紫陽花が抱く月下美人 | ナノ
非情と人情
 









優しさだけでは生きられないよ










「あれ?今回は那由多さんも行くんですか?」
「ええ、そうよ」


行宮へ向けて進んでいれば、いつもはいないはずの那由多に気付いた望美が首を傾げた。
怨霊と戦うとなると、穢れを受ける可能性もあるからと、彼女は本陣で待機だったはずだ。
それなのに、今回は自分たちと一緒に同行している。



これは一体どういうことだろうか?



今までに彼女が行宮へ付いてきたことはない。
やはり、立石山で那由多が言ったとおり、運命は変わっているのだろうか。


「ねぇ、望美さん」


一人、頭を悩ませている望美に、那由多が構わず話を続ける。


「これから先は、発言に気をつけた方がいいと思うわ」
「……え?何か言いました?」


どうやら、考え事に夢中で自分の言葉は彼女に届かなかったらしい。
そのことに少しだけ溜息をつきながら、もう一度同じことを言おうと口を開いた。
その瞬間。


「那由多、ちょっといいかい?」


まるで見計らったかのようにヒノエに声を掛けられ、小さく舌打ちをする。
どうせならもう少し待ってくれても良かったのに。
そう胸中で零しながら、ヒノエの側まで移動する。


「ヒノエ、どうしたの?」


こんな時に自分を呼ぶのだから、それなりの用なのだろう。
まぁ、彼の場合は、自分を心配する延長の可能性もあるから、無闇に信用できないが。


「お前に貸した烏から、文が届いたんだ。安心しな、中は読んでないから」


そう言って手渡された文は、確かにヒノエに読まれた形跡はなかった。
その事に安堵する。
烏がヒノエに文を持ってきたのは、那由多に直接届けた場合、勘ぐる人間がいるからだろう。
そうでなくても秘密裏に動いてもらっているのだ。
ここまで来て弁慶に知られてしまっては、洒落にならない。


「ありがとう」
「読まないのかい?急ぎの用かもしれないけど」


礼を言うなり文を懐にしまった那由多に、ヒノエが問う。
それに薄く笑みを浮かべると、小さく首を横に振る。


「大丈夫、内容は多分知っているから」


恐らく、自分が想像したことが書いてあるのだろう。
確信なんて何一つないが、それだけは断言できる。
それに、これが必要になってくるのは今じゃない。
もう少ししてからだ。


「なら、いいんだけどね。もうすぐ総門につく。平家の砦だから、那由多は後ろに下がっていた方がいいぜ」


どこか訝しそうにしながらも、ヒノエはそれ以上追求してこなかった。
それよりも、目の前に迫ってきた平家の砦に注意をやる。
那由多は言われたとおり、隊の後ろの方に移動した。





源氏が総門に辿り着けば、それを知った平家が応戦に出てくる。
けれど、想像していた以上にその数が少ない。
多勢に無勢、とまでは行かないが、源氏は苦労することなく、総門を突破することに成功した。


「何か引っかかるな」


戦奉行である景時が、あまりの守りの薄さに違和感を覚えたらしい。
それもそうだろう。
総門を崩されたら、残るは行宮のみ。
事実上、総門が最後の砦となるのだ。


「この地は、平忠度殿が管理されていたはず……」


敦盛の口から出てきたのは、自分も知っている人の名。
あの人がこの地を守っているのだとしたら、必ずどこかにいるはずだ。
それなのに、姿を現さないどころか、この地にいないというのはどういうことだろう。


(もしかしたら、既に根回ししていた?)


平家に寝返るために、彼は平家と通じていたはずだ。
自分も京で望美を追ったときに、彼が平家の間者と一緒にいたところを見ている。
こんなことにも頭が回らなかったことに、少しだけ自分が悔しくなった。



どこまで。

どこまで一人で全てを背負うつもりなのか。



これでは、何のための共犯者かわからない。
だが、ここで自分が勝手に動いて、彼の行動に支障が出てもいけない。
もう少しだけ堪えなけば。


「行宮への道が開けたんだ。ここで躊躇ってなどいられるか!」


九郎の言うこととも一理ある。
だが、ここまで守りが手薄なのも、気にかかる。


「……わかりました」


小さく頷いた弁慶に視線が集中する。
何かいい策でもあるのだろうか。


「本体はこのまま行宮を目指し、総門には後衛として、僕の部隊を残しましょう」
「部隊を割るのは避けたいが……」


弁慶の提案に、九郎はしばし考え込んだ。
それは部隊を割って、戦力が減るのを心配しているのか。
それとも、違うことか。
恐らく、彼は戦力の心配をしているに違いない。
怨霊が集まっているという話を聞いた以上、少しでも多くの兵力があったほうがいい。





例え、それが怨霊を浄化出来ないとしても。





けれど、やはり引っかかる。
弁慶が平家に寝返るとして、この総門の守りの薄さ。
そして、弁慶自身の部隊を置いていく。
それがどう繋がる?


