紫陽花が抱く月下美人 | ナノ
別れとそれから
 









えらびとったみらいすら あやまちなのだと  どうしてあなたは










どこで間違ってしまったのだろう。





誰もが、ただ幸せを願っていただけなのに。





ただ、それだけなのに──。










「嫌だっ……消えるのは嫌だ!」


悲痛な叫びは惟盛の物。
神子に敗北した怨霊の末路は、封印。
敦盛は封印を願っているようだが、目の前の惟盛はそれを酷く恐れている。
折角、生前と同じように──彼の場合、同じと言われても悩むが──肉体を得、現世に現れたのに。
再び訪れる死と同等の封印は、やはり怖いのだろうか。


「父上、助けてくださいっ!」


救いを求めている姿は、まるで幼子のようで。
それでも、惟盛を救う術を那由多は持っていなかった。





望美が無事、惟盛を封印すると、本堂には静寂が訪れた。
怪異を起こしていた原因をなくしたというのに、どこか後味が悪い気がする。
それは、自分が惟盛と知り合いのせいだろうか。
それとも、父である重盛に救いを求める姿が、あまりにも悲痛そうだったせいか。



けれど、重盛が姿を現すことはなかった。



そういえば重盛が蘇ったという話は、聞いたことがない。
いや、蘇ったといわれているが、それが将臣のことだというのは知っている。
けれど、今の将臣が重盛と呼ばれるのは年齢を考えると、少々無理がある。
だとしたら、誰が将臣を重盛と呼んでいるのか。
そんなの、考えるまでもない。



恐らく清盛本人だろう。



そうでなければ、誰も彼を還内府とは言わない。
清盛が将臣をそう呼んでいるから、いつの間にか彼は背負わなくていいものまで背負うはめになったのだ。
それにしても、自分の息子を間違えるなど清盛らしくない。
そこまで清盛も変わったというのだろうか。

わからない。

清盛が蘇ってから、自分は一度も彼と会っていない。
だから、噂でしか知ることができない。
やはり自分の目で見て、確かめないと──。


「…………終わった、な」


ようやく吐き出されたのは誰の声だろうか。
酷く憔悴したような声は、どこか物悲しい。
誰が、と聞く必要はなかった。
源氏方が、敵である平家にこんな声を出すはずがない。
となると、熊野関係か平家。


ヒノエは惟盛のことをよく知らない。
弁慶は既に熊野と言うよりは、源氏方だ。
敦盛は、先程から口をしっかりと閉ざしてしまっている。
となると、残るは還内府──将臣か。
元々、惟盛を連れ戻そうとやって来たようだが、結果は見ての通り。
彼にとっては予定外だったのかも知れない。
いや、それとも許容範囲内だったか。


惟盛をよく知っているのは、平家にいた将臣だ。
将臣ならば、惟盛の行動を止めに来た場合、どのような態度に出るか予想は出来たはずだ。
そう思うと、この結末も、将臣が考えていた内の一つのように思える。


「……こうするしか、なかったんだ……これ以上、被害を出さないためには……」


彼に何と声を掛けようかと思案していれば、ぶつぶつと、自分を納得させるように呟く望美の姿が目に入った。
そうだった。
この結末を考えていたのではなく、彼女は知っていたのだ。
だとしたら、望美は将臣が還内府だということも知っているのだろうか?





知っていて、何も言わずにいる?





彼女の目的は、自分と弁慶を救うことだと言っていた。
ならば、それ以外のことはどうなのだろうか。
幼馴染みが敵の大将として目の前にいるのに、それを知っていながら何も言わないなんて。
もし戦場で、お互いが思いもかけない再会をしたら、一体どうするつもりなのだろう。
だが、何も言わないということは、そんな事実はなかったということか。
だから尚更、何も言わない。


「何て顔してんだよ」


将臣にもそんな望美の姿が見えたのだろう。
ぎこちない笑みを浮かべながら、彼女の髪をそっと撫でてやる。


「実際お前は良くやったと思うぜ?だから、そんな顔すんな」
「将臣くん……」


何か言いたげな望美の表情。
けれど、ここで話すのなら、その内容は考えた方がいいだろう。
何せ、この場には源氏の軍師である弁慶がいるのだから。


「んじゃ、俺そろそろ行くな」


望美が何か言うよりも早く、将臣が言葉を紡ぐ。


「お前、またどこかに行くのか?」


将臣の言葉に声を上げたのは九郎。
その声には驚きと、寂しさが入り乱れている。
彼の立場上、あまり同行が出来ないのは仕方ない。
それにしても、九郎は随分と将臣を気に入っているらしい。
同じ青龍を司るせいか。
はたまた、その腕っ節の強さに惚れているのか。
どちらにせよ、お互いがお互いの立場を知ったときの顔を見てみたい。


「じゃあ」


いつの間にか彼らの話は終わっていたらしい。
将臣の別れの言葉を聞いて、那由多は思わず我に返った。
遠ざかる彼の後ろ姿が目に映る。
そして、子犬のように項垂れている九郎の姿も。
この様子では、将臣と再会の約束は取れなかったようだ。

九郎は将臣と再会の約束は付けていないが、自分はまだわからない。
このまま将臣と別れたままでいるか、再び再会するのか。

敦盛はどうしているだろうかと、首を回して彼の姿を探す。
程なくして見付けた彼は、胸元で握り拳をつくりきつく目を閉じていた。
やはり、惟盛のことは、敦盛にとっても考える所があったのだろう。
例え一門を抜けたと宣言していても、その身体に流れる血は、間違いなく平家の物だ。
それ以外の何物でもない。
静まり返っている空気が妙にぎこちない。
将臣が……八葉が一人いなくなるだけで、こうも空気が変わる物なのだろうか。


