紫陽花が抱く月下美人 | ナノ
過ぎた運命と未だ見えぬ運命
 









疑うことを知らないようなその声を聞くたびに










那由多と望美の元に、弁慶とヒノエがやって来たのは間もなく勝浦へ着くかというところだった。
お互い、言いたいことを言い合ってすっきりしたのか、船に乗ったときよりもいい顔になっている。
勝浦へ着いたら自分たちを降ろして、ヒノエは後処理に回るのだろう。
となると、合流するのは明日。
そういえば、この騒ぎで忘れていたが、ヒノエは頭領として彼女たちと面会をするのだったか。
けれど、ヒノエが熊野別当であることは先程知れた。
その事から考えても、面会はなかった物にされるのだろう。
詳しくは、弁慶と望美の口から言われるはずだ。
ただ、問題があるとすれば一つ。





望美が素直にヒノエを認めるか否か。





結果的に、彼女どころか仲間を欺いていたことには変わりない。
そんな人物を、これからも信用していいのかどうか。
自分なら疑うだろう。
まぁ、身内にそういう人物がいることで、あまり人は信用する物ではないと教え込まれているが。


「そろそろ勝浦に着く。今日はいろいろあって疲れてるだろうから、戻ってゆっくり休みなよ」
「うん、そうだね。そうするよ。みんなにも話さなきゃいけないし」


ヒノエの言葉に、普段と変わらぬ様子で応える望美に、那由多はおや?と首を傾げた。
てっきりヒノエを詰るなりなんなりすると思っていたのに。
そういえば、ヒノエの正体を知っても驚いた様子がなかった。
それとも、自分たちが先に船を移ったときに、その事について話していたのだろうか。
後から聞いてみようと那由多はこっそり考えた。


「那由多も、ちゃんと休みなよ。まだ身体も本調子じゃないんだからさ」
「ありがとう」


自分の身体を案じてくれた彼に、素直に礼を言う。
穢れは望美によって祓われたとはいえ、腕の怪我まで治ったわけではない。
そして、先程のことで精神的にも疲労を感じている。
ここで自分が寝込んでしまっては、他のみんなに迷惑がかかる。


「彼女のことは僕に任せてください」
「アンタに任せるのが心配だから那由多に言ってるんだけど?」
「酷いですね。僕だって薬師ですよ?心配するようなことはないと思いますけど」
「はぁ?本気で言ってるわけ。だとしたら、相当自惚れてんだな」
「ちょっ、二人とも落ち着いて」
「いや、こういうヤツには一回ちゃんと言ってやらないとね」
「その言葉、そっくりそのままお返しした方が良さそうですね」


また始まった。
そう思いながら、那由多は縁にもたれかかった。
可哀想に、二人を止めに入った望美は二人に挟まれて居場所をなくしている。
だが、自分も巻き込まれては元も子もない。
どうせ気が済んだらどちらからともなく止めるのだ。
那由多は、青一面の海と空をただ眺めていた。





「それじゃ姫君たち、また後で。……弁慶」
「わかってますよ」


船が無事勝浦に着けば、そこでヒノエと一旦別れることになった。
降りる前に弁慶とヒノエが何やら目で会話をしていたが、どうせ自分のことだろう。
あえて聞く必要もない。
先に望美と二人、船から降りて弁慶がやってくるのを待つ。


「ねぇ、望美さん」
「何ですか?」


船を見上げたまま、隣の彼女へ声を掛ければ、自分の方へと顔を向けてくる。


「ヒノエが身分を隠していたこと、腹が立たないの?」


言うなり望美を見れば、そんなことを尋ねてくるとは思っていなかったのか、驚いた様子で那由多を見つめている。
一呼吸置いてから、那由多と船にいるであろうヒノエを見上げ、少し考えるように言葉を紡ぐ。


「もちろん、隠してたことには頭にきてますよ。でも、ヒノエくんにはそうしなければいけない理由があった」


言葉にしてから、自分も納得したように小さく頷く。
そうしてから、再び那由多を見る。
顔だけではなく、身体ごと那由多の方をむいたせいか、じゃりっと、足下の砂が音を出す。





「ヒノエくんは、この熊野が何よりも大事だから」





きっぱりと言い切る望美に、那由多は言うべき言葉が見付からなかった。
彼女は知っているのだ。
ヒノエが何を思い、動いているのか。
だからこそ、素性を隠していたことも、彼女は必要なことだとして受け止めている。
湛快もヒノエも、懐は広い。
けれど、目の前の少女は、それ以上。





