君と見た空 | ナノ


11、勘違いも甚だしい
  









美月が後方で怪我人の手当てをしていた頃。





「お前……怪我人を診ているはずだろうっ!なぜ朔殿と一緒に行動しているっ!」

「え、ええっ?!」





そんな九郎の叫び声と、戸惑いを見せる彼女の声が陣幕に響いたという。




















朔の姿が見えないと、部下に言われたのはいつのことだったか。
先陣を切って行動する九郎たちには、それよりも後方にいる朔の姿を確認している時間などあるはずもない。
ましてや命のやり取りをする戦で、他人を気に掛けていては自分の命にも関わってくる。
そのため、末端にいる兵に朔から目を離すなときつく言いつけてあった。
けれど、怨霊が現れたせいで朔の姿を見失ったらしい。


彼女は景時の大切な妹だ。
それでなくても黒龍の神子であるが故に戦に出なければならなくなった身。
朔のことは、何に変えても守ると景時に誓っておきながら、いとも簡単に破ってしまった自分に落胆を覚える。


源氏が陣を構えている橋姫神社までたどり着けば、比較的軽傷な者に朔の捜索を命じた。
何事もなく見つかればいいが、もし何かあった場合、景時に申し訳が立たない。
どうにも落ち着けず、陣の中を歩いていれば、何やら話し声が聞こえてきた。

そこかしこで声は聞こえてくる。
けれど、その話し声だけが耳に付くのはどうしてなのか。
少し高い声色は男のそれではなく女の物。
朔であればいいと願っているから、自分はその声が気になるのか。


「そこの者、何をしている」


足を向ければ、そこにいたのは数人の若者。
声を掛ければキョロキョロと辺りを見回している。
どうやら、自分たちが呼ばれたのだと気付いていないのだろうか。


「どこを見ている。お前たちに決まっているだろう」
「九郎殿……」


その中の一人が自分の名を呼んだ。
顔を見ればそれは行方がしれなかった朔の物で。
見つかったことに内心安堵しながらも、今後も同じことが起きないように釘を差さなければと、心を鬼にする。
だが、朔と一緒にいる人物の顔を見ると、そんな誓いすらも吹き飛んだ。


「なっ……!」


なぜなら、そこにいたのは本来なら今頃、後方で傷ついた兵たちを診ているはずの美月だったからだ。
薬師として後方で兵を診ることを条件にはしたが、朔と一緒に隊を離れることは許していない。
しかも、どうして美月が隊から離れたことを報告してこないのか。
もしこれが弁慶にでも知れたら、源氏は弁慶一人の手によって壊滅させられてしまうだろう。





「お前……怪我人を診ているはずだろうっ!なぜ朔殿と一緒に行動しているっ!」





腹の底から力一杯声を張り上げれば、辺りの視線を集める結果となる。
だがそんなことは関係ない。
弁慶の機嫌を損なって、源氏が内から崩れるという事実の方が、兄である頼朝に対して申し訳ない。


「え、ええっ?!」
「ええ、じゃないっ!ちゃんと約束しただろうがっ」
「ちょっ、先輩に何するんですかっ!」
「九郎殿待って、彼女は私の対の白龍の神子。美月ではないわ!」


美月に対して掴みかからんとする九郎に、見たことのない男が間に入る。
更に、九郎の腕を押さえるのは朔だ。


「何っ?これのどこが美月じゃないと言うんだっ」


美月ではない、という朔の言葉はちゃんと九郎の耳に届いていたらしい。
だが、だからといって納得するにはあまりにも酷似し過ぎている。
ここまで美月に似ているのに、どうして彼女じゃないと言えようか。


「ねえ、美月を知ってるんですかっ?」
「先輩……」
「教えてっ!美月は一体どこにいるのっ!!」
「なっ……」


美月という名を聞いた途端、こちらに食って掛かるような視線を向けた彼女に、九郎は腰が退けた。
この様子を見る限り、本当に美月ではないのだろう。
けれど、美月のことを知っているというのなら、彼女は美月の姉妹か何かだろうか。


「九郎、その辺にしませんか」
「弁慶」


さくり、と雪を踏みながら現れた弁慶に、安堵したようで背筋が冷えたような感覚を覚えた。
いつからこちらの様子を見ていたのだろう。
弁慶のことだから、きっと初めからかもしれない。


「朔殿も、本当に無事でよかった」


景時に合わせる顔がないと告げる。
そうしてから、弁慶は美月そっくりな女性へと視線を移した。


「ええと、そちらの可愛らしいお嬢さん。あなたの名前を教えてくれますか?」
「えっ、は、はい。春日望美です」


少しだけ頬を朱に染めている望美に、弁慶は可愛らしい名前ですねと褒め立てる。


「申し遅れました、僕は武蔵坊弁慶です。それで、こちらの仏頂面が──」
「名なら自分で名乗る。俺は九郎だ、源九郎義経」


改めて名を名乗れば、一緒にいた男が何やら騒ぎ立てる。
頼朝を呼び捨てにしたり、違う世界から来たとわけのわからないことを言い始めれば、こちらの不信感を煽るだけの結果となる。

