君と見た空 | ナノ


10、動き出した歯車
  









記憶が戻らないまま二年。





自分は何処の誰なのか、とか、家族はいるのかな、とか考えたりもするけれど。





みんながいるから寂しくない。





でも、今願うのは一つだけ。





始まってしまった戦で、傷ついて欲しくない。




















あっという間に季節は巡り。
平家との戦が本格的に始まれば、源氏の大将、軍師、戦奉行である三人は嫌でも戦へと出陣することになった。
そして、怨霊を鎮めることの出来る黒龍の神子である朔までも、彼らに同行を求められたのだ。


「朔が行くなら私も行くからねっ!」
「馬鹿か、お前はっ。戦は遊びじゃないんだ。お前が来たところで足手まといにしかならん」
「いざって時のために私に武術を教えたのは九郎でしょっ!これがいざってときじゃないの?!」
「……っ、俺は!……俺は、お前を戦に連れて行くために剣を教えたのではない」


いくら戦に同行すると言っても聞く耳を持たない九郎に、いい加減堪忍袋の尾が切れそうだ。
どうしてこうも石頭なのだろう。

確かに、自分が足手まといになるだろうことは、自分自身がよく知っている。
だが、みんなが命を賭けて戦っているのに、自分一人安穏としてはいられなかったのだ。


「連れてってくれないなら、隠れてでも付いて行くんだから!」
「なっ……!お前っ」
「九郎」


ぼそりと呟けば、どうやら九郎の耳にも入ったらしい。
途端に声を荒らげそうな九郎を見て、思わず両手で耳を塞ぐ。
この態度で聞く耳持たないと取ってくれればいいが、彼ならば恐らく違う意味で取りそうだ。



どうしてこんなにも悲しいんだろう。
どうして。



つん、と鼻の奥が熱くなる。
歯を食いしばって涙が出ないようにしながら、いつかもこんな気持ちになったことがあるとぼんやり思う。










── 危ないから、  は留守番してるのっ! ──


『やだっ!私も一緒に行くーっ!』










あのときも、連れて行ってもらえないことが悔しくて泣いていた。


そうか、この感情は悲しいのではなく、悔しいのだ。
自分一人だけ、仲間はずれのような気がして。


そう思うと、それまで以上に泣きたくなった。


「おっ、おい美月!」


すん、と鼻を鳴らし始めた美月に、九郎があたふたと慌て始めた。
まさか泣くなどとは思っていなかったのだろう。
もちろん、美月自身もこんなことで泣くとは思っていなかった。


「うー……っ」


顔を下に向けて、小さなうめき声を上げる。
泣き声を上げないための苦肉の策だったが、そうすればするほど声が溢れそうになる。


「こんなことで泣くヤツがあるか」
「九郎、僕の可愛い妹を何泣かせてるんですか。……美月、どうしました?」


困惑したように頭を掻き始めた九郎の耳元に、救いの手とも言うべき声が届く。
ホッと安堵する九郎を他所に、弁慶が美月の両手を耳から離させる。
そうすれば、しがみつくように弁慶の胸元へと抱き付いた。
小さい肩を震わせるその様子に、宥めるようにぽんぽんと背中を叩く。


「それで?原因は一体何ですか」
「それがだな……」


どこか冷たい笑顔を振りまいている弁慶に、九郎がこれまでのことを話した。
話し終わる頃には美月の涙も乾いていて。
けれど、弁慶にしがみついたまま、九郎の方を見ようともしなかった。


「……なるほど、そういうことでしたか」
「弁慶も言ってやってくれ。連れて行くわけにはいかんと」


きっと弁慶の言葉なら、美月も大人しく邸で待っているだろう。
そう思ったのは、九郎の願望であろうか。


「そう、ですね」


顎に手を当てて何かを思案する弁慶に、美月が縋るような目で見る。
もし弁慶にまで反対されたら、今度こそ隠れて付いていこうと心に誓いながら。


「薬師が少し足りないんです。美月には、薬師として陣にいてもらいましょう」
「本当っ?!」
「そうか……って、弁慶っ。何を考えているんだ!」


弁慶の出した答えに、美月は満面の笑みを浮かべて喜び、九郎は思わず瞠目した。

確かに、この二年で薬師としての腕は上がっただろう。
けれどそれが戦場で使えるとは限らない。
病気やちょっとした怪我ならまだしも、美月はまだ命に関わるような怪我は診ていないはずだ。
そんな九郎の葛藤が分かったのが、弁慶は大丈夫です、と声に出さずに呟いた。


「ただ、薬師と言ってもそこは別の戦場です。それに、いつ命の危険がやってくるとも分からない」


それだけは覚えていてください、と言う弁慶の言葉に、美月は力一杯頷いた。
例え出来ることは少なくとも、みんなと一緒にいられるのなら。










その日は雪こそ降っていなかったが、寒い日だった。
戦が始まれば後から後から運び込まれてくる怪我人を、次から次へと手当てしていく。
それこそ一刻を争うような怪我人から、軽傷の人まで。
前線の戦が終わっても、後陣の戦は終わらない。
むしろ、戦が終わってからが本当の戦のようだ。


「これでよし、と。次の人はっ!」
「美月殿」


手に付着した血を洗い流してから、次の患者の元へ行こうとすれば、不意に誰かから声を掛けられた。
てっきり怪我人だとばかり思っていたため、慌ててその人の元へ行こうとする。
けれど、そこにいたのは大きな怪我は見当たらないような人で。


何よりどこかで見たことのある気がする。


だが、一体何処でだっただろうか。
さすがに源氏の武士たち、一人一人の名前までは覚えていない。
顔なら知っている、という人の方が多いくらいだ。


「えっと、何でしょう?」


怪我がないのなら、早いところ次の人を診てしまいたい。
そんな気持ちの方が大きかった。


「弁慶殿が、美月殿を呼んでらして。私に連れてくるようにと」
「弁慶兄が?」


戦場で弁慶が自分を呼ぶということは、ほとんど無い。
だからこそ、不思議で仕方なかった。


そこまで薬師の手が足らないのか、それとも他に何か理由があるのか。


目の前の男に尋ねても、理由は来ていないらしくただ首を傾げるばかり。
仕方なく美月は男の後を付いて、弁慶の元へと足を向けた。





そこにいたのは弁慶や九郎、朔と言ったよく知る人たち。
けれど、見覚えのない顔も見えた。
男の人と女の人、それから子供が一人。


美月が気になったのは、惜しげもなく足を晒している女の人だった。


髪の長さは自分と同じくらいか、それよりも長く。
色だって、美月は薄い紫苑なのに対して、彼女のはそれよりも濃い紫苑。
どことなく、顔のつくりも似ているような気がする。


「弁慶殿、連れて参りました」
「ご苦労様です、戻っていいですよ」
「はっ」


自分をここまで連れてきてくれた武士の人が、持ち場へと戻っていく。
けれど、そんなことすら気にせずに、美月はただただ、目の前の女の人を見つめていた。


「九郎、美月が来ましたよ」
「あ、ああ……。しかし、よく見れば見るほど似ているな」
「だから言ったではありませんか。望美は私の対の白龍の神子で、美月ではないと」


自分の名前を呼ばれているような気がする。
けれど、その言葉は素通りしていくばかりで内容が入ってこない。





「美月っ!」





すると、その女の人が突然自分へと抱き付いてきた。



一体何が起きているの?

あなたは誰なの?

どうして、私を知っているの?



疑問は、何一つとして言葉にならなかった。










きっと、あなたの全部が怖かった










望美たち合流
2009.6.17

 
  

 
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