君と見た空 | ナノ


9、居心地の悪い板挟み
  









いつも突然現れる義理の甥。





彼にも帰る場所があるのは当然のこと。





会えなくなるのは寂しいけれど、これが永遠の「さよなら」じゃないから。





また会える日まで、元気でね。




















ヒノエと向かい合わせに座りながら、彼が出してくるお菓子を摘む。
ほんのりと甘いそれは口の中に入れると直ぐさま溶けて無くなった。


「それで、ヒノエは何しにここへ?」
「姫君のご機嫌伺いって言ったろ?」


彼の登場を待ち望んでいたはずなのに、いざ目の前に現れれば何しに来たのだろうかと首を傾げてしまう。
自分のご機嫌伺い、と言っているが、きっとそれ以外にも理由はあるのだろう。


「それは聞いたよ。で、本当の用は?」


ずい、とヒノエの顔を覗き込むようにして尋ねれば、ニヤリと彼の口が斜めにつり上がった。
こんな表情は誰かがしていたことがある。
一体誰だっただろう。


「こんなに近付いてくれるなんてね。そのまま愛らしい唇を塞いでしまおうか」
「ちょっ、何するつもりなのっ!」


顎を掴まれ、そのままヒノエの顔が近付いてくれば、さすがに身の危険を覚えた。
ヒノエの顔に両手を当てて、できるだけ遠くへと押しやる。
するとヒノエもふざけていたのか、あっさりと身体ごと離れていった。


「残念」
「ヒノエ!」


悪戯に目を細めながら言うヒノエに、頬を膨らませれば小さく笑われた。
ヒノエにとっては冗談だったのだろうが、こちらとしては本当に唇が奪われると思ったのだ。
ふざけるのにも程がある。


「それで?随分と不機嫌そうだったけど、一体何かあった?」


逆にヒノエから問われ、いい機会だと手を叩く。
今日を逃しては、いつまたヒノエがやってくるかわからない。
それに、弁慶との件もある。
できることなら彼とは早い内に和解しておきたい。


「あのね……」


そう思い、美月は口を開いた。

ヒノエに聞けと言ったからには、ヒノエは知っているのだろう。
叔父と甥ならば、自分よりも一緒にいた期間は長いはずだ。

所詮自分は血の繋がりなどない、赤の他人でしかないのだから──。





美月の話を一通り聞くと、ヒノエは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
事実、面白くないのだろう。

先程までとは表情が一変している。


「……で、オレに聞けってあいつが言ったって?」
「うん。ヒノエは知ってるんでしょ?」
「知ってるも何も……悪いけど、これについちゃオレは教えられないね」


頼みの綱でもあるヒノエに断られては、もはや打つ手無しである。


「何でっ?ヒノエは知ってるんでしょ?!」


尚も食い下がる美月に、ヒノエはどうした物かと頭を掻いた。

幼少時からその姿のせいで忌み嫌われていた弁慶が真っ先に覚えたのは、全てを閉ざすことらしい。
何を言われても聞こえないように、そして見えないように。
自分の世界の全てを──感情すらも閉ざしたらしい。

らしい、というのはヒノエもそれを聞いたからである。
弁慶の兄であり、自分の父でもある湛快に。

その後、寺に預けられ人並みに感情を取り戻せば、いつも笑顔を絶やさないようにしていた。
ヒノエが直接知っているのは、それからの弁慶である。


「何でって言われても、コレばっかりはさすがにね」
「ヒノエの意地悪」


せっかく教えてもらえると思っていたのに、結局振り出しに戻ってしまった。
これには美月もがっくりと肩を落とした。
ヒノエにも拒否されてしまっては、やはり弁慶本人に聞くしかない。
だが避けられている自分が弁慶から聞くことが出来るのだろうか。


「美月、こちらにヒノエが……ああ、やっぱりいましたか」
「何だあんたか」
「弁慶兄!」


けれど、あっさりと弁慶が現れれば、美月は驚くよりほかなかった。
ヒノエは弁慶に会いたくなかったのか、途端に顔を顰めている。
どうやら弁慶はヒノエを捜していたらしいが、どうしてヒノエが来ていることを知ったのだろう。
庭から現れたヒノエは美月以外誰の目にも触れていない。
それなのに、ヒノエがいることを知っているのは何故──?


