非現実の中の日常 | ナノ

3話 出会い




さて、どうしようかと小夜は考えた。
果たして望美は自分をどういう設定でこちらの世界へ寄越したのか。
とりあえず、譲が自分のことを知っているようなので、彼に説明してもらった方が早いだろう。


如何せん、周囲の目が痛い。


いつまでもやってこない望美とリズヴァーンを迎えに来た、八葉と白龍、朔。
しかし、その場にいたのはリズヴァーンと望美ではなく、リズヴァーンと見知らぬ衣装を纏った女性。
こうも見られていては、まるで動物園の動物にでもなったようだ。


「小夜さん、どうして貴女までここにいるんですか?ここは貴女には関係のない世界のはずだ」


確かにその通りなのだが、実際にそう言われるとグサリと来る。
だが、ここで怯んでいたらこれから先はやっていけない。


「ん〜、何か気付いたらここにいたの。だから、何が何だか私にもさっぱり」


両手を挙げ、お手上げのポーズをしてみる。
リズヴァーンはこのことを知っているらしいが、他の八葉に言うつもりはないらしい。
そのことだけは小夜も安堵した。


「気付いたらって、そんな馬鹿な」
「馬鹿も何も、私はここにいるんだもん。現実でしょ」
「なぁ、譲。アンタはそこの姫君と知り合いなのかい?」


絶句してしまった譲を余所に、ヒノエが一歩前に出て小夜と譲を見比べた。
物珍しそうな視線に自分の身を見れば、明らかにこの場の雰囲気にそぐわない。

小夜は一人、現代にいたときと同じ服装をしていた。


(どうせなら服もちゃんと揃えて欲しかったんだけど!)


この場にはいない望美に向けて、胸中で叫ぶ。
今の自分は白いシャツと黒のパンツだけ。
明らかに和服の中では浮いている。


「あ、あぁ。俺達の近所に住んでいる人で、知り合いなんだ」


譲の簡単な説明に、望美が一人で呟いていた設定なんだと悟る。


「なるほどね。ねぇ姫君、よかったら姫君の名前を聞かせてはもらえないかな?」


にっこりと極上の笑みを浮かべられて、思わずクラッとした。
ゲームの中でも凄いと思っていたが、実際はそれ以上に凄かった。
まだ未成年だというのに、この色気。
ヤバイだろ、というのがヒノエに対する第一印象だった。
とりあえず、名前を名乗ろうかと思ったが、ふと思い立ったことがあった。


「相手の名を尋ねるときはまず自分から、っていわなかったっけ?……ヒノエくん?」


ニィ、と人の悪い笑みを浮かべてみせれば、思っていたとおり驚いた表情が見える。
滅多に見られないであろうその表情に、小夜はその場で踊り出したい気持ちを堪えるのに必死だった。


「へぇ、姫君は先見の力でもあるのかな?この名を言い当てるとはね」
「ま、ね。でも、知ってるのは君だけじゃないよ」


自分を見つめるメンバーを見ながら言えば、その場にいた誰もが、その言葉に少なからず驚いた。
真っ先に反応したのは弁慶だった。
これにはさすが、としか言いようがない。


「……貴女は平家の間者ですか?」


出てきた言葉に、そうきたか〜、と頭を抱える。
やはり、初対面の人間が名前を知っているというのは少々問題があったか。
だが、やってしまったことは仕方がない。
小夜は開き直ることに決めた。


「だからぁ、さっき譲にも言ったけど、私は気付いたらここにいた。だから、平家の間者かと聞かれたら、違うとしか言えないでしょ」
「なら、どうして貴女は僕達の名前を知っているんですか?貴女は気付いたらここにいたと言いましたが、初対面の僕達を知っているとは思えない」


ぐっ、と言葉に詰まる。
なけなしの頭を使って上手い言い訳を考えるが、焦っているせいか良い考えが浮かばない。
あ〜、とか、う〜、とか唸りながら考える小夜に、今度こそ弁慶の目が光る。


