていること。
そうすれば、仮に弁慶がいなかった時でも一人で対処できるだろうと言われた。
わかったと頷けば、今度は質問攻めにあった。
例えば、美月の目に映る物を示し、それの名前を問われたり。
時には、それの使用方法を聞かれたり。



物忘れの病には、日常生活に困らない軽度の物と、赤子に教えるように一から全て教えなければいけない重度の物があるらしい。



美月の様子を見て、弁慶は軽度の物だと判断したようだった。
それに内心ホッと安堵したのは、美月本人よりも、弁慶の方である。

彼女と話をしていて、薄々そうだろうとは思っていた。
自分と普通に会話できることから、それほど重い物ではないと。
実際に、全てを忘れてしまっていたのなら、何も覚えていないだろうし、こちらが言っている言葉すら理解できなかっただろう。
だが、忘れている記憶がいつ戻るのかだけはわからない。



ふとした瞬間に戻るときもあれば、このまま一生という可能性もある。



そのときはそのとき。
拾った手前、最後まで面倒は見なければならないだろう。
いざとなったら、熊野にいる兄にでも頼めばいい。

弁慶がそう思っていたことを、美月は知らなかった。


「弁慶っ!」


そんなときである。
何の前触れもなく開かれる障子。
光を背にしているため、誰かまではわからない。
けれど、その声からはどこか怒りを感じることが出来た。
美月は、突然の出来事に思わず弁慶の後ろへと逃げる。
そんな美月に、大丈夫ですよ、と声を掛けてやりながらも、弁慶は静かに部屋に現れた人影に視線をやった。


「九郎、何の断りもなく部屋に入ってくるなんて、随分じゃないですか?」


どこか穏やかな口調だが、その端々から棘を感じるのは気のせいだろうか。
弁慶の後ろにいるせいで表情は見えないが、どこか冷たいオーラを感じる。


「す、すまん」


弁慶の言葉に素直に謝るその姿に、悪い人ではないのかも、と少しだけ思う。
だが、九郎と呼ばれる人の持つ雰囲気はどこか堅く、生真面目なそれ。
間違っても、弁慶のように穏和とは言い難い。


「九郎〜、先に行かないでよ〜」


九郎よりも少し遅れて、もう一人が現れる。
こちらは九郎よりも随分と感じが違う。
どちらかといえば、飄々とした雰囲気。


「あれ?その子、弁慶の知り合い?」
「何っ、客が来ていたのか!?」


咄嗟に弁慶の後ろに隠れていた美月に気付いたのは、後から来た人物だった。
美月の姿を確認しようと更に近付いてくる九郎に、美月は更に身を小さくして弁慶の後ろへ隠れる。
その手は、しっかりと弁慶の外套を掴んでいた。
自分の外套を掴む手が微かに震えていることに気付いた弁慶は、チラリと自分の後ろにいる妹の姿を見た。



何もわからないこの状況で、突然見知らぬ人が現れれば、恐怖を抱いて当然。



知り合ってからわずか短時間。
自分だって、完全に信用を得られたわけではないだろうけれど、頼ってくれた事実に少しだけ弁慶の頬が緩む。


「九郎、景時。美月が怯えています。少しは抑えてくれませんか」
「へぇ、美月ちゃんって言うんだ?こんな子と知り合いだなんて、弁慶も隅に置けないね〜」


そう言いながら、弁慶の後ろに隠れている美月の姿を見ようと、景時が覗き込む。
それに小さく悲鳴を上げれば、逆に驚いた声を上げられる。
さすがにそんな反応をされれば、ようやく九郎も景時も異変に気が付いたらしい。
どういうことだと視線で弁慶に問いかける。


