非現実の中の日常 | ナノ

2話 始まり




春の京。
桜が満開の神泉苑で、リズヴァーンを仲間にするべく、望美たちは歩いていた。


「本当に先生がいるんだろうな?」
「多分、いると思うよ?」
「多分だと?これで先生が見付からなかったら無駄足だろうが!」


望美と九郎は先程から何度目かの問答を繰り返していた。
神泉苑にはまだ着いたばかり。
捜し始めたばかりなのだ。


「九郎、君はもう少し忍耐という言葉を覚えた方が良いかもしれませんね」


苦笑を浮かべながら弁慶が言うと、キッと鋭い視線を投げてくる。
しまった、逆効果だったか。
そう思った瞬間、白龍が声を上げた。


「あそこに誰かいるよ?」


その言葉に九郎の意識が弁慶から離れた。
ほっと安堵の息を吐く。
首を巡らせれば確かに白龍の言うとおり、人影が見えた。


「先生!」
「あ、九郎さん」


途端に駆け出した九郎に続くように、望美も駆け出す。
取り残された面々はそんな二人をのんびりと追っていった。


「先生も八葉だったんですね」


興奮する九郎の姿に、やれやれと肩を竦めたのは果たして何名いたことか。
無事にリズヴァーンの協力を得たことで、梶原邸へ戻ることになった。
そんな中、望美とリズヴァーンはその場から動かず、みんなの足が遠くなるのを黙って待っていた。
やがて、視界から姿が見えなくなると、二人は見つめるように向かい合った。


「先生、そろそろ来ると思います」
「……本当に良いのか?」


どこか躊躇うような問いかけに、望美はしっかりと頷く。
リズヴァーンはじっと様子を伺うように見つめてから、小さく嘆息ついた。


「神子は、決断したのだな」
「はい。多分、これが最後のチャンスになると思うから」
「そうか」


何を言っても無駄だと知っているのか、元よりそんなつもりはないのか。
リズヴァーンは望美の言葉に頷いた。
ありがとうございます、と返ってくる表情は笑顔。
それにつられ、思わず自分の顔もほころぶのを感じた。


「……来る」


何かを感じ取った望美が、空を見上げる。
視線を追うようにリズヴァーンも空を見たが、何も確認は出来なかった。


「先生、私行きます。この先のこと、お願いしますね」
「お前の望むとおりに。だが、この先は長く険しい。それを充分に理解することだ」
「わかりました」


二人が会話していると、ようやく空に何かの物体が見えた。
しかし、それは未だ遠く、ハッキリとした姿が見えない。
次第にその姿が見えてくると、何か奇声を発しているようで言葉にならない言葉が耳に届いてくる。


「……神子、前にも言ったが、人を宙に放り出してはいけない」
「えへへ、今回もちょっと失敗しちゃって」


空を見ずに目の前の少女に注意すれば、可愛く舌を出しながら肩を竦めた。
それを見たリズヴァーンは、思わず手で顔を覆った。


「えっと、じゃあ先生。私行きますっ!」


慌てたようにぺこりと頭を下げれば、そのまま踵を返していく。
その場に一人取り残されたリズヴァーンは、望美の姿が見えなくなるまで見送った後、ようやく空を見た。
そこには思っていた以上に早いスピードで、空から降ってくる一人の人間。


「ぎゃあぁぁぁあ〜〜!いやぁぁあぁ〜〜〜〜〜!!!!」


直滑降で地面めがけて降りてくる人間の姿は、ある種面白い。
どうにもならないとわかっているのに手足をばたつかせ、必死に抵抗を試みる。
だが、所詮重力に叶うわけもなく、地面との距離は縮まるばかり。


「こんなところでしにたくなぁぁあぁい〜〜〜〜」


目に涙を浮かべながら覚悟を決めて固く目を閉じる。
あと少しで地面と激突して自分は死ぬんだ、と情けない死に方に思わず泣けてきた。




……………………………………………………


「?」


覚悟していた衝撃がいつまで経ってもやってこない。
それに首を傾げながら、恐る恐る目を開ける。
真っ先に視界に入ったのは地面。
その割に、随分と距離がある。
そして、視界の端にチラチラと入る布。


「はぇ?」


抜けた声を出しながら、視界に入る布を目で追っていく。
すると、金髪の髪の毛も見えた。
更に首を動かせば、そこには口元を布で覆った、見覚えのある男の人。


「リ、リズ先生ぃ〜〜〜?!」


思わず指差して叫べば、いかにも、と頷く姿が見えた。


「ヤバイ、本物のがいい男……じゃなくて!なっ、何で?え、ホントにここ望美が言ってたとおりなわけっ?!」


せわしなく頭を動かして周囲を見る。
どこもかしこもゲーム画面と全く同じ。
抗えようのない事実に、呆然とするしかなかった。


「……大事ないか?」


ようやく大人しくなると、それを待っていたかのように声が掛けられる。
こくりと条件反射で首を振れば、そっと地面に下ろしてくれる。
そのままペタリと座り込み、確認するかのように大地に触れ自分に触れた。


「幻、じゃない」
「これが現実だ、受け入れなさい」


ポツリと呟けば、肯定の言葉が返ってくる。
ゆっくりと首を動かして声の主を見る。


何か忘れているような気がする。


それは何だったのだろう。
ぼんやりとした頭で考える。
リズヴァーンの視線が自分を捉える。
そうすると、次第に思考がクリアになっていく。
まるで、頭の中にかかっていた靄が晴れたみたいだ。


「リズ先生っ!」


立ち上がり胸ぐらを思い切り掴んで、詰め寄る。
お互いの顔の距離は近い。


「先生はどこまでこの運命を知ってるの?」


至近距離で睨まれているにもかかわらず、相手の視線は酷く穏やかだ。
根気よく粘って相手の答えを待てば、暫くしてからようやく口が開かれる。


「……答えられない」
「チッ、やっぱりか」


想像していた物と、全く変わりない返事に、大きく溜息を吐いて胸ぐらを掴む手を離した。

答えられないということは、知っているということ。

それくらい、ゲームをプレイしていればわかることだ。


「なら、望美は?」
「神子は行った」
「はぁ?何それっ!信じられないんだけど」


思わず自分の耳を疑った。
行ったということは、つい先程までこの場にいたということではないか。
それほどまでに自分と会うのが嫌なのか。
そう思うと、怒りが沸々と沸き上がってきた。


「先生ー!」


そんな時だった。
どこかで見たことのある集団が、そろいも揃ってこちらにやってきたのは。


「いつまで経ってもやってこないから、何かあったんじゃないかと心配しました」
「そうか」
「ていうかさ、望美の姿が見えないんだけど?それに、いつの間にか女性との逢瀬だなんて、先生も隅に置けないじゃん」


目の前の会話について行けない。

この煌びやかな人たちは一体何なんだろう。
いや、誰かは嫌というほどに知っているのだけれど。
知っているからこそ、自分一人だけ妙に浮いているのがわかる。


「え、小夜さん?どうして貴女までここに──?」


不意に呼ばれた自分の名に反応して、振り返る。
そこにいたのは望美と一緒にこの世界に飛ばされた、彼女の幼馴染み──有川譲──だった。







2007.1.24

 


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