破天荒人生 | ナノ

 


寒い。



真っ先に感じたのは肌に突き刺さるような寒さだった。
それから背中に感じるゴツゴツとした感触。
自分がどこかに横になっているのだというのは何となく理解した──ただ、それがどこなのかは想像出来なかったけれど──

重い瞼を持ち上げれば、どんよりとした空が視界に入る。
いつの間に雨が止んだのだろう、と思うが地面には濡れた形跡がない。
それよりも手に触れたコンクリートとは違う感触。
何でこんな所に、と思いながら上半身を起こして小さく悲鳴を上げる。


「ちょっ……マジで有り得ねぇっ!」



何で。

どうしてこんなことに。



脳内をフル回転させて現状理解に務めてみるも、全くわからない。
制服を着ていたはずなのに、いつの間にか着物になっている。
不思議ではあるが、それは微々たる物だ。





……そう、自分がスカートを履いていることに比べれば。





通りで寒いわけだよな、と思わずスカートの裾を摘む。
これは学校の制服だろうか。
白いプリーツのそれは、双子の妹も着ていた女子制服と類似している気がする。
スースーするわ足は出ていて寒いわで、年中これを履いている女子を尊敬したい。
思わず下着も女物じゃないだろうな、と確認したくなったが、さすがに野外でそれをしたら変態なので諦めることにする。


自分は同学年の男に比べると若干小さく、ぱっと見で性別を間違える馬鹿もいる程には女顔だ。
二卵性双生児である望美と一緒にいれば、十中八九姉妹に見られる。
けれど、だからと言って女装趣味があるわけではない。
決してないのだ。
そんなことをした日には望美が面白がるだけだし、幼馴染みたちは白い目で自分を見るだろう。

……いや、兄の方は半分呆れながらも笑うかもしれない。

安易に想像出来てしまうのは悲しいが、それだけ過ごしてきた時間も長いということ。
出来ることならあの二人に再会する前に着替えてしまいたい。
だが、肝心の着替えがどこにもない。
これはこれで前途多難である。


「────!」
「ん?」


溜息一つ吐けば風に乗って聞こえてきた微かな声。
それが悲鳴だと理解したのは、周囲を見回したときだった。
一人の女性と子供、そしてまるでお化け屋敷にでもいるような鎧武者。
ここで助けなければ男が廃る!そう思うものの、今の自分は丸腰。
例え武器があったとしても、それを使えるだけの腕を自分は持っていない。
剣道の一つでも覚えていれば、と思うがこの状況でそれは意味を持たない。
どうするべきか。
思わず舌打ちすれば、すぐ側に地面に突き立てられた一本の刀が目に入った。
刃が欠けてボロボロになっているのは、使い過ぎたせいだろうか。
だが、何もないよりはあるだけマシ。


「ええい、ままよっ!」


立ち上がりがてら刀を抜き取り、鎧武者に向かって斬り掛かった。



女の人と子供が襲われている。



それを黙って見ていられるほど、自分は人でなしじゃない。
だが、それが全ての始まりだったと後悔することになるなんて、この状況で誰が想像出来ようか。










鎧武者──それが怨霊と呼ばれている物だと聞いたのは、一段落ついてからだ──を言われるままに封印すれば、どうやら自分は白龍の神子というものらしい。
まるでゲームみたいだと思いながら、神子は普通女性がなるのでは?とふと思う。
だが、そんな思いを吹き飛ばしてしまうほどに、封印し終わった直後から酷く気持ちが悪い。
ともすれば、その場に戻してしまいたいほどの吐き気と戦いながら、見知らぬ女性の前でそんな醜態はさらせないと気力と根性でそれを堪える。


「私は黒龍の神子で、梶原朔というの」
「朔ちゃん?可愛い名前だね。俺は希。春日希っていうんだ」
「まあ」


名を名乗ったとたんに驚いたように口元を押さえた朔に、どうかしたのかなと首を傾げる。
どこかで会ったことがある……わけはないだろう。
彼女のような和服美人に一度でも会っていたらきっと忘れないはずだ。
だとしたら朔は一体何に驚いたのだろう。


もしかしたら望美と会ったことがあるのだろうか。
朔が望美と会っているのなら、彼女が今どこにいるかわかるかもしれない。


ちらりとそんなことを考えてみる。
あの場にいたのは自分たち双子と有川兄弟の四人だ。
全員が濁流に呑まれたのだから、行き着く先は同じはず。
目が覚めたときに近くにいなかったが、きっとどこかにはいるだろう。
けれど、朔が口にしたのは希が考えていたこととは、全く別のことだった。


「駄目よ、希。女の子がそんな乱暴な言葉遣いじゃあ」
「……は?」


真剣な表情でそんなことを言ってくる朔に、希は開いた口が塞がらなくなった。
確かにこんな格好じゃ女と間違えられても仕方がないかもしれない。
けれど、そこまで女のように見えるのだろうか。
その事実に思わず泣きたくなった。


「あのさ、朔ちゃん。こんな格好してるけど俺は──」
「それよ!」


弁解しようと口を開けば、朔はそれすらも遮った。


「勇ましいのはいいけれど、せめて言葉遣いは直した方がいと思うの。せっかく可愛い顔をしているんだもの。その言葉遣いじゃ好きな殿方が現れても、見向きもしてもらえないわよ」


余計なお世話だ。


そう思ったが、あまりにも真剣な表情で諭してくる朔を前に、希は反論しようと開きかけた口から言葉を紡ぐことは出来なかった。


「私も出来る限りあなたに力を貸すわ。だって、私とあなたは対ですもの」


ね、と笑顔で言われてしまえば、希は乾いた笑いを浮かべて頷くしかなかった。
朔の笑顔は望美とはまた違う感じがする。
どちらかといえば、有無を言わせぬそれ。


「神子?」


きょとんと首を傾げながら自分を案じてくれる白龍が、酷く可愛らしく見えたのは目の錯覚ではないだろう。



自分はとんでもない場所に来てしまった。



姿が見えぬ三人は無事だろうか、と心で涙を流しながら希は朔の後を重い足取りでついて行った。





何でこんな目に 
(お願いだから家に帰してくれ)

2010.01.13 


  


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