ごちゃまぜ | ナノ





熊野本宮。
そこにある一室で、敦盛は一人、書物を読んでいた。


本当はヒノエに会いに来たのだが、生憎彼は今、勉強の真っ最中らしい。
現別当である湛快の後を勤めるならば、それは至極当然のことだ。
だからこそ、彼の邪魔をしないようにと、別室で待つことにした。
もちろん、彼宛てに自分が来ているという言付けを、部屋まで案内してくれた女房に頼んで。










 子供はじっとしてられない!










書物を読み始めて少しした頃。
パタパタと軽快な足音が耳に入ってきた。
軽いその音は、大人のそれとは明らかに違う。
もう勉強は終わったのだろうか?
それにしては、少し早すぎる気もする。
自分が女房に言付けを頼んでから、まだ半刻もたっていない。
だが、こちらに向かってやってくる足音は、確かに彼のもの。
もしかしたら、彼ではないかもしれない。
そう思っていると、部屋の障子が勢いよく左右に開かれた。


「敦盛、待たせたっ!遊びに行こうぜ」


自分の想像通りの人物の登場に、敦盛は開いていた書をぱたりと閉じた。


「でも、ヒノエ。勉強は……」
「お前が来てるのに、そんなのやってられるわけないじゃん」


ヒノエの言葉に、敦盛は幼いながらも頭を抱えた。
彼の言葉を別な言葉で表現するなら、それは「逃げてきた」ということだ。
それがわかっているから、敦盛はどうするべきか悩んでしまう。
本当なら、今この瞬間も勉強をしていなくてはならないはず。
けれど、自分がやってきたと知って、その勉強を放り出してきたのだろう。
敦盛は申し訳なさでいっぱいになった。


「あ〜……もう、わかったよ。本宮から出ない。ならいいだろ?」


頭を掻きながら、せめてもの妥協案を述べる。
彼にそんな顔をさせたかったわけじゃない。
だが、少々内気な敦盛は、何かあるとすぐに表情に出る。
実際に言葉にするよりもわかりやすいせいか、ヒノエはここ最近、表情で判断することにしていた。
案の定、ヒノエの言葉にパッと表情を明るくする敦盛に、ホッと安堵の溜息をついた。


「けど、本宮で出来ることって限られるからなぁ」


何をしようかと考え始めるヒノエにつられ、敦盛も一緒になって考え始める。
基本的に、ヒノエは身体を動かすことが好きだが、敦盛はヒノエ程好きではない。
どちらかというと、書を読んだり、楽を奏でることの方が好きだ。
けれど、ヒノエに付き合っているおかげで、すっかり彼についていくだけの体力がついた。
それだけは、彼に感謝している。


「よし、じゃぁ本宮で隠れ鬼やろうぜ!」
「二人で?」
「だって、仕方ないじゃん。さすがに他の人は仕事の邪魔になるだろうしさ」


嫌なのかよ、と唇を尖らせるヒノエに、そんなことはないと慌てて否定する。
ヒノエが他人のことを考えていたことに少し驚いたのだ。
いつもなら、本宮の人をどうやって驚かせようかとか、そういうことばかり考えているのに。
やはり、自分に気を遣ったのだろうか。


「なら決まりな。言い出したのはオレだし、鬼はオレがやるよ。百数える内に早く隠れなよ」
「え、ヒノエ」
「ほら、早く。ひとーつ」


言うなり数え始めたヒノエに、敦盛は慌ててその場から走り出した。
あのままあそこにいたら、隠れる前にヒノエに捕まってしまうだろう。
走りながら、チラリとヒノエを振り返れば、彼はきちんと目を閉じて数を数えている。
自分が走り出した方向は知っているから、そこから隠れ場所を判断されない所に隠れなくては。


しかし、この広い本宮でどこに隠れればいいのだろうか。
隠れ場所となりそうなところは至る所にある。
近くに隠れてすぐに見付かるのは面白くない。
けれど、あまり遠い場所に隠れて見付けてもらえないのはもっと困る。
どうしよう、と思わず目尻に雫が溜まる。
これだから、自分はヒノエにからかわれるのだ。
零れてしまいそうな雫を、ぐ、と堪える。
再び気を取り直して、隠れるのに丁度いい場所を探す。
ヒノエに見付からないように用心しながら、敦盛がやってきたのは隠れ鬼が始まった部屋。
こっそりと除いてみれば、案の定ヒノエの姿はなかった。
だが、部屋に隠れるにしては、その部屋はあまりにも隠れられそうな場所がない。
そんなとき、敦盛の目に入ってきたのは目の前の庭。
そこにある一本の木。
幸いにも、木登りもヒノエに教えられた。
あそこならば、隠れるのに丁度いいかもしれない。
きょろきょろと周囲を見回してヒノエがいないのを確認すると、敦盛は裸足で庭に飛び出した。
木に登り、枝に腰掛ければ下の様子がよく見えた。
これならヒノエがいつ来ても自分はわかるだろう。
木々の間を通る風が気持ちいい。
そんなことを思いながら、敦盛はその場でヒノエが見付けてくれるのを待つことにした。