「美月、二人は僕の知り合いです。出てきても大丈夫ですよ」


優しい目でそう言われれば、おずおずと弁慶の隣りに出る。
けれど、外套を掴むその手はそのままだ。


「髪の長い方が九郎、短い方が景時です」
「は、初めまして」


ぺこりと申し訳程度に頭を下げる。
それを確認してから、弁慶は二人を見て隣にいる少女を紹介した。


「九郎、景時。彼女は美月、僕の妹です」
「そっか〜、弁慶の妹だったんだ……って、えぇえっ!」
「弁慶!俺はお前に妹がいるなんて知らなかったぞ!」


途端に大声を出されて、驚かない人間はいないだろう。
美月は再び弁慶の後ろに隠れた。



朔とは普通に接することが出来たのだが、この二人──特に九郎──はどうも苦手かもしれない。



そう思うのは、彼の言動が問題なのだろうか。
どこか威圧感を感じさせるその態度は、人よりも上から物を見ているように感じさせる。


「オレも弁慶に妹がいるなんて初めて知ったよ〜」


それに比べると、景時の方は随分と柔らかい。
真逆のように思える二人と知り合いの弁慶は、一体どうやって知り合ったのだろうか。


「二人とも、僕の話を聞いていたんですか?」


ヒクリ、と弁慶は自分の顔が引きつったのを感じた。
そんな弁慶の変化に気が付いたのだろう。
二人は途端に大人しくなり、謝罪の言葉を告げてきた。


(上下関係がわかった気がする……)


多分、弁慶は怒らせると怖いのだろう。
二人の様子を見ている限り、そう思う。
ならば自分も弁慶を怒らせない方がいい。
こっそりと美月はそんなことを胸に誓った。


「それで、弁慶の妹がどうしてここにいるんだ?」
「わざわざ会いに来たのかな?」
「えっと……」


どう説明したらいい物か。
上手い言葉が思い浮かばず、思わず弁慶に救いを求める。
くい、と彼の外套を引っ張れば、自分へ顔を向けてくれる。
その微笑みを見るだけで、大丈夫だと安心してしまえるのはなぜだろうか。
一種の刷り込みかもしれないが、自分が今頼れるのは彼だけだ。


「多分僕に会いに来たと思うんですが、途中で物忘れの病にかかったみたいで。たまたま僕が見付けたのは、不幸中の幸いでした」


半分は正解だが、半分は違う。
けれど、弁慶の妹になると決めたときから、彼と約束したことがある。
だから自分は彼が今、二人に説明した言葉を覚えていなければならない。


「そうだったのか。知らぬこととはいえ、悪かったな。何かあったら、言うといい」
「そうだね。何か出来ることがあったら、オレも協力するからね」


物忘れの病、と弁慶から聞いた途端、二人の態度は一変した。
どこか同情の色を浮かべる瞳。
記憶を無くしたのは自分だけど、そこまで悲観的ではない自分がいる。



それは、全てを忘れてしまっているからだろうか。



例えば自分に関して一つでも覚えていることがあれば、今とは少しでも状況が違っていたのだろうか。
そう考えてみるが、考えたところで記憶が戻ってくるわけでもない。



だが、二人の気持ちが素直に嬉しかったのも事実。


「ありがとうございます」


礼を言って頭を下げる。
多分、自分は弁慶と同様に二人にも世話になるのだろう。
これからどれほど世話になるかはわからないが、頼れる人物が増えるというのは嬉しい。


「弁慶殿、先程の声は……って、兄上!九郎殿も。帰ってきていたんですか?」


パタパタと軽い足音をさせて部屋へやって来たのは朔だった。
どうやら、先程の九郎と弁慶の声を聞きつけたらしい。
それよりも、美月は朔の言葉の方が気になった。
彼女は今「兄上」と呼ばなかっただろうか?


「あ、朔。ただいま〜」
「朔殿か、邪魔をしている」
「もう、兄上も戻ってきたなら一言言って下さいな」


朔と景時の二人を交互に見やる。
そういえば、先程もう少ししたら兄が戻ってくるとか言っていたような気がする。


「ね、朔。もしかして景時さんって……」
「弁慶殿、美月に教えてなかったんですか?」
「言いそびれてしまったんですよ」


朔が弁慶に説明を求めれば、苦笑を浮かべながら肩を竦められる。
仕方ないと言うように、朔は溜息を一つ突いた。


「兄上」
「あ、うん。オレって朔の兄なんだよね〜」


少し照れたように頭を掻くその姿は、先程よりも緩んでいる。
もしかしたら、景時は朔のことを溺愛しているのだろうか。





そう思うのと同時に、美月は随分似ていない兄妹だなと思った。










大丈夫、手を離してもわたしたちはちゃんと、繋がっていられる










九郎と景時も登場
2008.5.15

 
  

 
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