「……それにしても、惟盛殿の美学には付き合いきれないわ」


思い出しながらしみじみと呟けば、それを聞いた誰かが吹き出すのを耳にした。
確かに、惟盛は昔から花や蝶のような美しい物が好きだった。
それだけなら、那由多も惟盛と話をしていただろう。
だが、そうしなかった理由はただ一つ。





惟盛の言う美学が、那由多にはさっぱり理解できなかったのだ。





先程の怨霊だってそうだ。
彼はあの怨霊を「可愛い」と言っていた。
あの、大鼠の怨霊を。
どこか人とは違った感覚の持ち主、と言っても過言ではないだろう。
それゆえ、那由多は自然と惟盛には近付かないようになっていった。


「確かに、あの怨霊を可愛いって言うくらいだからね」
「いや、でも惟盛にとっては本当に可愛いのかも知れないよ?」
「でも兄上、あれは怨霊だわ」
「そうですね。それに、あれは可愛いという段階を既に越えているじゃないですか」


ヒノエが肩を竦めながら那由多に同意すれば、次々と意見が出る。
やはり、惟盛の美学というのは、凡人には伝わらないようだ。
本堂から出れば、人気のない法住寺はしん、と静まり返っている。


「後白河院には、事の次第を僕が文で伝えておきましょう」
「あの人、自分のお膝元に呪詛が仕掛けられたこと知らなかったんだよね?そこら辺は意外と普通の人なんだな〜」
「景時、アレは好色爺ってんだよ」
「ヒノエ。そのようなことを言っては……」


集団で邸に戻りながら、今後のことやたわいもない話題を話していく。
邸にたどり着いて、夕餉を取りながらゆっくりしていれば、九郎と景時、そして弁慶宛てに早馬が来た。
それを見た瞬間、表情を強ばらせた三人に、那由多は小さく溜息をついた。



しばらくゆっくりしていられると思ったのに。



三人に、同時に早馬が来たということは、頼朝からの命令が届いたのだろう。
平家を攻める、と。
確か、薬草は全て補充し終わっていたはず、とここ数日の間に自分が煎じた物を思い出す。


「また戦になるんですね……」
「ああ」


先を知っているはずの望美の表情が、妙に硬い。
自分が知る限り、望美にこの先の運命を教えてもらってからは、こんな表情を見たことがない。
これから先に、一体何があるのだろうか?
もしや、彼女の変えたい運命は、この先にあるのか。
だから、こんなにも必死になっている?


「準備だけは、しっかりとしておいた方がいいな」


腰にはいた刀の柄に触れ、九郎が真っ直ぐに望美を見据える。
この目は、何一つ曲がったことをしたことがない目だ。
彼の目にあるのは、これからの平家との戦だけ。





どうしよう。

望美に聞いた方がいいのだろうか。

この先の運命を……。





そうすれば、望美の望む未来が手に入るだろう。
けれど、そうするには自分一人では意味がないと悟る。
本当に望美が求める未来にしたければ、自分だけではなく、弁慶の力も借りなくてはならない。
けれど、自分と望美は弁慶が平家に寝返るということを、知っている。
それを承知の上で計画を練ったとして、果たしてその通りにことが進むとは限らない。
これまで進んできた過去が、どう影響するか。
そう思うと、迂闊に望美から話を聞くのが憚られる。
いっそのこと、何も聞かずにいた方がいいのかも知れない。
先がわからないからこそ、未来は求めてしまうのだ。
始めから知っていたら、それはそれで面白くない。
結局、那由多は望美に何も聞くまいと口を閉ざした。


「那由多」


部屋に戻り、もう一度薬草を見ておこうとした那由多の背に、声がかかる。
この状況で、最も聞きたい、けれど、最も聞きたくない彼の声。
一度、動きを止め、小さく息をついてから弁慶を振り返る。


「私、今から薬草の確認をしようと思ったのだけれど……」
「すいません。けど、それは後回しにしてもらえませんか」


少しだけ申し訳なさそうな表情をした弁慶に、那由多は思わず顔をしかめた。
謝罪の言葉を告げておきながら、言外に「いいから自分の話を聞け」と言っているように聞こえる。
そもそも、自分が弁慶を優先で動いていることを知っているはずなのに、わざわざ言葉にする必要はあるのだろうか。


「一体、何をしたいのかしら?」


息と一緒に言葉も吐き出せば、足音を立てずに自分の横を通り過ぎる弁慶。
本当に、彼は何を言いたかったのだろうか。
思わず隣を通る弁慶に掴みかかろうかといった瞬間。















「これからについて、少し話しませんか」















その言葉は、那由多の動きを止めるのに充分だった。





これから。





恐らく、弁慶が計画していることと、自分がどんな補助をすればいいかだろう。
それが望美の望む物かはわからないが。


「あなたの部屋でいいの?」
「ええ。部屋で君を待ってますよ」


そう言って部屋を出て行った弁慶を見送りながら、那由多は少し時間をずらして彼の元へ向かった。
恐らく、自分たち二人でいても、薬師の話だろうと思ってくれるはずだ。
間違っても、それ以外だと知るのは望美だけだろう。










「弁慶、入るわよ?」
「どうぞ」










このとき二人の間で交わされた言葉をみんなが知るのは、もう少ししてからのこと。










全てを捨てたとしても失くせないものあるでしょう 結局は










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共通C六章終了
2007/10/25
2007/10/26 修正


  
 

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