あえて、総門の守りを薄くして、更に弁慶の部隊を残し、源氏の兵力を減らす。
行宮にどれだけの兵がいるかわからない以上、部隊を残していくのはそれなりの賭になる。
だが、後方から平家が攻めてきた場合、部隊が後衛にいれば、幾分楽になるのも事実。


(でも、後衛だけで防ぎきれない数の兵の場合は、最悪──全滅)


それを理解していて、あえて弁慶は残していくというのか。
自分の部隊を見殺しにする理由は、彼らのためか。
もし彼らが生きている場合、弁慶が裏切ったことを理由に、何らかの処分があるかもしれない。
それならばいっそ、と。


(弁慶なら考えられないことじゃない。目的のためなら、何だってする)


そんなことを思いながら、チラリと九郎を見る。
九郎も九郎だ。
こんな簡単なこと、少し考えれば出てくるのに。
それほど目の前の勝利が大切か。


「進むぞっ!」


兵達に号令を掛け、先を促す。
この場に自分たちがいなくなれば、残るのは何も知らない弁慶の部隊の人たち。
注意を促したところで、弁慶じゃない自分の言葉では、その通りに動いてはくれないだろう。
けれど、散ると知っている命を、そのまま捨てておけるほど、自分は人が出来ていない。
だが、弁慶がいる場でそれを告げることはできない。
それは、彼の計画を邪魔することと同じになる。
告げるなら、弁慶が離れてから。
隊の後ろにつている今なら、弁慶と少しくらい離れても何も言われないだろう。
行宮目指して進んでいく本隊を見ながら、那由多は時を待つことにした。
だが──。


「……っ、みんな聞いて!」


進んでいたはずの望美が、わざわざ戻ってきて声を張り上げた。
彼女が何を言わんとしているのか察した那由多は、慌ててそれを止めようとしたが、動いたときには既に彼女の口は開かれていた。


「もし、総門に敵が攻めてきたら、無理して戦わないで逃げて!」


間に合わなかった。
その事に唇を噛む。
これでは、何のために発言に気をつけろと言ったのかわからない。


ただ、言ったそれも望美の耳には入っていなかったし、ヒノエによって中断されてしまったので、なかったと同じことになっているが。


未来を知っている彼女だ。
これから先、総門で何が起きるか知っていて当然。
そして、望美のことだ。
わけもなく、命が失われるのを黙って見ていることは出来ない。

一方、敵が攻めてきたら無理に戦わず逃げろ、と言われた兵士たちは呆気にとられている。
それもそうだろう。
兵士たちは戦うためにこの場にいるのだから。
無理せず逃げろ、とは敵に後ろを見せろということ。


「お願い、約束して」
「……わかり申した」


望美が必死だということがわかったのだろうか。
けれど、不承不承頷いたその表情からは、望美の願いも叶えられないのだろうと思った。
そんな望美を見ていたのは、那由多だけではなかった。

少し離れた場所に、やはりこちらも戻ってきたのだろう。
弁慶の姿を確認することが出来た。










鋭い瞳で望美を見つめる弁慶の表情は、いつも以上に冷たい。

その表情から察するに、疑い。










恐らく、自分の考えている事が望美に知られたとでも思っているのだろうか。
自分は望美の口から、未来を知っていると聞かされた。
けれど、弁慶は違う。



知っているのと知らないのでは、見方が間逆になってしまう。



そして、一度疑ってしまうと、中々それは抜けなくなる。
これから先、彼女が為そうとしていることが、弁慶に伝わりにくくなった。
望美が何を言っても、弁慶は始めから疑ってかかる。
それは、彼女の行動に障害をもたらすかもしれない。



「後ろは振り返るな!前だけを目指すんだ!!」



声高に言う九郎の声が、無性に腹立たしかった。










報われない犠牲










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中途半端に書いたせいでどこを直したものか……(爆)
2007/10/29


  
 

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