星の蝶 | ナノ









暗闇に光る二つの銀。










一つは細くて柔らかいのに、もう一つは鋭利で細い。










恐怖を覚えているはずの身体は、その二つに魅入られたかのように、目を離すことができなかった。










微動だにしない目の前の少女に、知盛は軽く眉を顰めた。










先程から侵入者が入り込んだと、邸に残っている者たちが騒然としている。
今は三草山で源氏と戦の最中だ。
それを知った上での襲撃か、と。
留守を任された知盛としては、自分が暴れる機会がなくなり退屈していた限りだ。
先程、戦は終わったとの斥候が来たが、みんなが邸に戻ってくるまではまだ時間がある。
自分の愛刀一本を手に取り、声のする方へとやってくれば、胸元に何かがぶつかる感触。
小さく声を上げたそれが、件の鼠だとわかれば飛んで火にいるなんとやら。
わざわざ自分から向かってきたことに、少しだけほくそ笑む。


「……鼠、か」


退屈しのぎにはちょうど良い。
そう思い、刀を鞘から抜く。



けれど、ぶつかった直後はただそのまま。



逃げるでも、武器を構えるでもない。
ただ、呆然と自分を見ているだけ。
果たしてそれがどういう意味なのか、知盛には皆目見当も付かなかった。
月が雲に隠れている今は、いくら夜目が利くと言っても、ハッキリと相手の顔まで見えるわけではない。
それでもわかるのは、自分よりも明らかに小さい身体と、高い声。
まるで、童子と言ってもいいような。
それ以外にもわかることがあった。
逃亡しているというのに、気配を消すと言うことを知らない。
これではまるで、素人もいいところ。


さて、どうしてくれようか。


そう思ったちょうどその時。
雲に隠れていた月が、その姿を現した。




自分を見上げているその姿は、やはり小さい。
長い髪を背に流し、どこか戸惑っているように知盛を見上げている。
どうやら丸腰らしく、その手に武器は見当たらない。
暗器の類でも持っているのかと警戒してみるが、もしそうならば姿が見えたときに構えているだろう。
けれど、知盛の気を引いたのはそのどれでもなかった。
見たこともない衣に身を包んでいるかと思いきや、惜しげもなくその白い足を晒している。
まるで、襲ってくれと言わんばかりのその格好は、白拍子でもしない。



だが、頭のどこかで何かが引っかかる。

引っかかるが、それが何かは思い出せなかった。



思い出せないのならば、それはどうでもいいこと。
それよりも、目の前にいる相手の力量が知りたい。
わざと力を隠しているのか。
はたまた、本当にただの鼠なのか。


「クッ……楽しませて、くれよ……?」


小さく喉で笑うと、知盛は勢いよく目の前の相手に斬りかかった。
脳裏によぎったのは、暗闇に鮮やかな紅が宙を舞う様。
けれど、宙に舞ったのは数本の髪の毛。


「何っ……?」


目の前の光景が信じられず、知盛は思わず声を上げた。







まさか自分の剣筋を見切ったとでもいうのだろうか。
驚きを隠せずに相手を見れば、へたりとその場に座り込んでいる。
どうやら、完全にかわしたわけではなさそうだ。
頬に走った一筋の線が、それを証明している。


「……ただの鼠ではない、ということか……」
「っ!」


一歩足を踏み出せば、身を固くさせて後ろへと下がる。
腰でも抜けたのだろうか。
立ち上がろうとはせず、腕の力だけで移動している。



自分の太刀筋をよけていながら、この様だ。



あまりにも不自然過ぎる。
けれど、この状態ではもう一度自分の太刀をよけると言うことは無理だろう。
何より、警戒は感じられるが、戦意という物が全く感じられない。


「つまらん……な」


ボソリと小さく呟いて刀を鞘へと収める。
すると、相手は明らかにホッと安堵の息をついたのがわかった。


「何を安心しているかはわからんが……安心するのは、まだ早いんじゃぁないか……?」
「え……」


さすがにこのまま放置するわけにも行くまい。
例え知らぬとはいえ、平家の邸へと忍び込んだのだ。
それ相応の処罰は下されるだろう。
恐らく、戦へ行っていた者たちが戻ってきたら。


「暇つぶしにもならんな……」


しばらくすれば三草から戻ってくる。
そうすれば、処分は勝手に決めるだろう。
弱い相手に、わざわざ自分が手を下すまでもない。


「面倒事は、有川に任せるさ……」


呟きながら、彼がどんな顔をするかを思い浮かべる。
けれど、案外簡単に浮かんだことに小さく鼻を鳴らす。





さて、それまでこの侵入者をどうすべきか。





本来ならば、牢獄にでも入れておくべきだろうが、わざわざ自分から面倒事に手を出したくはない。
塗籠に入れておくにしても、この状況では自分がやらなければならない。
どちらにせよ、厄介なことに変わりはない。


