紫陽花が抱く月下美人 | ナノ
深夜の会話と甘くない誘い
 









それを恋だと定義する










一度覚めてしまった目は、もう一度寝ようと思うには少々はっきりしすぎてしまった。
那由多は仕方なく、寝具から抜け出した。
夜着の上に一枚羽織り、部屋を出る。
さすがに秋にもなると、夜は冷える。
廊下で立ち止まり、自分で自分を抱くようにするけれど、それよりも寒いのは自分の心だろうか。



「弁慶の、馬鹿」



出てくる言葉は陳腐な台詞。
一体、自分は何を期待していたというのか。





弁慶からの口付け?


それとも、それ以外のことを?





期待するだけ無駄だというのは、共犯者となることを決めたときから理解していたはずなのに。
頭では理解していても、心はそうでないというのか。
彼を求めて仕方がないのも。
それゆえ、何もされなかったことに、落胆しているとでも。
自分の着物に残っている彼の残り香。
自らを抱きしめることで、弁慶に抱かれているような気になるなんて、随分と心は疲れているのだろう。





お互い、離れていた時間が長すぎて。



こんなにも近い距離、手を伸ばせば届く距離にいるのは久し振り。



初陣で疲れたわけじゃない。



知盛と再会したから、気を張ったわけじゃない。




















全ては、弁慶の側にいたせい。




















離れていた間と同じように。

昔と同じように。

心に蓋をしておかなければ。



ただ近くに在るだけで、こんなにも心が揺れるだなんて、今更。
今更なのだ。
彼が今、何を見ているかなんて、少し考えればわかること。
自分を呼んだ意味。
それが、全ての理由に繋がる。
そうでなければ、わざわざ自分を源氏まで呼んだりしない。


「それ以外にも、もう一つ理由はある、か」


弁慶が自分を源氏に呼んだ理由。
薬師以外に理由があるのなら、もう一つ。
自分にも、軍師の真似事をさせるつもりか。

兵法は弁慶の持っていた書物を読んだ程度。
けれど、自分と弁慶の考え方は恐ろしく似ているのだという。
だが、戦は男の仕事だと考える者がほとんどだ。
総大将も、その中の一人。
薬師でなければ、戦などについて行くことすら許さないだろう。


弁慶は、使える者は何でも使う。
ヒノエは、使えるとわかれば協力、もしくは相手がそうなるような流れに乗せる。


二人のように、機転が利く者は少ない。


「知盛殿は、自分の欲望に忠実だわ」


言って、自分で笑ってしまう。
あれは相手が男であろうと女であろうと構わない。
自分のためだけに、その手腕を振るう。
そのせいで、どれだけ自分が苦労したことか。



遠い記憶は、忘れてしまうにはまだ新しい。



忘れていた彼のことを思い出したのは、戦場でまみえたせいか。
それとも、将臣と再会したせいか。
どちらにせよ、知盛とはいずれ会うだろう。





戦場となるか、平家の陣地となるかはわからないが。





そのときに、将臣とも会うのだろうか。
何も事情を知らない彼には、このまま黙っていた方がいいだろう。
というよりも、無駄に話したとして何の利益にもならない。
将臣に協力を求めるつもりは、露程もないのだ。
話す必要はない。
もし話すことがあるとすれば、自分たちが失敗したときか。


知らないままでいた方が幸せだとは、誰が言ったことだったか。


でも、知らないと言うには全てが遅すぎる。
自分はすでに、引き返せないところまで来てしまっている。
誰にも、自分たちを止めることは出来ない。
させない。


「弁慶は、死なせない」


彼が死にたがっているのは知っている。
犯した罪もさることながら、それ以外に、自分の生まれについても。



けれど、自分は彼を失いたくない。

失わせない。



弁慶がなんと言おうと、自分は彼と共に在りたい。
だから、わざわざ共犯者という名乗りを上げた。
そうすれば、誰よりも彼の近くにいられると思ったから。
だが、実際はどうだろう。
自分は熊野、弁慶は京。
顔を合わせないどころか、お互いが遠い。
文を交わすわけでもなければ、弁慶がたまに熊野へ来ても、仕事のせいですれ違い。
これでは、共犯者となる前と、何一つ変わらないではないか。
弁慶の目には、自分はただの姪としか映っていないのだ。
そう思ったときの、酷い絶望感。
けれど、それを表に出してはヒノエが心配する。
自分のことに関して、ヒノエはかなり敏感だ。
些細な変化ですら、彼には隠しておけない。
それが、血の繋がりだとでもいうかのように。

幼かった弟も、今では立派な別当だ。

弁慶に反発するのは、それだけ彼が弁慶を認めているから──本人に言ったら否定されるだろうが──。
そして、自分と弁慶の関係を認めていないから。


ヒノエに話していない、自分たちの関係。


それを話したら、彼は怒るだろうか。
それとも、呆れるだろうか。
どちらにせよ、喜ばれないことだけは理解している。
だから尚更、話せない。


「誰もが理解出来るなんて思っていない。理解なんて、されなくていい」


自分だけが知っていれば充分だ。

小さく呟いて、大きく息をつく。
どれくらいその場でそうしていたのだろうか。
空にある星の位置が、部屋を出たときよりも変わっている。
そう認識した途端、寒さを感じて身を震わせた。
ここで風邪を引いたら、医者の不養生と言われるだろう。
熱いお茶でも飲もうと、那由多は炊事場へと足を向けた。
その途中、庭に出ている人影が見えた。
どうやら人影は二つ。
話しているのはたわいもないことらしく、時折笑い声が混じる。
一体誰だろうと、庭へ降りれば声が近くなる。
月明かりにその顔が照らされると、那由多はようやくその人物が誰であるかわかった。