いうなれば、器が違う。





やはり、龍神に選ばれるだけはあるのだろう。
人の子でありながら、凡人とはどこか違う物を感じる。
いや、凡人と比べること自体失礼か。
けれど、同じ龍神に選ばれた朔とは、違う。





応龍が滅して白龍と黒龍が生じた。


白龍と黒龍は似て異なるもの。





それと同じ原理なのだろう。


(でも、ヒノエくんはそれと同じくらいに那由多さんを想ってる。そして、弁慶さんも)


望美はそう言おうとして口を開いたが、それは言葉にはならなかった。
どの運命でも、弁慶とヒノエがどれほど那由多を気に掛けていたかは知っていた。
けれど、今の運命ではそれ以上に。





彼女がヒノエの姉だから、という理由を除いてみても、彼ら二人の那由多へ対する態度や気持ちが違っている。





このまま、この運命では、二人が幸せになるかもしれない。
そう考えると、はやる気持ちを抑えられない。
だが、今のままでは確実に何かが足りないというのもわかっている。


(まだだ。まだ何か大切なことが隠されてる)


そう思わずにはいられない。
そうでもなければ、二人の那由多へ対する態度に理由がつかない。










特に、弁慶の。










これまでの運命を振り返ってみても、弁慶があからさまに那由多のことを気に掛けているとわかることはなかった。
ただ、日常の中の些細なやり取り。
それだけを見ていると、仲睦まじい、優しい空気が伝わってくることはあった。
戦になると、それすらも伝わってこなくなるが。

前線へ出る弁慶とは違い、那由多は怪我人が運ばれてくるまで本陣で待機だ。
だから、自分たちが戻ってくれば、自分と朔を優先に怪我の治療をしてくれるが、それが終わればまた怪我人の元へ。
明らかに疲労の色が見えても、弱音など一つも零さない。
そして、そんな那由多を弁慶も気に掛ける様子がなかった。


それがこの運命でどうなるか。


早く戦になって欲しいとは思わないが、二人の関係がどうなっているかは見てみたかった。
例えそれが、不謹慎だといわれても。


「さすが、白龍の神子様は言うことが違うわね」
「そんなことっ!」


不意に話しかけれられ、とっさに出た声の大きさに自分で驚いた。
慌てて口を押さえれば、くすくすと零れる那由多の笑い声。


「ごめんなさい」
「あら、別に謝らなくても良いのに」


恥ずかしさのあまりに謝れば、尚更その笑みを深くする。
それにつられるかのように、望美自身も笑い出した。


「お待たせしました。戻りましょうか」


だが、船から降りてきた弁慶によって、二人の笑いも止められる。
弁慶の外套を借りたままだった那由多がそれを返そうとすれば、弁慶によってやんわりとそれを止められる。
少し悩んだ後、那由多はそのまま素直に外套を借りることにしたらしい。


そんな、極僅かなやり取り。


それですら、この二人の間に流れる空気が甘い物だと理解できた。
少々いたたまれなくなった望美は、先に速玉へ行くと言ったのだが、二人から制止をかけられ渋々と一緒に戻った。





二人が攫われたという事実は、烏を通してヒノエと弁慶に。
そして、弁慶を通して速玉に残っているみんなへと伝わっていた。
無事に二人が戻ってきたことへ、安堵の声が上がったが、その中で九郎と譲だけが怒鳴り声を上げた。
もちろん、心配してのことだというのは目に見えてわかる。
だから、那由多と望美は素直に頭を下げることにした。
那由多に関しては、後ろに立っていた弁慶のおかげでそれ以上何も言われることがなかったが、望美の方はそうでもなかったらしい。


こってりとお説教なる物を聞かされ、半泣き状態でいる姿を朔が慰めていた。


弁慶と一緒に出たヒノエがこの場にいない、と先に気付いたのは景時だった。
それを説明するためには、予定していた別当との面会がなくなったことについても、説明をしなければならない。
その際、那由多がヒノエの姉だということは伏せておく。
那由多自身も進んでそのことを言う気はないようだったので、望美もそれは黙っていた。
全てを話終わることにはすっかり日も暮れ、みんなで夕餉をとって寝ることになった。



そして、別当との面会がなくなったため、翌日に京へと向けてたつことになった。










いつもの笑みを浮かべた弁慶が、説明の最中、この場にいないヒノエに対して愚痴をこぼしていたと知るのは、誰一人としていない。










故郷の海の色風の音花の匂い










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久し振りに短い、かも
2007/9/30


  
 

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