侵入者が現れたと言うから、睡眠を惜しんで出てきたというのに。


興が削がれた今となっては、再び眠りたいという思いだけ。
ならば、どうするべきか。


思い至った考えはただ一つ。


知盛は相手の目の前まで進み出ると、そのまま荷物でも担ぐかのように持ち上げた。


「ちょっ!」


突然持ち上げられた方としては、一体自分をどうするつもりなのか身体を動かす。
けれど、少々の抵抗で解放してしまうほど、自分は非力なわけでもない。


「暴れるたら……斬るぞ」


そう言って脅しをかければ、驚くほど素直に大人しくなる。
だが、これだけでは判断に悩む。
もし仮に間諜だったとしたら、こんなにも呆気なく捕まる物だろうか。
捕まった場合の処遇は大体が拷問。
それが過ぎれば、自害するか斬られるか。
だが、自分が抱えている鼠はどうやら命が惜しいらしい。
大人しくしたからと言って、殺されないとも限らないというのに。


知盛は、欠伸をしながら自分の部屋へと戻った。
途中、自分と自分が抱えている物を見て何か言ってくる者がいたが、そんな物はお構いなしだ。
部屋に入れば中央に今まで自分が寝ていた褥がある。
その隣に自分が抱えている子供を下ろし、自分は褥へと潜り込んだ。
もちろん、刀を胸元に抱えて。


「逃げるなよ……?逃げたら、わかるだろう?」


畳の上にペタリと座り込んでいる相手に声を掛け、自分はそのまま寝具を被る。
見知らぬ相手が隣にいては、いつ寝首を掛かれるかわからない。
それゆえ、熟睡は出来ないが、眠れるのならばなんでもいい。
そう考えているうちに訪れる睡魔。
知盛は、浅い眠りに身を委ねた。



一方、若菜は目の前の状況にどうした物かと呆然としていた。
目の前の相手は静かな寝息をたてている。
それが本当の眠りかはわからないが、自分が動きでもすればすぐに抱いた刀を向けるのだろう。


「本物、だったよね……」


月光の下。
銀色の鋭利な物は、自分の頬を僅かに切り裂いていた。
触れてみれば、既に固まった血の感触。
決して、夢などではなかった。



突然タイムスリップでもしたかのようなこの状況。
刀を使い、鎧を着ている人たちがいたのは、果たしていつの時代だったか。



この場から逃げたら、殺されるのだろう。

けれど、逃げなければ殺されないという保証は、どこにもない。



ましてや、この時代の人から見れば、自分の服装は怪しいことこの上ないだろう。
どうにかして、逃げなければ。
だが、例え逃げおおせとして、どこへ行けばいい?
右も左もわからない世界で、自分のいた世界への戻り方すら知らない。
それに、望美もあの場所にいたのだ。
自分と一緒に、こんなわけのわからない世界へ来てしまったかもしれない。


「これから、どうなるんだろ……」


眠ろうにも眠れないこの状況。
若菜は小さく呟いて、部屋の隅で膝を抱えた。
















「おい、起きろ」


誰かに小さく足を蹴られて、ゆっくりと顔を上げる。
どうやら、あのまま寝てしまったらしい。
おかしな体勢で寝た身体は、節々がギシギシとした。


「クッ……この状況で寝れるとは、とんだ大物か。それともただの馬鹿、か……」


どこか人を馬鹿にしたような話し方に、少々頭に来る。
けれど、それを言ったところで自分に不利なことに変わりない。
ぐ、と歯を食いしばって、目の前の相手を小さく睨む。
昨日は夜の闇でわからなかったが、明るい場所で見る銀は、夜とは違った美しさだった。


「有川たちが帰ってきた……お前の処遇が決まる、というわけだな」
「……ありか、わ」


聞き覚えのある単語。
自分のことを言っているのではないことは、帰ってきた、という言葉からわかる。
処遇が決まる、というのは自分がどうなるかということだろうか。
それを決めるのが『ありかわ』という人ならば、その人がここでは偉い人なのだろう。


