星屑星明かり | ナノ





星屑星明かり






新学期を迎えた教室で、軽い自己紹介も兼ねた顔合わせ。

どうせクラスの半分も覚えるつもりはなかったから、私はぼんやりと教室を眺めていた。


「あ〜、俺は有川将臣。ま、適当に頼むわ」


けれど、耳に届いたその声は、私の意識を惹き付けるのに充分で。

気付いたら、いつの間にか彼を目で追うようになっていた。









キーンコーンカーンコーン


終業を告げる鐘の音。
それが聞こえてくると、教室の中に漂っていた緊張感が一気に掻き消えた。

後ろから回されてくる用紙を受け取り、自分のそれを重ねてから、前へとバケツリレーのように渡す。


「終わった〜」


それら一切の作業が終わると、カランとペンを放り投げて、私はぐったりと机に倒れ込んだ。
本日、只今の時間を持って恐怖のテストは全教科終了。
後は野となれ山となれ、だ。


「おら、いつまでも机と一体化してんなって」


パコンと何かで頭を叩かれて、叩かれた方を仰ぎ見る。
そこには丸めた教科書を片手に、腕組みしてる有川将臣の姿。


「ようやく終わったんだもん、少しは開放感に浸らせてくれても良いじゃない」


私は唇を尖らせながら渋々と机から離れ、しっかりと椅子に座り直した。

元々、有川と私の頭の出来には雲泥の差がある。


天才肌、とでもいうのかな。


どちらかというと、私は地道に努力しなきゃいけないけど、有川は一度聞いたら大抵何でもこなしてしまう。


ああ、神様。


どうして天は一物も二物も、与える人には与えるのでしょう。


どうせなら、全て平等にして欲しかったのに。


「なぁ、帰りにどっか寄り道してこうぜ」

「いいけど、有川のおごりだよね?」

「あ?俺かよ」

「誘ったのはそっちだもん、当然おごってくれるよね?」


ニッコリと、満面の笑みを顔中に張り付かせてみせる。
何だかんだ言って、有川が私の言葉を拒否することはない。
まぁ、それを知っているから私もどこか冗談めかして言ってみるんだけど。


「仕方ねぇなぁ。けど、あんまり高いのは無理だからな」

「やたっ!」


グッと小さくガッツポーズ。
そんな私の態度に、有川が小さく笑うのが雰囲気でわかる。

どうせ子供っぽいとか思ってるんだろうな。

些細なことで喜ぶ、小さい子供。

まぁ、有川には弟がいるから、面倒とか見るのは慣れてそうだよね。



大きな手は、触れてくるときはとても繊細に。

まるで、壊れ物を扱うかのように優しい。



けど、そんな態度は私の心を傷つけるのだと、彼は知らない。

知らなくて当然だ。

だって、私はその理由を彼に伝えていないんだから。
言ったら、絶対に有川は困るだろうね。
でも、それと同じくらいに、私も困るんだよ。
ようやく友人として認めてくれたのに、それを言うことで、この関係を崩したくない。


「何々、二人でどこか寄るの?」

「お、望美。そうだ、お前も来るか?」

「え、でも……いいの?」


そう言って、私の顔を覗き込んでくるのはクラスメートであり、有川の幼馴染みでもある、春日望美。
同性の私から言っても、結構可愛いと思う。

実際、クラス以外の男子からも人気があるみたいだけど。

こうやって、私や有川とよく一緒にいるから、中々声を掛ける勇敢な人はいないらしい。


高嶺の花。


そんな形容がよく似合う。
そして彼女の隣には、ナイトのような幼馴染み。
私はさしずめ侍従かな?


「今更でしょ?それに、有川がおごってくれるらしいから、望美もおごられちゃえ!」

「えっ、将臣くん。本当?」

「あ〜、もう勝手にしろよ」


私の言葉に、望美の顔がパッと明るくなる。
そうなると、有川は諦めたように両手を上に上げた。


一般的な降参のポーズ。


私一人だけだとそのポーズは滅多に見ることは出来ない。
けど、望美が一緒にいると、有川はよくそのポーズをする。

それがどういう意味を持ってるか、わからないほど私は鈍感じゃない。


「お前ら、テストが終わって浮かれるのはいいけど、席に着け〜」


教室に入ってきた担任の声に、ガタガタと席に着くクラスメートたち。
有川と望美も「後で」と言葉を残して席へと戻っていった。


二人がいなくなって、ようやく一人になった私が零したのは、小さな溜息。


どうしてだろうね。

一緒にいるときは気にならないのに、一人になるとどっと疲れが押し寄せてくるのは。


「相変わらずだよね、あんたたち三人って」


私の前に座る友人が、後ろを振り返って呆れたように声を出した。
それに曖昧な笑みで応えるのも、今じゃ恒例になっている。


「いっつも気付くと三人でいるけど、アンタは好きな人いないわけ?」


突然の質問に、私の目が丸くなる。



好きな人。



いないわけ、ない。
いや、むしろいるからこそ、困っているのだけれど。
そう悟られていないのなら、私も中々に演技派なのかな。


「ん〜、どうかな」

「またそうやってはぐらかすんだから」


少しだけ考える振りをしてみせる。
そうすれば、いつもと同じやりとりが繰り返されるのを、私は知っている。


「じゃ、気をつけて帰れよ〜」


気付けばホームルームが終わっていたらしい。
ガタガタと席を立つ音が周囲から聞こえてくる。


けれど、私はその場から動かない。


どうせ二人が迎えに来るから。
帰り道が同じ私たちは、よく途中まで一緒に帰る。
有川と望美は家が隣同士。
そして後から知ったのだが、私の家は、その二人の家を通り過ぎた場所に位置してる。
だから、朝と帰りは自然と一緒に登下校するようになった。





それが嬉しくもあり、





悲しくもあった。





途中、有川のおごりでお茶をしてから、たわいもない会話をして帰路につく。
ずっと話ながら歩いていれば、二人と別れるのは思っている以上に早い。


「じゃ、また明日ね」

「松浦、気をつけて帰れよ」

「大丈夫だっていつも言ってるでしょ」


毎日同じ台詞。
決められた言葉を言って、二人と別れる。


一人になった途端、やってくるのはわずかな喪失感。


二人は知らない。
二人と別れた私が、毎日どんな思いで家に帰るか。



どれほど醜い感情を持て余しているのか。



けれど、これは言えない。
言ってはいけない言葉。
だって、言ったらあなたは困るでしょう?















「将臣が、好き、だよ」















それを言葉にした途端、強風が私の言葉ごと宙に攫っていく。

風に乗って、気持ちが届いたなら、どれだけ素敵だろう。

けれど、そうあってはならない。















私の想い人は、私の胸の中だけに。









壱、紹介できない想い人
2007/08/27




 
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