星屑星明かり | ナノ
星屑星明かり
有川が学校へ来なくなってから数日。
朝の登校は私と望美だけ。
そして帰りは──私、一人。
あの日。
二人は突然授業をサボタージュした。
けれど、学生鞄や貴重品なんかは、全て学校に起きっぱなし。
そのせいもあってか、先生たちは、二人が何らかの事件に巻き込まれたんじゃないかって慌てたらしい。
けど、いなくなったのは二人だけじゃなかった。
一学年下の有川弟もまた、学校から姿を消していたらしい。
私が先生に頼まれた教材を運ぶために教室を出て、移動教室へ行ったら二人の姿はなかった。
空白の時間。
たかが十分もない時間で、あの二人が事件に巻き込まれるなんてことあるんだろうか?
むしろ、どこかへ抜け出したとは、考えられない?
けれど、よくよく話を聞けば、有川弟も姿を消したらしい。
有川と望美だけなら可能性はあるかもしれない。
でも、有川弟も一緒となると、話は別。
あの真面目一直線な弟が、二人の行動を止めないはずがない。
………………前言撤回。
望美一直線な弟なら、彼女の「お願い」に直ぐさま負けてしまいそうだ。
でも、あの日は何かがあったらしい。
空をヘリが何基も飛んでいた。
ニュースでは原因不明の事故といっていたけど、学校から距離がある。
三人があそこに行ったとは、とうてい思えなかった。
何だかんだで一日を過ごし、次の日は半信半疑でいつもの待ち合わせ場所へ行った。
すると、行方不明になったはずの望美の姿が、ちゃんとそこに、あった。
でも、有川の姿だけは見えなくて。
望美の話によると、昨日の雨に打たれて風邪を引いたらしい。
馬鹿だね、望美。
嘘を吐くなら、もっと上手く吐かなきゃ。
そんなに視線を泳がせてたら、真実は他にあるって言ってるような物だよ?
でも、嘘を吐いてまで私に隠さなきゃいけないことって、何?
望美に私の気持ちがバレたとは思えない。
だって、望美にバレるくらいなら、とうに有川に気付かれてるはず。
野生の勘なのか知らないが、有川は冗談抜きに勘がいい。
他人のことに敏感とか、そういうレベルじゃない。
だから、私は自分の感情を隠すのに必死だった。
その日からだった。
望美と一緒に帰らなくなったのは。
別に、お互いに用事があったから、とかそんな理由じゃない。
もっと直接的。
だって、その日から美形が校門前で望美を待つようになったから。
毎日毎日違った美形が現れる。
年齢も違えば、タイプも違う男性。
いつあの人たちに会ったのか、なんて聞けるはずがなかった。
少なくとも、自分と一緒に登下校するときは、そんな話を一度たりとて聞いたことはない。
だったらその前?
ううん、違う。
その前は有川と二人で登下校してたはずだ。
それに、あんなお迎えを見たことはなかった。
そこから生まれた、望美とのすれ違い。
それは、次第に大きくなって。
そして、思わぬ方向へと向かっていく。
「え?」
いつもの昼休み。
さすがに冬になった今、屋上でお昼を食べられないから、私たちは教室で机を合わせていた。
飲んでいたパックジュースを一口含み、飲み込んでから声を上げる。
「だからね、将臣くんの風邪も悪いみたいだし。さくらには悪いけど、クリスマスできなくなっちゃった」
ごめんね、と胸の前で両手を合わせ謝っている望美が視界に入る。
何となくだけど、想像できた言葉。
有川が学校に来なくなってから、もう数日たっている。
このままじゃ、クリスマスなんて雰囲気じゃない。
それに、望美の場合はあの美形集団とクリスマスになるのだろう。
それに呼ばれないのは、当然のことだ。
部外者が一人紛れ込んでも、その場の空気を壊すだけ。
だったら、呼ばれない方がいい。
それに、有川がいないのなら、私が一緒にクリスマスをする必要もない。
今年も家族と一緒のクリスマス。
「そういうことなら、仕方ないよね」
肩を竦めながら、答えれば、明らかに望美がホッとしたのがわかった。
ねぇ、望美。
私が邪魔だったら邪魔って、はっきり言ってくれればいいんだよ?
クリスマスだって、最初から誘わなければ、こんなことにはならなかったんだし。
あぁ、けれど。
みんながいてもいいから、一度くらいは有川と一緒にクリスマスを過ごしてみたかったな。
多分、これで有川とクリスマスを迎える機会なんか、二度と無いんだろう。
クラスが変われば友人も変わる。
それは必然的に、接点も無くなるということ。
まぁ、ちょうど良い機会かな。
このまま有川が今学期こなければ、来学期までは顔を合わせない。
それまでに、気持ちの整理を付けるには、いい機会。
忘れよう、彼のことを。
そして、新学期が始まったら、今まで通り友人として、彼に会おう。
私は一つの決意を胸に抱いた。
それから、やっぱり有川は終業式まで学校に現れなかった。
クラスの友人も、こんなに長期間休んでいる有川を、多少なりとも心配しているらしい。
冬休み中に有志を募ってお見舞いに、とか意気込んでた。
けど、望美が迷惑になるから止めておけと、鶴の一声。
それにすごすごと引き下がる男子連中。
……情けない。
私ですら、有川のお見舞いには行かせてもらえない。
まぁ、私の場合は望美ではなく、有川弟に「移ったら大変ですから」とやんわりと断られるのだけれど。
友人としてなら、お見舞いに行っても不自然じゃないでしょう?
そのお見舞いで、気持ちにケリを付けるつもりだったけど、会えないんじゃ仕方ないよね。
さようなら、有川を好きだった私。
クリスマスは、街中のどこも綺麗にライトアップされている。
どこを見てもカップルばかり。
一人で歩いているのは、とてつもなく不毛だ。
一緒に過ごす相手もいないんだから、仕方ないんだけど。
頼まれた買い物を済ませ、家に帰ろうとした私の目の前に、不意に入ってきたのは小さな教会。
「こんなところに教会なんてあったんだ……」
クリスマスなんてただのイベント。
キリストの生誕を祝ったことなんて、ただの一度もない。
でも、今年くらいは。
気まぐれだけど、キリストを祝ってあげてもいいかな。
扉を開けて中に入れば、既にミサは終わっているのか、誰の姿もない。
キリスト像の前に立ち、そっと手を組んで目を閉じる。
幼い頃は、サンタクロースにお願いをすれば、その願いが叶う物だと思っていた。
今はサンタクロースなど、ただの想像の産物だって知ってる。
けど……
「有川、に会いたいな……」
思わず口から出た言葉に、自分で驚いた。
休みに入ってからというもの、有川を忘れようとして、彼のことを考えないようにしてたのに。
よりによって、どうして今日その名前が出てくるのか。
相当重傷なのかもしれない。
思わず、自分で自分に笑ってしまった。
「お前……有川を知っているのか……?」
突然聞こえてきた声に、慌てて後ろを振り返る。
教会には、私一人しかいなかったはず。
もしかして、後から来た人だろうか……?
「兄上、見ず知らずの女性に、突然言っては失礼ですよ」
「フン……知らんな」
「全く、兄上という人はこれだから……。申し訳ありません、お嬢さん。驚かせてしまいましたね」
目の前の煌びやかな人に、思わず声が出なかった。
双子だろうか?
銀髪で、ワインレッドとブルーのスーツを身に纏っている。
でも、問題はそんなところじゃない。
「有川の、知り合いですか──?」
ねぇ、有川も望美も、私の知らない何を隠しているの。
伍、嫌いになる努力も無駄
2007/10/13