星屑星明かり | ナノ
星屑星明かり
自分のことには全然鈍い。
けど、こと相手のことに関したら、驚くくらい鋭い。
そういうのって、結構一般的だと思う。
もちろん、私の身近にもその典型的な例がいる。
有川将臣。
兄貴風を吹かせる彼は、そのおおざっぱな性格とは裏腹に、些細なことにはすごく敏感。
具合が悪かったり、少しでも体調が悪いと、本人が気付くよりも先に察してくれる。
けど、自分に向けられる好意には全然気付かない。
違うか。
彼の場合、面と向かって言われればそれに対応するけれど、何も言ってこないなら好意を向けられていないも同然と考えているのかもしれない。
そして、春日望美。
彼女の場合、有川よりももっと質が悪い。
まず、他人の恋愛事情には誰よりも首を突っ込みたがる。
けれど、自分の恋愛に関しては無関心も良いところ。
ねぇ、少なくとも、自分に好意を持たれてるんだって、気付いてる?
席替えから早数ヶ月。
自分でも思っていた以上に早く、隣席とその前に座る住人に慣れたことに驚いた。
普段なら、余程仲が良くない限り、必要最低限しか話さないはずなのに。
気付いたら、一緒に昼食まで取るようになっていたのだから。
昼休みは三人そろって屋上へ行く。
もちろん、私と望美はお弁当持参で。
けれど、有川だけは手ぶら。
お弁当を持っていないのなら、お昼は食べないんだろうか?
初めのうちは、首を傾げながら、前を歩く有川の背中を眺めていた。
広いその背中は、父親のそれとはまた違った感じ。
まだ大人になりきれていない、けれど、大切な人を守ることの出来る背中、だ。
彼に守られるのは、一体どんな女性なんだろうか。
少なくとも、自分だけは違うとわかる。
どちらかといえば、私は有川と対等な立場にいるんだと思う。
どうしてそう思うかって?
だって、有川が望美以外の女の子と親しげに話すのは、あまり見た記憶がない。
もちろん、私も席替えで彼の近くになるまで、あまり話したことはなかった。
せいぜい挨拶くらい。
けど、席替えで望美と話をするうちに、有川ともよく話をするようになっていた。
些細な会話の一つ一つに喜ぶ自分が浅ましい。
でも、仕方ないよね。
想いを伝えなくても、私が有川を好きなことに違いはないんだから。
そんな中、私と望美に対する有川の態度が微妙に違うことに気がついた。
何だかんだといって、有川はスキンシップが多いと思う。
頭を撫でたり、肩を叩いたり。
さすがに、抱きしめるってことだけはないけど。
でも、望美にはあまりそういうことはしないことに気がついた。
もちろん、必要最低限に触れたりはするけれど、自分のようにあからさまな物がない。
ねぇ、これは一体何を意味するの?
無意識のうちに理解してしまった行動の意味。
私はそれに気付かない振りをする。
そうすることで、普段通りの態度を維持しなければ、二人に気付かれてしまうから。
この淡い気持ちを。
屋上に出れば――やはり二人と一緒に行動することによって知り合った――後輩がいた。
「おっ、いたいた」
「譲くーん!」
目的の人を見つけ、一目散にその人の元へ。
有川譲。
一つ年下の、有川の弟。
兄弟だというのに、あまり似ていない。
それが、私の第一印象。
几帳面なのか、気配り上手なのか。
有川以上に相手には敏感。
けれど、やっぱり自分のことには鈍感だ。
そして、彼も春日望美に惚れている。
いっそ、ここまでわかりやすいのは珍しいと思う。
でも、そんな彼の気持ちに気付かない望美。
ある意味鈍感を通り越して、天然じゃないだろうか。
それとも、全部知ってて気付かない振りをしてるの?
だとしたら、なかなか侮れないけど。
それはないか。
「さくらー!早くおいでよ」
「うん、今行く」
望美に促され、いつの間にか止まっていた足を動かす。
秋も終わり、冬が近付いてきたこの時期。
なるべく風の当たらない場所に陣取って、四人で座る。
私と望美は持参したお弁当。
そして有川は、弟が持ってきたお弁当。
どうやら、有川家は弟が弁当を作っているらしく、有川は毎回昼食にならないとお弁当にありつけない。
いつだったか、腹が減ったと嘆いている彼に、持っていた菓子をあげたこともある。
「うわっ、譲くんのお弁当、今日も凄いね!」
「いえ、そんなことありませんよ……」
望美の言葉に、少し照れたように頭をかく後輩。
そんな姿に、青春だなぁ、と内心呟く。
まぁ、肝心の本人がそれに気付いていないという、哀れなおまけ付きだけど。
そんなとき、
私は望美を見るもう一つの視線に気がついた。
どうして気付いてしまったんだろう。
別に、こんなときに気付かなくても良いはずなのに。
もう少し暖かければ、屋上でお昼を取っている人もいるから、その人たちの誰かからだと勘違いしていただろう。
けれど、寒くなってきた今では、屋上でお昼を取る人も限られてくる。
悲しいことに、今日屋上にいるのは私たち四人だけ。
そして、望美は彼の弟と会話を続けている。
視線を送る人なんて、この場には一人しかいないじゃないか。
何となく。
何となくだけど、薄々とは感じていた。
私だって馬鹿じゃない。
いつも一緒に行動していれば、嫌でもその人のことが見えてくる物でしょう?
あぁ、でもなぜ今この瞬間なのだ。
せめて教室とかならよかった。
だって、四人しかいないこの空間で、二人が望美を見ているのなら、私はこの場にいらないじゃないか。
今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られる。
けれど、それは出来ない。
そんなことしたら、私の気持ちまで彼に知られてしまう。
それだけは避けなくては。
私の気持ちまで知られたら、この関係が崩れてしまう。
それでなくても、歪みが生まれているというのに。
自分のことには全然鈍い。
けど、こと相手のことに関したら、驚くくらい鋭い。
私も、人のことは言えないみたい。
でも、仕方ないよね。
好きな人の姿は、いつだって目で追ってしまうもの。
出来ることなら四六時中。
けど、そこまでやったらさすがにストーカーになってしまう。
だから、せめて同じ空間にいるときだけでも、彼の姿を瞳に焼き付けておきたい。
それが、仇になることもある。
私がそれを悟ったのは、今、この瞬間。
溢れんばかりのこの想い。
彼が誰を想っているかを知った今でも、その気持ちが変わることはない。
私は、どうしたらいいんだろう──。
参、誰を見ているのか知ってるよ
2007/09/29