「行くぞ」


ぐい、と手を引かれたと思えば、昨日と同じように担がれる。







人を荷物か何かと間違えているのではないだろうか。
未だかつて、若菜はこんな風に運ばれたことなど、ただの一度もない。


「ちょっ、自分で歩けるってば!」
「うるさい」


担がれるのは、自分が逃げ出さないためか。
それともただ単に面倒なだけか。
どちらとも取れるだけに、判断に悩む。
どれだけ抵抗しても、自分を解放してはくれなさそうな様子に、若菜は諦めて大人しくした。
どうせ逃げたところで、明るい今なら簡単に捕まるだろう。
そうなった場合、その後が怖い。
だったら、大人しく従っていた方がまだ利口だ。


「諦めたか……それとも腹をくくった、か」


大人しくなった若菜を見て、知盛は小さく笑んだ。
これ以上暴れるようならば、この場に捨て置こうかとも思っていたのだ。
まぁ、そんなことをしては将臣に何を言われるかわかったものじゃないが。



そういえば、有川の名前に反応していた気がする。



数年前に突然やって来た彼も、そういえば見知らぬ衣を纏っていなかっただろうか。
自分が見たときには、既にボロ雑巾のような姿だったから、良くは思い出せないが。
それに、将臣は人を探しているとも言った。
もしかしたら、これがそうなのだろうか?


考えてみるが、自分にはあまり興味のないことだったから、細部までは覚えていない。
そのことに気付き、早々に考えることを放棄する。
すると、目的の部屋まで辿り着いていたらしい。
部屋の中から聞こえる声に、チラリと自分が抱えている子供を見やる。
どうやら中の声は聞こえていないらしい。


「……入るぞ」


その言葉が若菜に向け言われれた物か、中にいる人たちに言われた物かはわからなかった。
空いている手で障子を開け、中に入る。
すると、ピタリと会話が止まり、入ってくる人物へと視線が移る。


「知盛殿。ただいま戻りました」
「あぁ……」
「そういえば、昨日は私たちがいない間に、賊を捕らえたらしいですね。……おや、一体何を抱えているかと思えば、まだ子供じゃないですか」


耳に届く声は優しげな物と、高圧的な、けれどどこか丁寧な口調。
そのうち、高圧的で丁寧な口調の人が若菜に気付いたらしい。


「子供……?知盛殿、一体その方はどうしたんですか?」
「これが、昨日侵入した賊……だ」
「きゃぁ!」


言い終わると同時に、相手の目の前に突き落とされる。
その衝撃に思わず声を上げてから、恐る恐る顔を上げる。
目の前にいるのは三人の男性。


一人は短い茶色の髪。
優しそうな瞳をしている。
もう一人も、茶色の髪だが、こちらは緩いウェーブがかかっていて、それを自然と流している。
どちらも着ている着物は豪華だが、ウェーブの男性は紫やピンクといった着物だ。





そして、もう一人。





座っている自分からは余りよく見えないが、その人は前二人とは明らかに違う服装。
そう、鎧と言ってもいいような、そんな格好をしている。
髪は茶色ではなく、青。
自分の好きな兄も、その人と同じ髪の色をしていた。


「若菜……?」
「っ!」


自分の姿を見るなり呟かれた名前。
ここへきてから、自分は誰かに名乗ったりはしなかったし、そんな余裕などなかった。
だから、この世界で自分の名前を知る人など、いないはずなのに。
二人をどけて前に現れたその人は、私の目の前で膝をついた。
ハッキリとみえるその顔は、どこか自分の知っている物より大人になっているように思える。


「若菜、だよな?あぁ、この姿じゃわかんねぇか。俺だ、将臣だよ」


けれど、声や表情は自分の知っているまま。
何一つ、変わってはいない。


「お、兄ちゃん……?」


ようやく知り合いに巡り会えたという安心感か。
それとも、自分を助けてくれる人物がいたからか。
目の前の人物を将臣だと認識したところで、堪えていた物が堰を切ったように溢れ出した。
それを抱き止めてくれる大きな手。


「どうしてお前がここに来たのかは知らねぇけど、無事で良かった……」


自分にしがみついている若菜の背中を、そっと抱き返す。
すると、更に強い力でしがみつかれ、優しく撫でる。


「将臣殿の妹御ですか?」
「あぁ、若菜って言うんだ。それより知盛、どういうことか説明しろ」
「……面倒、だな」
「知盛!」


説明を求めても面倒の一言で済ませ、あまつさえどこか彼方を見る知盛に、鋭く一括する。
睨め付けるように彼を見れば、いかにも面倒だという態度でこれまでの経緯を、簡単に説明した。