「その様子では、美月に話していないようですね」
「オレだって話を聞いたに過ぎないからね。あんたが直接話なよ」


どうやら、二人が話しているのは美月が知りたがっていること。
けれどこのままでは話してもらうのに時間がかかりそうだ。
美月は半ば諦めながら大きく溜息をついた。


「それで、ヒノエ。頼んでいたのはどうなりました?」


話題が変われば、ことりと首を傾げる。
弁慶が何か頼み事をしていたのなら、ヒノエの用件は自分にではなく弁慶にあったのだろう。
それなのに付き合ってくれたのは、弁慶が見つからなかったせいか。


「姫君に会いたかった、っていうのが一番の理由だよ」


ぼんやりと考えながらヒノエを見れば、彼はパチリと片目を瞑って言ってのけた。
それに調子がいいんだから、と返して二人の様子を眺める。
だが自分がここにいていいのだろうか、と今更ながらに思い至り、席を外そうと腰を浮かせば弁慶にそれを止められる。


「君はここにいて下さい」
「いいの?」


何か、大事な話ではないのだろうか。
そう思ってヒノエを見れば、嗄れも一つ頷いた。


「ま、姫君に関することだしね」


自分に関すること、と言われても何のことなのかわからない。
何かあっただろうか。


「結論から言うよ。どこにも行方不明になった姫君はいなかった」
「そうですか……」


ヒノエの言葉に弁慶が何か考えるような仕草をするが、美月は首を傾げたまま。
ともすれば、ヒノエの言葉の意味すら理解できていなかった。


行方不明になった姫君がいないことが、どうして自分に関することなのだろうか。


しばらく首を傾げていれば、ヒノエと弁慶が自分を見て笑っている。
笑われる理由が判らない美月は、更に頭を悩ませる羽目になった。


「もうっ、何で二人して笑ってるのー!」


むす、と頬を膨らませながら抗議すれば、二人の笑みは尚更深まるばかり。
これでは全然話がわからない。


「もし、行方不明になった姫君がいれば、それが美月の帰る家かもしれなかったんだけどね」
「生憎それも望めなかったようです」
「あ、そういうことか」


理由を話してもらえば、漸く点が線に繋がったような気がした。
ヒノエは自分の家を探していてくれたのだ。
そのことを嬉しいと感じながらも、見つからなかったという事実に少しだけ落胆する。
だが、たとえ自分の住んでいた家が見つかったとしても、記憶のない自分はそこに懐かしさを覚えない。
むしろ弁慶の妹としていたいという思いの方が強かった。


「力になれなくて悪いね」
「ううん、捜してくれてありがとう」


すまなそうに言うヒノエに首を振って、お礼を言う。
そうすれば、ヒノエも普段通りの笑みを浮かべた。


「それで、用が済んだら帰るんですよね?」
「本当に嫌なヤツだね。ま、オレも熊野をそんなに長く空けられないからな」


言外にさっさと帰れ、という空気を発する弁慶にヒノエが鼻を鳴らす。
ヒノエが帰るという話に、美月が感じたのは寂しさ。
せっかく知り合えたのにもう別れなければならない。


「そんな顔しなくても、また会いに来るよ」
「うん」
「僕としては来て欲しくないんですけどね」
「ハッ、これまで避けてた癖に良く言うよ」


くしゃりと頭を撫でられれば、美月は満面の笑みで頷いた。
二度と会えないわけではないのだ。
ならば、しばしの別れだと思えばいい。


「いいかい、姫君。もしあいつに何かされたらオレに教えるんだぜ?」
「いない人にどうやって教えるんですか。君はいつからそんなに浅慮になったんですかね」
「ちょっ、弁慶兄」
「煩いよ。何も逐一報告するんじゃなくて、まとめてっていう方法だってあるだろ」
「美月は優しい子ですから、そんなことしませんよ」
「そいつはどうかな」


二人の間に立とうと思うのに、始まってしまった言い合いの前に美月はただ閉口するだけだった。
何とかキリのいいところで口を挟めば、それがヒノエとの別れの時刻となった。
また、と言い残すヒノエを笑顔で送り出せば、ヒノエは来たとき同様、庭の木を伝って出て行った。










さようなら、またいつか










ヒノエも熊野へ帰りました
2009.5.7

 
  

 
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