いろは47音恋煩い | ナノ
「誰にも言っちゃ嫌よ?」
笑いながらそう言う姉に、ヒノエはこくりと頷いた。
気になっていた姉の想い人。
いずれは別な男の元に嫁ぐのだろうが、せめて熊野にいるときくらいは、幸せでいて欲しい。
「……鬼若」
「は?」
ぽそり、と呟かれた名前に、思わず聞き返す。
聞き間違いでなければ、姉の言った名前は自分もよく知る人物のはず。
「だから、私は鬼若が好きなのよ」
言いながら、どこかを遠くを眺める。
それは叶わぬ恋とわかっているからか。
「姉上、」
「私、もう行くわね。本当に、誰にも言わないでね?」
ヒノエが何かを言うよりも早く那由多は部屋へと戻って行った。
那由多がいなくなれば、ヒノエ一人がその場に残される。
「よりによってあいつかよ」
そう言ったヒノエの表情に嫌悪の色が浮かんでいたのを、那由多は知らない。
おっさんに恋した2008.6.4