「敦盛に将臣殿」


名を呼べば、二人の視線が自分へと向けられる。
二人とも夜着を着ていないところを見ると、まだ寝るつもりはないのだろうか。


「あ?まだ起きてたのか?」
「那由多殿、夜は冷える。あまり薄着で外に出ては……」


二人の間逆な言葉に、ついつい笑みが浮かぶのを止められない。
どうして二人で、とは聞く必要はない。
敦盛も、一門を抜けたとはいえ、平家の一人であることに変わりないのだ。
おそらく、話していたのは平家の内情だろう。


「そういや、まともに挨拶してねぇよな。久し振り。こんなところで会うとは思わなかったぜ」
「えぇ、久し振り。それは私の言葉のようにも思えるのだけど?あなたも八葉だなんて、私知らなかったもの」
「将臣殿は、あまり一緒にいらないから」


将臣不在の理由を、敦盛が言葉を濁しながら説明する。
そういえば、敦盛には自分が将臣の素性を知っていると、教えていなかったか。


「大丈夫よ。私は知ってるから」
「そうか。それでもあなたは、何も言われないのだな」
「それに関しては、私が口を出すことじゃないもの。ね、将臣殿」
「あ?何のことだ」


急に話を振られ、返答に困った将臣は自分の頭を掻いた。
その姿は、自分が初めて彼に会ったときと変わらない。


「ねぇ、少し出掛けない?」
「はぁ?今からか?」
「そう、今から」
「最近は物騒だから、こんな夜更けに出歩かない方がいいと思うのだが」
「あら、大丈夫よ。いざとなったら二人が助けてくれるでしょう?」


那由多の提案に、二人の顔が呆気にとられる。
どうやら本気で言っているらしいことは、彼女の表情でわかった。
しかし、出掛けるといっても一体どこへ行くつもりなのか。


「少し、手合わせしようか」


囁くように呟かれた言葉は、風に乗って二人の耳に届いた。
その言葉に、小さく反応したのは将臣。
敦盛は訝しげに顔をしかめている。


「そういや、知盛が生田で女に会ったって言ってたけど……」


何かを探るように那由多を見る将臣の視線が、先程の物より鋭くなる。
確かに、生田で彼と会った。
けれど知盛が会ったのは自分一人じゃない。
望美と朔も、その場にいたのだ。
だが、その事は伏せておく。
幼馴染みが戦場に、しかも敵方としていただなんて、彼には教えられない。


「私は薬師ですもの。怪我人がいれば、そこへ行くでしょう?」


曖昧に誤魔化してみるが、将臣にはわかったはずだ。
自分が知盛と再会していることが。
それに、昼間知盛との関係を話している。


「でも、そうね。知盛殿と会って、久し振りに血が騒いだ、とでも言うのかしら」


懐かしげに目を閉じ、過去を思う。
幾度となく、知盛とも手合わせをしたことがある。
もちろん、彼に勝つことなど一度もなかったが。


「あなたに剣を教えたのは、知盛殿なんでしょう?」
「まぁな」
「久し振りに、知盛殿の剣筋と、合わせてみたい気分なのよ」


それに、将臣と手合わせすれば、彼の今の力量も知ることが出来る。
言葉にはしなかったが、内心呟く。
だが、純粋に手合わせをしたいというのが本音だ。
もしここに、第三者がいれば「昼間やればいいだろう」と言われただろう。


けれど、今がいいのだ。


それに、昼間は色々と人目がある。
自分の武器が薙刀であることは、すでに周知の事実だ。
けれど、知盛と手合わせをしていたときは、薙刀を使ったことはなかった。
己の持つ懐剣か、刀。
そういえば、彼からもらった刀はどこへ仕舞ったんだったか。
使う機会はないだろうと、ヒノエと弁慶に見付からないうちに隠したような気もする。


「……仕方ねぇな。んで、どこに行くんだ?」


降参とでも言うように、将臣が両手を天へ向けながら肩を竦めた。
それに、敦盛が小さく声を上げたが、将臣はどこ吹く風で取り合わない。


「神泉苑にしましょう。あそこならちょうど良いわ」


二人に、着替えてくるから少し待つように告げると、那由多は急いで支度するために部屋へと戻っていった。





「……将臣殿。本当に、いいのだろうか」
「本人がやりたいってんだ。やらせてやりゃいいじゃねぇか」
「だが……」


尚も何か言いたげな敦盛を、将臣が宥める。


「女心は、男にはわかんねぇもんなんだよ」


知盛と那由多。
許嫁だとは知っていたが、知盛が何も言わないせいで、那由多に事実を教えられるまでそうだとばかり思っていた。
何か理由合っての破談なのだろうが、少なくとも、知盛がそれを納得しているようには将臣には思えなかった。
何より、知盛から生田での話を聞いたときの彼の顔。










戦場で嬉々として刀を振るうときの顔というよりも、彼にしては珍しく、目元が愛しい物を見るように柔らかかったのだ。










飢えていたのは だれ










+++++++++++++++

進まない……orz
もしかしてドロ沼行きか?(汗)
2007/10/18


  
 

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