夜中に侵入者が現れたと起こされたこと。
その時に若菜と会ったこと。
自分の太刀筋をかわされたこと。
牢獄や塗籠まで運ぶのが面倒で、自分の部屋に連れてきたこと。
それら全てを話せば、将臣は大きく頭を抱えた。


若菜が知盛と会ったのが幸いしたのか。
それとも、知盛と会ったことが不幸だったのか。
平家の武士に見つかっていれば、どんな扱いをされるかわかったものじゃないから、それを考えれば知盛で良かったのだろうが。


「それで、あなたはその娘をどうするつもりですか。有川将臣」
「清盛のところに連れて行くさ。一応、許可は取っとかねぇとな」


そう言って、将臣は経正に目配せをした。
その意味を悟った経正は、静かに笑みを湛え小さく頷く。


「では、着替えは私が取ってきましょう」
「すまねぇな。ほら、若菜。もう泣き止めって」

未だに泣きじゃくる若菜を宥めれば、しばらくしてしゃくり上げる音が聞こえてくる。
もう少しすれば、完全に涙も止まるだろう。
それまでに経正が着替えを持ってくるだろう。


「全く、軍議を開くつもりがないのなら、私は部屋へ戻ります」


そんな中、この現状に嫌気がさした惟盛が退室して行った。
それを横目で見ていた知盛は、眠気に襲われているのか、何度となく欠伸を繰り返している。
しばらくは部屋の柱にもたれかかっていた知盛だったが、何もすることがないとわかると、そのまま室内を横切った。


「……俺も、退室するとしよう」
「おい知盛。一体どこに行くつもりだ」


部屋から出る前に一言あれば、将臣の顔が訝しげに顰められる。
呼び止められたことに多少驚きながらも、緩慢な態度で振り返る。
その表情は昨夜の物とは全く違う。


「軍議は開かないのだろう……?ならば、自室で寝ていた方が得策……」


言いながらも口から出る欠伸が止まらない。
知盛の様子に将臣は小さく溜息をついた。


「わかった。何かあったら部屋に人を行かせる」
「……何もないことを、願うな」


心底面倒そうな表情を浮かべながら、知盛は部屋から出て行った。
残されたのは将臣と、涙の跡を頬に残す若菜だけ。


「落ち着いたか?」


訊ねれば、コクンと小さく頷いた。
ごしごしと涙を拭おうと頬を擦る若菜を、赤くなるから、とやんわりと止めさせる。
そうしてから、将臣は改めて妹の顔を見た。
自分の記憶にある物と大差ない若菜の姿。
多少小さく感じるのは、自分が成長したせいだろうか。


「しっかし、お前が知盛に連れてこられたときは驚いたぜ。けど、どうしてここに来たんだ?」
「お兄ちゃんの忘れ物を届けに、学校に行ったの。そしたら、のんちゃんが……」


校庭で見た望美の泣き顔。
あれは忘れようと思っても忘れられる物じゃない。
そして、何かを告げていたはずなのに、思い出せない。
きっと大切なことだと思うのに、どうして覚えていないのだろうか。


「そっか。若菜も一緒に巻き込まれたのか」


不意に黙り込んだ若菜に、将臣は勝手に解釈したらしい。
自分たちと同じように、激流に呑まれたのだと。


「将臣殿、入りますよ」
「ああ」


しばらくすれば、着替えを取りに行っていた経正が、その手に衣を持ってやって来た。


「女房の物を借りてきたので、若菜殿には大きいかもしれませんが……」
「いや、着れれば大丈夫だろ。若菜、着付けは出来るよな?」
「着物だよね?うん、大丈夫」


そう言って、経正から衣を受け取る。
隣の部屋をお使い下さい、と経正に今いる部屋の隣りへと案内された。
部屋に一人残され、畳の上に着物を広げる。


祖母がまだ存命だった頃。
若菜は祖母から舞を教わっていた。
日舞とは違うそれを、後に若菜に必要だから、と祖母自らが手取足取り教えてくれたのだ。
その際、着物の着付け方もしっかりと身につけさせられた。


「お婆ちゃんが言ってたのって、このことだったのかな……?」


着替えながらポツリと呟く。
いつも、どこか遠くを見ているような人だった。
勘がいい、と言えばそうだったのかもしれない。
祖母の予言めいた言葉に、幾度となく助けられた記憶もある。

だが、その祖母も数年前に他界した。
死の間際には、自分たち孫のことよりも、お隣さんである望美のことを気にしていた風だった。


そんなことを考えながらも、手は動く。
キュッ、と帯を締めてから、手を動かしたり身体を捻ったりして確認する。
姿見がないことが残念だった。
自分が着ていた服をたたんで手に持ち、隣の部屋にいるだろう二人へ声を掛ける。


