非現実の中の日常 | ナノ

4話 夢逢瀬




自分が望美の代わりにされて、早一週間。

ゲームではリズヴァーンを仲間にした後、すぐに三草山の戦が始まったが、戦は未だ始まる気配を見せてはいない。

──現代のままだった服も、梶原邸へやって来たその日のうちに、朔に用意してもらった──

小夜は濡れ縁に座り、梶原邸の庭をぼんやりと眺めていた。
考えなきゃいけないことは沢山ある。
この一週間、考えよう考えようと思っていたのだが、八葉が自分の側に一人でもいると、思うように思考が働かない。


「小夜〜」


ああ今日も、拷問の時間がやってくる。
パタパタと軽い足音をさせてやって来たのは、白龍だった。
きらきらとした無垢な笑顔を見ただけで、うっ、と小夜は自分の口元を覆う。
小夜が何を考えているのかは、彼女の名誉のために伏せておこう。
彼女の隣に来た白龍は、口元を押さえている小夜に「大丈夫?」と尋ねながら、顔を覗き込んでいる。


「ねえ、白龍。白龍は望美が何を考えているのか、解る?」


しばらくして、ようやく復活した小夜は、何とかそれだけを口にした。


「神子……?」


ことり、と首を傾げる白龍に再び悶えそうになるが、ぐっとそれを堪える。
そう、この一週間。
小夜は八葉の面々の一挙一動に悶えてばかりいたのだ。
何せ滅多に拝めることのない美形揃い。
ブラウン管を通したゲームの中ではなく、実際に動く彼らは、ゲームで見るよりも生き生きとして見えた。


「ごめんなさい。私には、神子の考えが解らない」
「そっか」


しゅん、とうなだれた白龍に、少々落胆する。
せめて望美の狙いが何か解れば、自分ももう少し動きやすくなるのに。


(となると、やっぱりリズ先生が鍵)
「小夜?」
「っうわぁ!」


目の前に突然現れた美少年の顔。
思わず驚いて、凄まじい勢いで後ろへ逃げる。


「もしかして、小夜を驚かせた?ごめんなさい」


再び謝る白龍の姿にハッとして、慌てて元いた場所へ戻った。


「ごめんね、ちょっと考え事してたから驚いただけ」
「ならよかった。小夜は、私の逆鱗のこと、知ってる?」


白龍の逆鱗。

その言葉に、少なからず反応する。
自分に望美の代わりに運命の上書きを、と言っておきながら、彼女は逆鱗を手放そうとはしなかった。
否、逆鱗のことを口にしなかったと言うことは、手放すつもりはないのだろう。
それは、望美の思うとおりに運命の上書きがされない場合、もう一度、時空を越えるためか。
そうなると、再び代わりを任されるのは自分なのであろうか?

はて、と思わず首を傾げる。


(時空を越えた記憶は、逆鱗を使った人か持たない。だとしたら、私はこの世界に来たことが、ある──?)


そう考えて、それはないと即座に否定する。
確か、望美が六波羅でヒノエに会ったとき、彼は望美に既視感を覚えたはずだ。
もし自分も過去に時空を越えて出会っていたら、何かしら記憶に残っていてもおかしくない。
だが、八葉や朔、白龍と初めて会ったとき、そういった既視感を自分に覚えた人はいなかった。
そう考えると、やはり自分は初めてこの世界に来たのだろう。


「それを使えば、時空を越えられるんだよね。でも、今白龍の首に付いてる逆鱗を取ったら、白龍自体が消えちゃう」
「そう。でも、神子は違う時空で、逆鱗を手に入れた」


やはり望美は何度も運命を上書きしているのだ。。
だが、これが無印か十六夜記かだけは、さすがに解らない。
何かしら、イベントが発生すればわかるのに、春の京で起きるイベントは望美があらかた消化している。
そうすると、次の三草山で判断するしかない。


「どうして望美は、自分じゃなくて私に運命の上書きを頼んだのかな?」
「私には、わからない。でも、神子のことだから、何か考えてるのかも」



白龍はそう言うが、実際に望美が何を考えているのかわからない。
そして、今どこにいるのかも。
自分が神泉苑にたどり着く前に、どこかへ行ってしまったらしい。
望美の言葉を信じるのなら、この世界にいるはずなのは確かだ。


「源氏にいないなら、考えられるのは熊野か平家」


言葉にしてから、熊野も無いかもと考える。
なにせ、熊野別当であるヒノエが京にいるのだ。
熊野にいたところで、何の意味もない。
となると、平家。
将臣の元に行ったのだろうか?