一方その頃。
隠れ鬼の鬼をしていたはずのヒノエは、逆に逃げる立場になっていた。
敦盛を探していたはずなのに、どうしてこんなことになっているのか。
答えは簡単。
敦盛が来たからと、勉強を抜け出してきたからだ。
もちろん、追っているのはヒノエが師事している人物。


「ったく、いつまでもしつこいんだって。誰もやらないとは言ってないんだ。たまには息抜きも必要ってね」


そう言いながら、本宮を抜け出たヒノエは、気分転換にとその辺をぶらつくことに決めた。
少しすれば、顔見知りの子供たちと出くわし、一緒に遊び出す始末。
直ぐさま戻っては、見付かったときにまた説教をくうと知っているから、しっかりと日が暮れるまで。
その頃には、すっかり隠れ鬼をしていることも、隠れている敦盛のことも、すっかりと忘れていたのである。



こっそりとヒノエが本宮へ戻れば、なぜか女房たちが慌てていた。
何かあったのかと、近くを通った女房に尋ねれば、敦盛の姿が見えないのだという。
いつもなら、何か一言言ってから帰るのに、今日はそれがなかった。
だから、もしかしたら敦盛の身になにかあったのでは、と本宮の人たちがこぞって敦盛を探しているらしい。
その話を聞いて、ようやくヒノエは敦盛と隠れ鬼をしていたことを思い出した。
始めたときは自分が鬼だった。
だから、敦盛はどこかに身を隠している。
姿が見えないのも、未だにヒノエが見付けていないから。
さぁっと、全身の血が下がったような気がした。


あの敦盛のことだ。
自分が見付けに来るのを、じっと待っているに違いない。


既に日は暮れている。
遅くまで戻らねば、平家の方で迎えに来るに違いない。
それまでに、敦盛を探さねば。
ヒノエは踵を返すと、敦盛を探し始めた。


「敦盛ーっ!どこだ、敦盛っ」


本宮の中をもの凄い勢いで駆けめぐる。
その姿は、まるで猪の如く猛進。
全ての部屋を探し終えたところで、敦盛が見付かったかどうか聞いてみる物の、未だ彼の姿は見付かっていないという。


「クソッ、敦盛のヤツどこに隠れたんだ?」


庭に出てみるが、やはりその姿を見付けることは出来なかった。
本宮から出ないと約束した手前、彼が本宮から出たとは考えられない。
なぜなら、敦盛はヒノエよりも約束には堅い。


だとしたら一体どこに──?


苛立ちのあまり、親指の爪に刃を立てる。
元はと言えば、これは自分が招いたことだ。
あのとき本宮から出ずに、敦盛を探していればこんなことにはならなかったのに。
本宮内で他に敦盛が行きそうな場所は、果たしてあっただろうか。
焦っているせいか、こういうときに限って肝心なことを思い出せない。
そんなときだった。





一陣の風が、ヒノエの背を押すように吹いた。





風は、まるで意志を持っているかのように、一本の木の葉を揺らした。
その木だけを。


「まさか……」


何かを感じたヒノエはその木に向かって走り出した。
するすると木に登りながら、慎重に目的の人物を捜す。
ほどなくして、木の幹にもたれかかるようにして眠る彼の人の姿を見付けたときは、ヒノエは盛大に安堵の溜息をついた。
見付かったこともそうだが、こんな不安定な場所で眠れる神経の太さに。
もし体勢を崩したら、枝から落ちて地面と激突していたかもしれないというのに。


「敦盛、あーつーもーりっ」
「ん……」


そっと肩を揺すれば、小さく声が上がる。
ゆっくりとまぶたを持ち上げれば、ぱちぱちと数回瞬きしてから、緩慢とした動きで頭を巡らせる。


「ヒノエ……?」
「遅くなってゴメンな。とりあえず、下に降りようぜ」
「ああ、わかった」


二人が木から降りれば、心配そうに様子を見ていた女房たちに囲まれた。
敦盛を探す大がかりな隠れ鬼は、こうして幕を閉じたのだった。





事の次第を聞いた湛快は、長期戦になるかもしれないと踏んで、平家の方に敦盛を今晩泊めると、先に文を送っていたらしい。
夕餉の際、それを聞いたヒノエは父親の根回しの良さに口笛を吹いた。
けれど、直ぐさまやって来た湛快のげんこつと説教に閉口したのである。







大っっっ変遅くなってしまって申し訳ありませんっっっっ(スライディング土下座)
匿名様のリクで幼少熊野組です。
悩んだ結果、弁慶は出さずにヒノエと敦盛のみ。
そして、自己中ヒノエの出来上がり……(爆)

気に入らなければ言って下さい。書き直し致します!!
遅くなってしまいましたが50000打有難う御座いました!

*匿名様のみお持ち帰り可
2007/10/08



 
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