「お兄ちゃん。着替え終わったけど、入ってもいい?」


すると、静かに襖が開かれた。
どうやら、開けてくれたのは経正らしい。
頭を下げて礼を言えば、逆に笑顔で返される。
優しげなその表情は、若菜の心を和ませてくれるのに充分だった。


「ま、そんなもんかな。ちゃんとした着替えは、後から用意してやるよ」


着替えた若菜の姿を確認して、将臣が大きな手で頭を撫でてくる。
それに少しだけくすぐったさを感じながらも、嫌じゃない自分がいる。


「んじゃ、行ってくる。経正、後で」
「はい、承知しました」
「よし、若菜。行くぜ」


部屋から出て行く将臣の後を追いかけながら、その場に残る経正にぺこりと頭を下げる。
それから障子を閉め、先を行く将臣の姿を追って小走りになった。















目的の部屋へ着くまでに、将臣がこの場所のことを説明してくれた。
自分たちがいるのは現代ではなく、過去の世界──しかも、実際には少し変わっている──だということ。
源平合戦は学校でも少し習ったが、余り詳しいことはわからない。
知っているのは、源氏と平家の将の名前と、その結末くらいだ。
そして、この邸はまさにその平家の本拠地らしい。
源氏との戦は始まっていて、将臣も将として戦に出ている。
その事実を知ったとき、若菜は驚かずにはいられなかった。

戦争など何も知らずに育ってきたのだ。
それなのに、生死をかけて戦場を駆け回っているなんて。


「そんなに心配すんなって。俺だって、それなりに強くなったんだぜ?」


力強い笑みを浮かべる将臣の瞳は、嘘をついているようには見えない。
それに、戦場から戻ってきたばかりだとも行っていた。
怪我が見えないと言うことは、その通りなのだろう。


「でも、気をつけてね?」
「ああ、わかってる」


今は怪我をしていなくとも、もしかしたら、ということもある。
いくら強くなっても、一瞬の隙が生死に繋がる。
ここはそういう世界なのだと理解した。





自分に向けられた刃の鋭さ。

今回はたまたま、頬を掠めただけですんだけれど、もしかしたらあのまま命を落としていたかもしれない。





改めてそう思うと、背筋が冷たくなった。
思わず自分自身を抱きしめれば、それに気付いた将臣が若菜を見る。
そこで、ようやく彼女の頬に走る一筋の傷跡に気が付いた。
すでに血は止まっているが、明らかに真新しい。
若菜を見付けたのは知盛。
ならば、この傷を付けたのも知盛だろう。
そっと傷に触れれば、若菜は小さく身体を震わせた。


「この傷、知盛がやったんだな」


質問ではなく、確認。
将臣の固い口調に、思わず頷いてしまう。
そうすると、今度は傷に触れないように頬に触れてきた。


「後から、ちゃんと手当てしとかねぇとな」
「うん」


姿は変われど、自分の知っている兄と全く変わらない。
そのことに少しだけホッとする。


「っと、着いたぜ。何つーか、まぁ、驚くなよ」
「?」


どこか歯切れの悪い将臣に、思わず首を傾げる。
話の流れから、自分はこれから平清盛と会うはずだ。
驚くなというのは、歴史上の人物が実際に目の前にいるからだろうか。
だが、それだったらこんな風には言わないはずだ。
だったら一体──?


「清盛、俺だ。入るぜ」
「重盛か、入るがいい」


部屋の中から聞こえてきた声は、どちからというと子供のそれに近い。
平清盛という人物は、もっと年配の人ではなかったか。
それに、重盛という名前も気になった。
ここにいるのは自分と将臣の二人だけ。
それ以外に誰がいるわけでもない。
入る、と言った将臣に、入るがいい、と言ったことから、重盛とは、将臣のことを言っているのだろう。
だがどうしてそんなことになっているのか。

訳がわからずに、思わず将臣を見上げる。
視線に気が付いたのか、将臣は苦笑を浮かべながら頭を撫でてくれた。
これは後から教えるという合図。
今は、部屋にいるだろう人物との面会が先。


「ほら、行くぜ」


頭を撫でたまま、将臣が障子を開ける。
将臣が部屋の中へ入れば、それに続くようにして若菜も部屋の中へと入った。










「此度の戦、ご苦労だった」










部屋の中にいたのは、若菜が想像していたような人物とはほど遠い。

外見だけなら、自分と同じかそれより下ではなかろうかと思われる、少年。










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