ごちゃまぜ | ナノ






誘惑






帰ってきたヒノエの様子が何かおかしいことに気付いた。
ソファに座ったまま、心ここにあらず。
遠くを見ては溜息をついている。


哀愁漂うその姿は、普段の彼からは想像出来ない。

しかも、ほのかに色気を感じさせるのは何故だろう。


声をかけるにかけられない。
まるで映画のワンシーンを見ているかのよう。
だが、いつまでもこのままではいられない。


「ヒノエ、どうかしたの?」


思い切って声をかけてみる。
すると、のろのろと視線だけを私の方に向けてくる。
現代で生活するようになってから、洋服ばかりきているおかげか、今ではすっかり違和感もない。
元々、順応能力の高いヒノエは、洋服も似合っていた。

今のヒノエは、シャツのボタンを二つほど開け、ネクタイを緩めているだけで、着替えすらしていない。
いつもなら、ラフな格好に着替えているはずなのにそれすら珍しいのだ。



風邪でも引いたのか、と心配に思うのはあまりにも普段と違いすぎるせい。



近くまで歩み寄れば、ヒノエの視線もそれに合わせて動く。
彼の柔らかい前髪を掻き上げて、自分の額をヒノエのそれに合わせる。


「熱はない、か」


自分の額とそれほど変わらない熱は、平熱だということ。
風邪ではないとすると、疲れなのだろうか。


「とりあえず、ご飯食べて早めに寝た方がいいかもね」


支度するね、と言ってキッチンに向かおうとした私は、ぐい、と強く引き寄せられた。
突然のことに、思わずまばたきを繰り返せば、目の前に見えるのはヒノエの朱と白い天井。

押し倒されたのだ、と気付くまで、しばし時間があった。


「ちょっ、ヒノエッ?!」


ようやく事態を理解して抵抗を試みるが、しっかりと肩を抑えられていて、動けない。
私を見つめるヒノエの瞳が妖艶に輝いているのは、気のせいだと信じたい。


「ねぇ、姫君」


耳元で囁かれるかすれた声に、私はどうしたらいいのかわからない。


「あの、ねっ。落ち着いてっ」
「さすがにオレも限界なんだぜ?」


どうにかして正気にさせようとするが、それよりも先にヒノエの言葉が私に届く。
熱く潤んだ瞳は、女の私でも思わずドキリとしてしまう。


「……っ」
「ね、オレだけに啼いて、その声を聞かせてよ」


するりと頬を撫でられるだけで、肌が粟立つ。
これ以上ヒノエに抵抗するのは、私には無理だった。


「無言は肯定と受け取るよ?」


言いながら、緩めていたタイをシャツから引き抜く。
シュルリ、と引き抜かれたタイをソファの背もたれにかけ、ヒノエが更に自分のシャツのボタンを開けた。


「……っ」


観念した私はきつく目を閉じた。
男と女じゃ力の差は歴然。
どう足掻いたって勝てるわけないのだから。


けれど、いつまでたってもヒノエが私に触れることはない。
一体何が……?
恐る恐る目を開けてみれば、そこには肩を震わせているヒノエがいて。


「からかったのねっ!」
「ふふっ、そんなガチガチに緊張してる姫君が悪いんだぜ」


どうやら完全にからかわれていたらしい、と気付いたのはそのときのこと。
私の上から退けると、ヒノエは着替えてくると言って部屋へ戻っていった。


「ヒノエの、馬鹿」


ソファの上に一人取り残された私は、小さく一人ごちた。





少しだけ惜しかったかな、と思ったのは私だけの秘密。










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月夜さんに拍手イラストのヒノエを持ち帰って良いと言われたので、何かお礼を……を書いたのがこのSSでした。
実は、このSSはそのイラストを元にして書いてるんですよー。
途中で年齢指定入りそうになって止めたんですが、続きが読みたいと言って下さったので書き上げたのが、このノーマルver.です。
ありがちなオチですが、これ以上書いたら本気で泣かれそうだったので(笑)

2008.10.31



 
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