「小夜が会いたいと思えば、神子に会えるかもしれないよ?」
「会えるって、どこで?」


尋ねれば「夢で」と返ってきた。
そういえば、望美と将臣も夢で何度か会っていた。
そして、リズヴァーンが神泉苑で自分の発言を誤魔化すときにも、夢だと言っていた。


「そうだね。こうなったらちゃんと話してもらわなきゃ。ありがとう、白龍!」


そう言うと、小夜はバタバタと自分に当てられた部屋へと全力疾走した。
部屋の中に入り、服にしわが出来ることも構わずに、そのまま横になる。
念仏でも唱えるかのように「望美に会えますように」と何度も繰り返していたら、次第に眠気がやって来た。







「えっと……ここ、どこ?」


再び目が覚めたとき、先程までとは打って変わった空間に、小夜は戸惑いを覚えた。
周囲を見回せば、数年前に自分も世話になった机や椅子が見える。


「もしかして、高校……」


呟いてから、自分の格好が望美の学校の制服だと気付いた。
しかし、実際に着てみて思うんだが、スカートの丈が妙に短い。
望美は普通に履いていたが、こんな物を履いたまま戦闘など出来るはずがない。


「有り得ないっ。ていうか、コレ自分が痛いんだけどっ!」
「そうかなぁ?結構似合うと思うけど」


叫んだ次の瞬間。
不意に聞こえた声に、思わずその場に固まった。
寝る前に会えればいいと願っていた人物。
ずっと、再会したかった──春日望美──その人。


「ちょっと、望美!言いたいこととか聞きたいこととか、いっぱいあるんですけど!!」
「あはは、やっぱり?」


問答無用で詰め寄れば、悪びれた様子もなく笑顔を見せてくる。
人懐こいその笑顔で、八葉を丸め込んだんだろうなぁ、などと見当違いのことを思ったが、フルフルと頭を振って雑念を払う。


「神泉苑では良くも私を置いて先に行ったね!ていうか、何で空中に放り出されなきゃならないのよ!おかげで死ぬかと思ったんだから!んで、ここって無印なの?それとも十六夜記なの、どっちなのっ?!それと、白龍の逆鱗もなしに運命の上書きなんて出来るわけ無いでしょうがっ。望美は私にどうやって運命を上書きしろって言うのさ!でもって、望美は今どこで何してるのっ!」


思いついたことを次々と口に出せば、止まらない。
出るわ出るわのオンパレード。
だから、ようやく口を閉じたときには軽く息が切れていた。
望美も小夜がこれほど話すとは思っていなかったのか。
ぜーぜーと息を切らしている小夜に対して、パチパチと拍手を送っている。




「まぁ、神泉苑の件は置いておいて」
「放置かよ!」
「ここがいつの流れかは……三草山の戦で解ると思うよ」
「教える気はないんかい」
「白龍の逆鱗は……ごめん、これだけは渡せない。私の能力をコピーしても、例え怨霊を封印できるようにしてあげても、逆鱗だけはダメ」


にこにこと小夜が放った質問に答えていた望美だが、逆鱗について触れるときだけは、その表情も真剣な物になった。
やはり、逆鱗を手放すつもりはないらしい。
いざとなったらリズヴァーンの逆鱗を奪ってでも、時空跳躍してやろうか、とコッソリ思ってみる。
まあ、あのリズヴァーンから簡単に逆鱗を奪えるとも思えないが。





「逆鱗がないなら、運命の上書きはできないでしょ」
「ううん、できるよ。この運命は上書きするための運命だから。だから、あなたがこのまま進めば自然と上書きされる仕組みになってる」
「でも、怨霊を封印できないから、五行は戻らない」
「封印は、できる、よ」


ぴくん、と自分が反応したのが解った。
怨霊の封印は白龍の神子だけ。それは望美も知っていたはず。
だが、今の望美は自分も封印が可能だという。


「どうやったら封印できるの?」
「誰か一人。絆が深い八葉の力を借りて」
「……あの〜、もしもし?絆の深さって目に見えないんですけど!」


そう、ゲームでゲージで表示されていた絆の深さは、この世界では目に見えなかった。
だから、誰とどれくらいの絆が深まっているのか、さっぱり解らない。


「大丈夫。そのときになったら、自然と解るよ」
「そのときって、どんなときよ」


その答えに返ってくる言葉はなかった。
肝心なことはだんまりな望美に、小さく舌を打つ。
それに、このまま進めば、と彼女は言ったが、この運命がどのルートを辿るのかすら解らない。


「望美」
「ごめんなさい。もう、時間みたい」


そう言う望美の姿が、薄くなっていくのが解った。


「ちょっ、まだ肝心なこと聞いてない!」


慌てて伸ばした自分の指も、半透明に透けている。
あぁ、本当に時間なんだと、唇をかんだ。


「あなたが夢で私と会ったから、もう暫くしたら、三草山の戦が始まるよ」
「何それ、どういうことっ?!」


今、とんでもないことを耳にしたような気がする。
自分が夢で望美と会ったから、もう少ししたら、三草山の戦。
ということは、コレは決められた運命の一つなのだろうか。
そう考えて、ゾッとする。


「望美っ!!」


伸ばした手は空を切った。
それから、今いる場所が自分が寝ている部屋だと気付く。
あぁ、自分は目が覚めてしまったのだ。
結局、聞きたいことは聞けずじまい。
でもやらなきゃいけないことは、決まった。
近いうちに三草山の戦が始まるのだとしたら、それまでに少しでも自分のみを守る術を手に入れなくては。


「となると、リズ先生に頼もうっと」


ぐ、と拳を作って決意を決める。
だが、ふと我に返った。


「そういや、私の武器ってあるのかなぁ?」


白龍の元へ行った小夜は、そこで再び悶えてしまい、中々話を進めることが出来なかったらしい。







2007.5.16

 


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