紫陽花が抱く月下美人 | ナノ
生前と今の違い
 









いつでも確信出来る何か










翌日も、望美たちは朝から怪異の原因を突き止めるのだと、京の町へと繰り出していった。
またしても留守番という名目で残った那由多は、望美たちを送り出すと、自分の仕事道具を持って五条へと出掛けた。



弁慶が以前、その辺りで病人や怪我人を診ていたということは、本人の口から聞いている。
どうせ戦が始まるまではすることのない身。
できることなら、一人でも多くの人を助けてやりたい。
そう思い、那由多は時間が空くとよく五条まで脚を伸ばしていた。
弁慶とは既知の間柄、と知ると、彼が使っていた小屋を使えばいいと、以前彼に診てもらった人たちが言うので、そういうことなら、と自分も使わせて貰うことにする。
すると、どこから話が回ったのか、那由多に診てもらいたいという患者が、後を絶たなかった。



いや、那由多にというよりは、薬師に診てもらいたい、と言い換えた方がいいか。



そのあまりの人数に、那由多は思わず閉口したが、それでも患者を診るのだけは止めなかった。
夕刻になり、辺りが橙色に染まる頃。
何やら外の方が騒がしくなった。
一体何があったのか、と首を傾げていれば、どうやら大きな火の玉が法住寺に出たらしい。
怨霊が現れるこのご時世だ。
火の玉が出たとて、別段騒ぎ立てる必要はないだろう。





けれど、どうしてだか気になる。





まさか、望美たちが調べている怪異とは関係はないだろう。
だが、その怪異を調べているときにこの騒ぎだ。
何かしら、関係があるのかもしれない。
チラリと小屋の中へ視線を走らせれば、自分を待っている患者は後少し。
急いで残りの人たちを診れば、法住寺まで行くことも可能かもしれない。
そう考えると、那由多は小屋にいる人たちを急いで診ることにした。










患者を診終えた那由多が、法住寺のほうへと足を伸ばせば、未だ騒ぎは収まっていなかった。
半狂乱になった人や、建物の隅で怯えたようにしゃがみ込んでいる人たち。
果ては、法住寺から少しでも遠い場所へ避難しようと、子供の手を引いて逃げる親たち。
そんな人たちの波に逆行するように、那由多は法住寺を目指した。
多分、この騒ぎは望美たちの耳にも入っているはずだ。
もしかしたら、自分が向かう先に、彼らの姿があるかもしれない。
生憎、今日は武器である薙刀を所持していないが、いざとなったら彼らが何とかしてくれるだろう。
そんなことを思いながら、法住寺へと辿り着くと、既に避難したのだろうか。
そこに人の姿はない。
これで何もなかったら、無駄足を踏んだことになる。
ここまで来たのだ、何も調べずに帰らないという手はない。
那由多は人気のない法住寺を探索するかのように歩き始めた。





一方その頃。
怪異の原因を全て消した望美たちは、やはり火の玉の話を聞いて法住寺へと来ていた。
そこに、怪異を起こした張本人。



平惟盛がいるはずだと。



法住寺へ辿り着けば、本堂の中に彼の人の姿が見えた。
どうやら、平家一門の力を人間に思い知らせることが、彼の目的だったらしい。
だが、そんなことを許すわけにはいかない。


「惟盛、私たちは戦ってでもあなたを止めてみせる!」


剣を抜き、切っ先を惟盛へ向ける。
けれど、そんなことで怯むような相手じゃないことは、何度も繰り返し見てきた運命で知っている。
彼が、これからどんな怨霊を呼び出すのかも。


「行きなさい、怨霊・鉄鼠!」


惟盛が手を大きく振りかざせば、彼の後ろから現れる怨霊。
それは、その名の通り鼠の怨霊。
何度も繰り返し戦えば、敵の弱点も自ずと理解する。
金属性の敵に有効なのは、火属性。


「ヒノエくん、術で攻撃するよ!」
「お前のためなら喜んで、ってね」


ヒノエと何度か術で攻撃をしながら、他のメンバーは個人で敵に斬りつける。
鉄鼠と戦いながら、惟盛の姿を見れば、彼は高みの見物らしい。
少し離れたところから、自分たちの戦う様をただ見ている。
そんなとき、思いもかけない自分が望美の視界に入ってきた。


「嘘……何で、那由多さんがここに?」
「何だって?」
「望美さん、それは本当ですか?」


思わず呟けば、側にいた朱雀二人にそれを聞き咎められる。
あそこ、と小さく指を指せば、自分たちがいるのは反対側に、那由多の姿が見えた。
どうやら惟盛も那由多には気がついていないらしい。
このまま何もなければいいが、万が一ということもある。
用心するに、越したことはない。



けれど──。



「僕らが今動いては、彼に那由多のことが気付かれてしまう」


冷静に状況判断に努める弁慶が頼もしいと思ったのは、このときかもしれない。
けれど、弁慶と同様に、那由多も状況を理解すれば何かしら考えるだろう。
だが彼女は今日、薙刀を持っていない。
懐剣は持っているだろうが、それだけだ。
いくら何でも懐剣だけでは心許ない。


