非現実の中の日常 | ナノ
1話 夢か現か
不思議な空間。
どこを向いても同じ景色しかない。
自分がその場に立っているということは、重力はあるのだろう。
「えっと……」
ぽりぽりと頭を掻きながら辺りを見回す。
目の前には見たことのない風景が広がっているが、どこかで見たような気もする。
どこで?と聞かれると、わからない、としか答えようがないが。
「確か今日は会社が休みだから、ゆっくりとゲームをやろうとしてたんだよね。で、PS2に遥か3をセットしたんだっけ」
ブツブツと思い出すように自分の行動を遡る。
そこでふと、自分の言葉に顔を上げた。
「そうだ!遥か3だっ!!ここ、時空の狭間に似てるんじゃない」
ぱんっ、と胸の前で手を合わせる。
すごーい、と歓喜の声を上げながら、キョロキョロと辺りを見回す。
だが、だからといって今の状況が変わるわけがない。
しばらく周辺を見回した後、ことりと首を傾げた。
「何で私ここにいるんだろ?」
呟きは無音の世界に溶けて消えた。
待てど暮らせど一向に変わらないこの状況。
時計も携帯も持っていないため、時間の経過がわからない。
何もやることがない時ほど暇なことはない。
「あ〜、どうしようかなぁ。これじゃ遙かの続きすら出来ないじゃん。将臣〜、九郎〜、ヒノエ〜、べんけ〜、譲〜、景時〜、あっつん〜、リズせんせ〜、チモリ〜、シロガネーゼ〜、泰衡〜、白龍〜」
その場に座り込んで思いつく限りのキャラを上げていく。
「ちくしょう、これが望美なら時空を超えるのに」
「なら、私の変わりにあなたがやってくれる?運命の上書き」
「は?」
思わず顔を上げ、声の主を探す。
思ったより近い場所から聞こえてきたそれに、自分以外が存在するんだと嬉しくなった。
しかし、どこを見てもそれらしき人は見あたらない。
「あ〜……ついに幻聴まで聞こえてきたのかなぁ」
「幻聴なんかじゃないよ」
「だったら姿くらい見せなさいよ」
むっとして言えば、仕方ないなぁ、と言う声が聞こえた。
次の瞬間。
目の前に突如現れた一人の少女。
それは、自分のよく知っている人物。
いや、それを人物と言っていいのかさえ怪しいが。
「のっ、望美〜〜〜〜〜ッ?!」
「正解♪」
思い切り指を指して絶叫にも近い声を出せば、目の前の少女――春日望美――はニッコリと微笑んだ。
「で、さっきの話の続きなんだけど、私の変わりに運命の上書きしてくれるの?」
「あれは言葉の綾でしょうに。大体、ゲームの中になんて入れないんだから」
はぁ、と大きく溜息を吐く。
望美の変わりに運命の上書きをする、それは甘美な誘い。
ただ、自分と望美では住む世界が違う。
現実とゲーム。二次元と三次元では、既に世界以前の問題だ。
「入れるよ?」
「無理でしょ」
「なら、何で私があなたとこうやって会話できるんだと思う?」
「それは私の願望が生み出した夢だから」
キッパリと言い張った。
そう、これは夢。
自分が見ている都合の良い夢なのだ。
そう言い聞かせなければ、思考回路がショートしそうだ。
ゲームの主人公が自分と話している。
ましてや、自分の変わりに運命の上書きをしてくれ、だなんて。
「……職務放棄も良い所じゃない」
「何か言った?」
「別に」
ボソリと呟いた自分の言葉は望美に届かなかったらしい。
それに安堵しながらも、ぶっきらぼうに返事を返した。
「仮にゲームの中に入れて、あなたの変わりに運命の上書きが出来るとしても、問題は山積みじゃない」
「例えば?」
きょとんと首を傾げる姿が可愛い。
素直にそう思ったが、今はそんなことよりもやることがあると必死に頭を回転させる。
「まず、私は何の能力も特技もない。あんな世界に行ったら直ぐに死ぬわね」
「それなら簡単。私の能力、全部あなたに貸してあげるから」
今、とてつもなくとんでもないことを言われなかっただろうか?
思わず眉を顰めた。
「えっと、私の持ってる能力をあなたにそっくりコピーするの。そうすれば、あなたも戦えるし、簡単に死ぬこともないでしょ?」
「コピーってどうやってするのよ?」
「ん〜……それは秘密?でも、大丈夫だから」
どうにも胡散臭い。
能力をコピーしたくらいで、そう簡単に戦えたりする物だろうか。
いや、それよりも……。
「能力コピーしたところで、私は白龍の神子じゃないから、怨霊の封印は無理。それに、私の存在をどうやって説明付けるのよ」
至極もっともな理由を付ける。
怨霊の封印は白龍の神子だけ。
黒龍の神子ですら、怨霊を鎮めるだけで封印は出来なかったのだ。
そして、イレギュラーな自分が突然遥か3の世界に入ったって、どうにも対応できない。
源氏でも、平氏でも、ましてや熊野に属しているわけでもないのだから。
「封印の件は後から考えるとして……」
「後からかよっ!」
思わず突っ込んでしまった。
だが、ここで突っ込まずにいられる人間がいるだろうか。
いやいない。
小さく頷いて自己完結を済ませると、正面の望美を見る。
考えると言うことは、自分の役割が望美と同じ白龍の神子になる可能性は限りなくゼロに近い。
「あなたの存在については、学校の先生……は無理があるから、同級生とか?」
「ねぇ、二十歳過ぎてるのに女子高生と同じっていうのも無理があると思うんですが……」
「それか、近所に住むお姉ちゃん。あ、お姉ちゃんの方がしっくり来るかな」
「あの〜、もしもし?」
「私の忘れ物をお母さんに頼まれて、学校まで持ってきたんだけど、巻き込まれて一緒に京に飛ばされた……これがいいかな?でもなぁ……」
勝手に話を進めていく望美に、諦めて大人しく黙ってる。
望美ってこんなキャラだっけ?と観察することも忘れない。
ゲームの中と、現に目の前にいる望美では性格にかなり違いがあった。
「じゃ、そういうことで」
「だからどういうことなのさ!」
再び突っ込みを入れる。
望美からとりあえずの説明を聞き、未だ半信半疑でいる。
最終的に、設定の方も望美が勝手にやるから心配はしなくて良いらしい。
(ていうか、望美が何でも出来るってこと自体おかしいじゃない)
今更のように疑問が浮かんだ。
普通に考えれば、ゲームのキャラが一人歩きなどしない。
もしするとすれば、考えられる可能性はただ一つ。
(バグ、か)
専門的なことは何一つわからないが、これだけは容易に想像できた。
「じゃ、私の変わりに頑張って運命を上書きしてね♪」
そう言って、白龍の逆鱗を翳した望美にギョッとする。
肝心なことは何一つ聞いてないのだ。
「ちょっ……望美は京に、あの世界にいるの?!」
光が辺りを包んでいく。
それに飲み込まれないように抵抗しながら、彼女の答えを待った。
「いるよ、ちゃんと私もあそこにいる」
「ッ、だったら望美が――」
望美の返事を聞いてから口にした言葉は、半分も言わずに光に飲み込まれた。
しばらくして光が収まると、再び世界に静寂が訪れる。
先程と違うのは、残っているのが望美だけと言うこと。
「……私じゃ、ダメなの」
ぽつりと呟くそれは、先程光に消えた問いの答えなのか。
その言葉を聞き取る者は誰も、いない――。
2007.1.10
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