「……神子が、夢で教えたらしい」
「え?」


ポツリと呟かれたその声は、自分の直ぐ側から聞こえてきた。
思わず声の主を見上げる。
すると、リズヴァーンは小夜の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
それは、安心させるかのような動作。
それほどまでに、自分は不安そうにしていたのだろうか。


「夢で、ですか……。確かに、僕達の外見と人となりを話していたらわかるかもしれませんが……」


リズヴァーンの説明に僅かに納得しながら、それでも弁慶は小夜を疑いの眼差しで見ていた。
それに乾いた愛想笑いを浮かべながら、少しずつリズヴァーンの後ろに隠れた。
多分、本能がそうさせたのだろう。
弁慶はゲームの中よりも腹黒そうだった。


「だが、その望美は一体何処へ行ったんだ?」
「そうね……一人で何処へ行ってしまったのかしら」


九郎に継いで言われた朔の言葉に、やっぱりみんなのお母さんだよなぁ、と感心する。
これで自分より年下だというのだから、驚きだ。
この世界では、実年齢以上に大人びて見える物なのだろうか。


「じゃぁ、帰る前に望美ちゃんを捜そうか」
「神子が……遠い、よ」


そっと囁かれた白龍の言葉が、どこか切なそうで。
悲しそうな瞳は、何かを堪えているようにも見えた。


「ねぇ……」
「それじゃ、行こうか姫君」


白龍に声を掛けようと、リズヴァーンの陰から出た小夜は、不意にヒノエに手を引かれた。
それに驚いてヒノエを見ると、軽くウィンクされる。

……一体どういう意味なんだ。

ウィンクの意味がわからず、少し引きかけた。
美少年に手を引かれるのは嬉しい。
もちろん、微笑みかけられるのだってそうだ。
だが、理解不能な行動は対応に悩む。


「って、行くってどこに?!」


思わず固まっていた小夜は、少し遅れて我に返った。
だが、足は既に動き出している。
一体何処まで行くつもりなのか。
八葉たちと逆の方向へ行くヒノエに問いかける。


「景時の邸だよ。どうせ望美は捜したっていないんだろう?だったらオレは先に邸に戻って、姫君のことをもっと知りたいね」


嬉しそうに話すヒノエは本気でこのまま邸へ戻るつもりだ。
そう悟ると、チラリと後ろを振り返り、どうすべきかと躊躇った。
だが、このままヒノエと愛の逃避行、という間違った思いが頭の中をよぎったのも事実。


小夜は、自分の欲望に正直だった。


引かれている手をしっかりと握り返せば、少し驚いたような表情が返ってくる。
だが、それも瞬時に笑顔へと変わる。


「そうこなくちゃ」


ニッ、と不適な笑みを零すヒノエに、自分も笑みを返す。
そこでふと、あることを思いだした。


(あれ?確かリズ先生を仲間にしたら、2章って終わりだよね。ヒノエもいるわけだし……てか、コレがもし十六夜記なら、六波羅で重衡と会っておかないといけないんじゃ……)


さぁ、っと身体中の血が下がるのを感じた。


「え、ちょっ、あのっ!」


あたふたと慌て始める小夜を余所に、ヒノエは一路、梶原邸を目指していた。


「あたしのシロガネーゼェェェェ!!」


本気で目に涙を浮かべながら絶叫する小夜の姿に、道行く人々は怪訝そうに眉を顰めた。










数刻後。
望美だけではなく、神泉苑ではぐれてしまった小夜とヒノエまで探すことになった八葉たちが、梶原邸に戻ってきた。
二人の無事な姿を見て、安堵の溜息をもらす姿に、小夜は申し訳なくなり小さくなった。
だが、その一方では。


「君一人だけ邸に戻っているなんて、どういうことでしょうね?ヒノエ」
「どうせ望美は見付からなかったんだろ?だったら、姫君と一緒にいた方が有意義だと思ってね」
「だからといって、勝手にいなくなっては心配するでしょう」
「ハッ、アンタが心配したのはオレじゃなくて姫君だろ」
「当たり前じゃないですか」


などという言い争いがあったとかなんとか。







2007.2.7

 


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