「僕たちは目の前の怨霊に専念しましょう。那由多のことは、それからです」
「っ……わかりました」


弁慶の言っていることはわかるから、望美は頷いた。
今は、離れている那由多よりも、目の前にいる鉄鼠を何とかしなくては。
話はそれからだ。





何やら物音が聞こえたような気がして本堂へ行けば、目の前で繰り広げられる戦闘。
怨霊の姿のせいで、肝心の戦っている人たちが見えないが、恐らくは自分の考えていたとおりなのだろう。
だとしたら、自分が彼らに出来ることは、足手まといにならないように離れたところで、自分の身を守ること。
怨霊に傷つけられて、自分が穢れを受けるのも困る。
熊野の二の舞は、この場ではごめんこうむりたかった。
いつから始まっていたのかわからない戦闘だが、どうやら怨霊には多大な手傷を負わせているらしい。
ならば、もう少しで決着が付くかもしれない。
終わったら、彼らの元へ行けばいいだろう。





それよりも、今自分が気になるのは、一つだけ。





チラリ、と視線をずらせば、この場には相応しくないほどの姿をした一人の男性。
彼に、見覚えがあるような気がするのは、間違いではないだろう。
その場に彼がいるということは、この騒ぎの原因を作ったのが彼ということになる。



どうするべきか。

躊躇いは一瞬。

決断は、刹那。



那由多は、惟盛の側へと歩み寄っていった。
近くに行けば行くほど、自分の知る惟盛の姿が蘇る。
最後に彼を見たのは、いつだったか。
生前の彼と変わらぬ姿。
敦盛と同じように、惟盛もまた、怨霊として蘇っていた事実に、少しだけ悲しくなった。


「怪異の原因はあなたですか。──惟盛殿」
「あなたは……」


那由多の声に、驚いたように惟盛が見つめてくる。
上から下まで、マジマジと見た後、惟盛は小さく鼻で笑った。


「誰かと思えば、我が一門との縁談を破談した人ではありませんか。全く、馬鹿なことを。あのまま知盛殿と婚儀を結んでいれば、今頃はあなたも立派に平家一門でしたのに」


吐き出される言葉に、生前の面影は一つもない。
そのことに、那由多は少し驚いた。
死して蘇った人というのは、怨霊以外には敦盛しか知らない。
怨霊はあの通りだし、敦盛は普段の生活を送るだけなら、怨霊と言うよりは、ほぼ生前と変わらない。
目の前にいる人は一体誰なのだろう?
惟盛の顔をした、全くの別人だろうか。


「惟盛殿、こんなことをして何になるというのですか」
「ふふっ、知れたこと。我が一門の力を、あまねく人間に知らしめる、いい機会ですよ」
「……そこまで、あなたは変わってしまったの」


ヒノエが言っていたことではないが、自分の知っている生前の惟盛は、こんなことを言うような人ではなかった。
もっと優しく、たおやかだったはず。
一体何が彼を変えたのだろう。
蘇るということは、こうも人を変えてしまうのだろうか。


「那由多さん!」


名を呼ばれ、ハッと我に返る。
声のした方を振り返れば、怨霊を倒したのか、みんなの姿が見える。
ここからではよく見えないが、大きい怪我を負った人がいないようで、ホッとした。


「私の可愛い鉄鼠を……何と非道なことを……」


けれど、怨霊を失った惟盛は酷く消沈している。
呆然としている、と言っても過言ではないかもしれない。
それほどまでに、あの怨霊が大切だったのか。


「お前の負けだ、惟盛。怨霊も封じられたんだ、いい加減諦めろ」


将臣が一歩前に出る。
ここでようやく、彼が何のために京へ来たのかを理解した。



惟盛を止めるため。

そして、連れて帰るため。



平家の血が流れていないといえど、今では彼も立派な平家の一人。
同じ一門として、彼の行動を止めに来たのか。


「那由多、コッチ」


いつの間にか自分の側まで来ていたヒノエによって、那由多は惟盛の近くから引き離された。
みんなの元へ辿り着けば、真っ先に目に入ったのは敦盛。
彼も、平家一門。
八葉という立場がなかったら、今頃敵対していたかもしれないのだ。


「敦盛……惟盛殿は」
「あの方は、生前とはすっかり変わられてしまった……」


自らの身を抱きしめるようにして、敦盛が将臣と惟盛を視界に入れる。
敦盛までこう言うのだ。
死より蘇るということは、理に反している。
その代償が、これなのか。

少し離れた場所では、将臣と惟盛がまだ話している。
このまま惟盛が引いてくれれば良し。
そうでない場合は……。
そこまで考えて、那由多は望美を見た。
未来を見てきた彼女なら、この先がどうなるかも、知っているはず。
怨霊と戦った後でも、望美はその手に抜き身の剣を持っている。
普段と身に纏う空気が違う。
ピリピリとした、張り詰めた空気。
それが何を意味するのか、わからないほど愚かではない。


「那由多さんは、離れていてくださいね」


そう言って、カチャリと望美が剣を持ち直す。


「惟盛っ!」
「死になさい!」


惟盛の名を呼んで、望美が地を蹴ったのと、惟盛が将臣に襲いかかったのは、同時だった。










人間というものは随分と勝手や都合のいいように造られている生き物なのだろうね










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手抜き街道まっしぐら(爆)
2007/10/24


  
 

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