星屑星明かり | ナノ
星屑星明かり
──この想いはもう、止められない──有川は何かを考えるように、それきり黙ってしまった。
そのとき、彼が何を考えていたか、なんて、私にわかるわけもない。
人の思いがわかるなら、最初から、こんな気持ちにならなくてすむんだよ。
「有川」
小さく名前を呼んでも、有川は気付かない。
それほどまでに、私の言葉は彼に決定打を与えてしまったのだろうか。
どうしてだろう。
望美が誰か、一人の人と付き合うのは嬉しいはずなのに。
有川が悲しむ姿は見たくない、なんて。
酷い矛盾。
自分で自分がわかならいよ。
あぁ、神様。
どうか、臆病な私に、少しだけ勇気を下さい。
いるかどうかもわからない神に祈る。
いや、神は確かにいた。
この世界の神ではないけれど、人の姿をした龍神が有川家に。
この際、力を貸してくれるなら何だっていい。
私に、前に進むための勇気を。
「有川!」
「あ、悪い」
先程よりも強く名を呼べば、有川はようやく私の存在を思い出してくれたらしい。
そんな態度にも、私の心は悲鳴を上げる。
そこまで、望美のことが好きだった?
隠していた私の思いは、少しでも、あなたの目に映ることはなかった?
今まで堪えていた『何か』が、その瞬間に切れたような気がした。
「んで、何だっけ?」
申し訳なさそうに頭を掻いて、私の機嫌を伺う有川。
そんな彼との距離は、数歩しかない。
「松浦?」
名前を呼んだきり、何も言わない私に、今度は有川が困惑する。
「どっか、具合でも……」
有川との距離を一気に詰めて、彼のジャケットの胸元を掴み、自分の方へ引き寄せる。
油断していた有川の身体は、すんなりと引き寄せた私の元へやって来た。
私はそのまま、有川にキスを、した。
ぶつけるようなキスは、恋人同士のする甘いものなんかじゃない。
唇が触れ合ったのは一瞬。
唇を話して、有川を解放すれば、彼は口元を押さえていた。
それはそうだよね。
友達だと思っていた私から、こんなコトされたんだもん。
驚いたように目を丸くしているのも、理解できる。
「私ね、将臣が好きなんだ」
ついに言ってしまったこの想い。
言葉にすると、自然と胸が軽くなった。
でも、その返事を聞くのは、やっぱり怖い。
「松浦……」
「私の家、そこだから。ここまででいいよ。じゃあね」
有川が何かを言うより早く、口早にまくし立てる。
そのまま逃げるように家まで走り、玄関へ滑り込む。
幸い、有川は私を追いかけてこなかった。
ずるずると玄関に寄りかかりながら、その場に座り込む。
出てくるのは、涙じゃなくて、乾いた笑い。
「失恋、決定」
隠し通してきた私の想いは、その日幕を閉じた。
あの日以降、私はずっと家の中にいた。
外に出て、突然有川に会うのが怖かったから。
告白の返事は聞いてないけど、そんなもの聞かなくても知ってる。
知ってる答えをわざわざ聞いて、それでまた落ち込みたくはなかった。
それを思えば、有川があの姿であることに、少しだけ感謝したい。
学校が始まっても、あのままなら会わなくてすむ。
そう、気持ちを落ち着けるには、充分に時間がある。
そんなときだった。
机の上に置いていた携帯が、メール着信音を告げる。
一体誰からだろうと思い、携帯を開けば、差出人は望美だった。
外にいる。
それだけの、短い内容。
望美にしては、珍しかった。
いつもなら、絵文字なんかが使われていて、どれが言いたいことかわからないときもあるのに。
私は上着を羽織ると携帯を持って、玄関へ向かった。
そのとき、気付けば良かったのだ。
望美らしからぬ内容のメールに、何かあると。
玄関から外に出れば、肝心の差出人の姿は見えなかった。
たんなるイタズラか、と思い、家に入ろうとした瞬間。
「松浦」
いるはずのない彼の声。
恐る恐る振り返れば、そこにいるのは確かに有川。
どうしてここに。
そう言葉にしようと思っていたはずの口は、有川が手にしている携帯を見て、言葉にならなかった。
有川が持っているのは、望美の携帯。
始めから、私にメールを寄越したのは、有川だったのだ。
「話、しようぜ」
言いにくそうに、どこかぎこちなく笑う有川に、私は仕方なく着いていくことにした。
やって来たのは近くの公園。
子供たちが、寒さを忘れて走り回っている。
「ホラ」
「ありがと」
差し出された缶コーヒーを両手で包めば、そこから暖かい熱がじんわりと伝わってくる。
有川が言いたいのは、この間のことだろう。
それ以外に、理由が見付からない。
「……俺は、望美が好きだった」
「うん、知ってた」
はっきりと有川の口から言われると、まだ胸が痛む。
有川が望美を好きなことは、誰から見ても明らかだった。
「でもよ、あっちの世界に行ってからは、バラバラになった望美のことより、松浦のことばっか考えてた」
「え……?」
「おかしいだろ?行方のわからない望美よりも、お前が今何してるかとか、少しでも俺のこと心配してるかなー、とかそんなこと考えてたんだぜ?」
思いもよらない話の展開に、私の頭は追い着いていかない。
これは私の願望が聞かせているものなのだろうか。
本当は、これは夢で、目が覚めたら私はベッドで寝ていた、とか。
「望美と再会してからも、それは変わらなかった。確かに、あいつに好きな人がいるってわかったときは、少しだけ愕然としたけどな」
どうしよう。
そんなことを言われたら、期待してしまう。
もう、忘れようと思っていたのに。
この想いが、また生まれてしまうよ。
「んで、思い切ってアイツに相談してみたんだよ。そしたらさ、ようやくわかった」
そう言って、真っ直ぐに私を見つめる有川の視線が、痛いくらいに怖い。
これから告げられる言葉に、私の体中が緊張している。
期待と不安が入り交じって、ここから逃げ出してしまいたい。
「俺は、松浦が好きなんだって」
その言葉を耳にした瞬間。
私は両手で口元を押さえていた。
こんなことが、本当にあっていいのだろうか。
あまりにも嬉しすぎて、目の前がぼやけていくのを感じる。
だって、有川が好きなのは望美じゃないの?
『お前が……松浦、か』
そんなとき、クリスマスに会った銀髪の人が言った言葉を思い出した。
あれは、そういう意味だったのだろうか。
「なぁ、さくら。もう一度、お前の気持ち、聞かせてくれねぇか」
名字ではなく、有川の口が呼ぶのは私の名前。
耳に届くそれが、いつもと違って妙に恥ずかしい。
「さくら」
促すようにもう一度。
私は、手にしていた缶コーヒーを投げ出すように、有川に抱き付いた。
「好きだよ。将臣が、誰よりも、何よりも」
言い終わると同時に始まったキスは、ぶつけるようなキスとは全く違う。
まるで不足していた何かを補うように、何度も何度も。
ようやくそれが終わると、お互い顔を見合わせて、少しだけ照れたように笑った。
月に比べるとその大きさも、輝きも微弱な星たち。
でも、その一つ一つは、誰かに気付いてもらいたくて、いつだって必死なんだよ。
見付けてもらったその星は、微弱ながらも輝く力を強くする。
自分を見てくれるように。他を、見ないように。
だから私も、あなたのために、今日も輝くの。
捌、そしてあなたの選択は…
星屑星明かり・完
2007/10/27
あとがき