星屑星明かり | ナノ
星屑星明かり
いつものように望美と有川の家の前で待ち合わせ。
学校へ行くには、彼等の家の前を通って行っても、別な道を使ってもあまり時間に代わりはない。
それを二人が知ってからは、毎日のように一緒に登校するようになった。
「さくらはクリスマス、何か予定ある?」
望美のそれはたまに、朝の挨拶ではない。
突然、何の脈絡もなく話題が振ってくるのには、もう慣れた。
テストが終われば、後はやってくる休みとクリスマスを待つばかり。
もちろん、返ってくるテストの点も心配ではあるけれど、どうせいつもとそれほど変わりはないだろう。
そうなると、どうやって休みを過ごすか。
いつものように家族でクリスマスを過ごして、課題をやって、家族で正月を迎える。
友達と一緒に初詣に行ったり、初売りに行って、残りは一人でゆっくりと。
そこまで考えて、私は考えるのを止めた。
何一つ代わり映えがない。
不毛だ。
せめてクリスマスくらいは好きな人と、って思わなくもないけど……。
チラリと、望美から少し遅れて出てきた有川を見た。
あくびをしながら眠そうな顔で私たちに近付いてくる。
その後決まって「おはよーさん」って言いながら、小さく笑う。
毎朝、その笑顔が楽しみだったりするのは、私だけの秘密。
今日は有川が眠そうだから、明日は望美か。
最近、何やらゲームを買ったらしく、二人して競い合うように頑張っているらしい。
三人で話すときは、私に遠慮してか共通の話題だけど、この二人が話しているのを聞いてみたら、そのゲームのことばかりだった。
どこまで進んだだの、アイテムがどうの、敵がどうの。
それだけを聞いている限りは、男女の甘い関係とは言えないけど。
でも、やっぱり親友以上に深い物を感じる。
それが幼馴染みという物だろうか。
どうしよう。
すでに、幼馴染みというポジションにすら、嫉妬を覚え始めてる。
忘れられたらどれだけ楽になるだろう。
この気持ちを無かったことに出来たら、どれだけ。
嫉妬の固まりになりそうな私を、誰か助けて。
もしかしたら、今のように三人で一緒にいることにも苦痛を覚えてしまうかもしれない。
それだけは、どうしても避けたいのに。
折角築いたこの関係。
むざむざと壊すには、少々勿体ない。
小さく溜息をつけば、不安そうな声で私を呼ぶ望美の声が聞こえる。
そういえば、クリスマスの話をしていたんだっけ。
「あのね、無理だったら別に構わないんだ。けど、よかったら一緒にクリスマスパーティーしないかなって」
「いいよ」
「え?」
慌てたように、弁解めいた言葉を続ける望美に、言葉少なに答える。
そうすれば、驚いたように望美が固まる。
これはちょっとだけ面白いかも。
小さく笑みを零せば、ようやく望美が我に返った。
「ホントにいいの?」
わざわざ確認するのは、私の言葉が信用できないからだろうか。
だとしたら、ちゃんと言葉で伝えないと。
「うん、いいよ。どうせ毎年家族でやってたし。邪魔じゃなかったら」
「邪魔なんて、そんなことないってば!」
ぱっと表情が明るくなる彼女。
こういうふとした表情が、人を惹き付けるんだろうか。
まぁ、幼馴染みならそれだけで、ってことはなさそうだけど。
一緒にいる時間が違うもんね。
誰もが知らない彼女のことを知っているに違いない。
そして、それら全てを含めて、好きなんだよね?
「将臣くん、さくらゲットしたよ〜!」
Vサインをしながら嬉々として報告する。
わざわざそんなことしなくても、近くにいるんだから、この会話は有川にだって聞こえてるのに。
あぁ、でも望美より遅く来たから、話の流れがわからないか。
「あ?マジか!」
……前言撤回。
望美の一言で有川は全てを理解したらしい。
幼馴染みっていうのは、そこまでわかるものなの?
「松浦ー。もし用事があるならはっきり言っとけよ。こいつ、たまに強引なときもあるから」
「ちょっと、将臣くんっ!」
そう言って、望美の髪の毛をかき回せば、望美が小さく睨み付ける。
けど、有川はそんなこと全然気にしていない。
これも、良くある風景。
確かに、有川の言うことも一理ある。
ごく稀に、だが、有無を言わせぬやり方で、彼女の用事に付き合わされることもあるのだ。
はっきり断ってしまえばいい物の、それが出来ない私は優柔不断。
クリスマスだって、本当なら断ることも出来た。
けどね、それをしなかったのは望美が言ったからじゃない。
本当は確信があったんだ。
有川も、そのクリスマスパーティーに参加するって。
何より、春日家と有川家は昔から、家族ぐるみでのお付き合いをしているらしい。
この辺は、有川弟からの情報。
律儀な弟は、聞けばある程度のことは答えてくれる。
目の前の二人より、よっぽどしっかりしていて、これで本当に年下なのだろうかと少し考えてしまうくらいだ。
だから、イベント関係も両家合同でやることが多いとか。
私が邪魔じゃなかったら、と言ったのはその辺の絡みもある。
だって、突然見ず知らずの人間が参加したら、空気が悪くなることもあるでしょ。
望美と、有川、そして弟はすでに知ってるから、見ず知らずなんかじゃないけど。
でも、彼女の反応を見る限り、そういうことはなさそうだ。
せっかくのクリスマス。
好きな人と二人きり、というわけにはいかないけれど。
それでも、一緒に過ごせるという事実に、私の心は舞い上がった。
毎年、代わり映えのしなかったクリスマス。
けど今年はそんなことない。
多分、今までで一番楽しい物になるだろう。
もちろん、クリスマス自体も。
学校に着いてからも、話題はクリスマスのことばかり。
さすがに授業中は無理だけど、休み時間になれば彼女はクリスマスのことを口にする。
それだけ、望美もクリスマスを楽しみにしているんだろう。
そして、有川も。
望美みたいにあからさまに口にするわけじゃない。
でも、雰囲気でわかる。
だって、望美を見る有川の目が、
すごく、
優しい。
その目を見るたびに、私の心が悲鳴を上げる。
有川のそんな顔、知らない。
見たくない──と。
それにつられて叫び出したい衝動にかられるけど、制服の胸元をきつく掴むことでそれを抑える。
すこしだけ堪えれば、いつもの有川が見られるから。
そう、もう少しの我慢。
冬休みに入って、クリスマスまでの日々を過ごせば、有川への思いも少しは変わっているかもしれないから。
「そういや、次の時間移動教室か?」
「そういえば私、先生に教材運ぶように言われてたんだ」
有川の言葉に、ハッとして立ち上がる。
二人に先に行くように告げて、私は職員室へと急いだ。
それが、私が最後に有川を見た姿だった。
教材を運んで、教室を移動した私の目には二人の姿を見付けることは出来なくて。
誰に聞いても二人が教室を出た後は知らないと答えた。
結果、その後の授業にも二人が出席することはなかった。
そして、有川は、次の日から学校に来なくなった。
肆、これが最後
2007/10/06