彼女がやって来たのはそんな時だった。


「弁慶殿、連れて参りました」


兵に呼ばれ、そちらを振り返れば、少し後ろに見える美月の姿。
風に乗って血臭がするのは、つい先程まで怪我人の様子を見ていたせいだろう。


「ご苦労様です、戻っていいですよ」
「はっ」


小さく一礼して、美月を連れてきた兵は自分の持ち場へと去っていった。
残された美月は、目の前の光景にただ呆然と立ちつくしているだけ。

もし望美が美月を知っているのなら、彼女のいるべき場所が見つかることになる。

それが喜ばしいことだと分かっているのに、心の底から喜べないのはなぜだろう。
義理とはいえ、妹として数年の間扱ってきたせいだろうか。


「九郎、美月が来ましたよ」
「あ、ああ……。しかし、よく見れば見るほど似ているな」
「だから言ったではありませんか。望美は私の対の白龍の神子で、美月ではないと」


九郎も、望美と美月を交互に見比べてから、感嘆の溜息とついている。
それほどまでに、二人の容姿は似通っていた。

違う点があるとすれば、その髪の色だろうか。
美月の髪は、望美の髪と比べると少しだけ色素が薄いように感じられる。
だが、それ以外の顔のつくりや身長などはほとんど変わらない。
双子だと言われれば、知らない者ならば納得してしまえるだろう。


「美月っ!」


弁慶と九郎の横をすり抜けて、望美が美月へと駆け出した。
そのまま美月を抱き締めれば、わけのわからぬ美月は目を白黒させるばかり。
譲も二人の側へ近付いて、何やら話しをしている。


「弁慶、あれは美月の何なんだ?」
「さあ、僕にも分かりかねます。けれど……」


そこで言葉を切り、三人の様子を眺める。
望美と譲は、ようやく会えたと言わんばかりに喜んでいる。
だが、状況を理解できていない美月はそのままだ。
むしろ、こちらへ視線をよこしてどうしたらいいか悩んでいるようにも見えて。





「べ、弁慶兄!この人たち誰っ?」





美月が弁慶に尋ねると、彼女に抱き付いていた望美も、側にいた譲もピタリと固まった。
信じられないような顔で美月を見た後、弁慶の方へと視線を移す。


「一体、どういうことなんだ……?」
「弁慶さん。説明、してくれますよね?」


しきりに眼鏡のフレームを指で押し上げる譲と、笑顔で説明を求める望美。
どちらかと言えば、望美の笑顔に何か黒い物を感じなくもない。
どうしたものかと周囲を見回せば、その場にいる人たち全ての視線が自分へと向けられている。


「その前に、一つだけ確認してもいいですか?」
「何ですか?」
「望美さん、あなたは白龍の神子ではありませんか?」


ここで美月の話をすると長くなる。
そう考えた弁慶は、話題を望美へと切り替えた。
朔が自分の対だと言っていたことと、違う世界から来たという話しを信じれば、彼女が怨霊を封印することの出来る神子となる。


「はい、私が白龍の神子です」


ハッキリと言い切る望美に、やはりそうか、と弁慶は思った。

望美が別世界からやって来て、美月の知り合いだとすれば、必然的に美月も別世界の住人となる。
ならば、どれだけこの世界の行方不明者を捜しても見つからなくて当然。


「俺は平家の陣を攻める。だが、お前たちだけでもどれというのも危険か」
「なら、神子たちには僕が同行しましょう」
「そうか、ならば頼んだ。美月
「へ?」


不意に名を呼ばれ、思わず首を傾げる。
どうせ自分も弁慶たちと一緒に帰れ、とでも言われるのだろう。
いつもなら、弁慶がいるならと頷くだろうが、今日はなぜだか弁慶が一緒でも戻りたくなかった。





それは、自分を知っているかもしれない人がいるからか。





これから行動を共にするなら、嫌でも顔を合わせることになる。
だからといって、今はまだ頭の中が混乱している。


「大丈夫だとは思うが、いざというときのために俺と共に来てくれ」


まさか九郎は自分の心を読むことが出来るのだろうか?
彼女たちと一緒にいたくない自分にとって、それは何よりもありがたい言葉だ。


「私でいいの……?」
「お前だから言っているんだ」



ふい、と顔を逸らして言う九郎の頬が、少しだけ朱に染まったように見えた。










ありがとうとは云わないけれど










美月が来るまでの間の話
2009.7.14

 
  

 
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テーマ「人外ファンタジー」
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