重なりあう時間 第三部 | ナノ
 


「いらっしゃい、浅水ちゃん」
「久し振りね、会いたかったわ」


そう言って出迎えてくれたのは、景時と朔。
変わっていないようで、やはりどこか変わったんだろうと思うのは、誰よりも自分が変わったせいか。
こうして彼らと再会するのも、三年振り。


「しばらく厄介になるね」
「厄介だなんて、そんなこと気にしなくてもいいのよ。私、あなたが来るのを楽しみにしていたんですもの」


曖昧にした言葉。
それは、滞在期間がどれだけの物になるか分からないから。
いくら納得して出てきたとはいえ、熊野が気になることに変わりはない。

いや、気になるのは熊野というよりヒノエのこと。





夢は、京に近付くにつれ、現実味を帯びてきた。















「そういえば、九郎はまだ来ていないんですか?」


荷物を部屋に置き、一息吐いたところで思い出したように弁慶が景時に尋ねた。
どうやら自分たちが今日着くと言うことは連絡していたようで、その口ぶりからすると九郎も一緒に出迎える予定だったらしい。
九郎と馬が合わない浅水に取って、彼はいてもいなくても変わらない気がするが、思えば彼とも会うのは三年振り。
あの青かった源氏の総大将が、どれだけ成長したのかは興味がある。


「九郎はもう少ししたら来るんじゃないかな〜」


あはは、と力なく笑う景時の視線があらぬ方向を向いている。
よく見れば、その表情もどこか引きつっているように見えた。
相変わらず、弁慶には頭が上がらないらしい。
景時がこうなのだから、九郎に至っては考えるだけ無駄では無かろうかと、頭のどこかで思う。
きっと、三年前と変わらずいるのだろう。


「仕方のない人ですね。僕たちが今日到着することは、伝えていたはずなのに」
「別にいいんじゃない?どうせ後から会えるんでしょ」


細かいことは気にしない、と浅水が景時のフォローに入ったのは、このままでは彼が可哀相に思えたからだ。
いくら慣れているとはいえ、毎度これでは景時ばかりではなく、周囲の人間も胃が痛くなりかねない。
ずっと身近にいるのならまだしも、時折熊野に帰ってくる程度しか弁慶と接触する機会がなかった自分には、少し厳しい物がある。
それに、その弁慶が作った薬を飲まされるのだけは勘弁してもらいたい。

最近は簡単な物なら自分で調合出来るようになったが、現在その薬草を持っているのは弁慶しかいない。
できることなら、薬の世話にはなりたくない物だ。


「……浅水さんに言われては、僕も引き下がるしかありませんね」


嘆息付きながらも、大人しく引き下がった弁慶にホッと胸を撫で下ろしたのは、浅水だけではなかった。


「それにしてもさ、浅水ちゃんも随分変わったよね」
「へ?」


景時が話題転換を持ち出したのは、これ以上話を長引かせないためか。
しかし、自分に話が振られると思っていなかった浅水は、ついつい自分の姿を見下ろす。


梶原邸に着いてからは、動きやすかった服から熊野にいたときのように着物に着替えていた。
けれど、持ってきた着物はそれほど華美ではない。
さすがに目立つような格好はマズイだろうと、なるべくシンプルな物を選んだつもりだ。
反物を選んだり贈ってくれたのはヒノエなので、いくらシンプルでもそれ相当の価値はあるが。


「本当に、綺麗になったわよね」
「ちょっと、おだてても何も出ないからね」


景時に引き続いて、朔までもがそんな言葉を言うから逆に驚いてしまう。
それに、綺麗になったというのは自分よりも朔の方だと思う。
始めて会ったときから綺麗だったが、今はそれに輪を掛けたようだ。


「それに、綺麗になったのは私よりも朔の方だと思うけど?還俗したらきっと求婚者が続出でしょうね」


彼女の髪は未だ肩口で揃えられたまま。
それは未だに黒龍への想いを胸の内に抱えているということ。
けれど、全てがあるべき姿に戻った今なら、新たな黒龍も生じているはずだ。


「あれ、朔。浅水ちゃんに教えてないのかい?」
「もう、兄上ったら。先に言わないでくださいな」


不思議そうに言う景時に、一体何のことだと首を傾げる。
視線だけで弁慶に訴えれば、含みのある笑顔が返ってくるだけ。
朔は一体何を隠しているのだろう。
近況は文で教えてくれていたのだから、熊野から京に来る間に起きたことなのだろうか。
けれど、それなら弁慶も知らないはず。
彼の様子を見る限りでは、どうやら弁慶もそのことは知っているらしい。
だとしたら、それは自分だけが知らないこと。

朔はその場に立ち上がると、隣の部屋の襖を開けた。


「入ってきていいわよ」


隣の部屋に、誰かがいたのだろう。
朔の呼びかけに誰かが応える声が聞こえた。
けれど、そこの声はどちらかと言えば少し高い。
子供の声、といったところか。
そこまで考えて、ハタと考える。

三年前は梶原邸に子供の姿など無かったはず。
もし仮に、本当に子供だとしたら、それは景時か朔の子供と言うことになる。
そして、自分に隠していること。
還俗したら、と言った自分に、教えていないのか?と聞いたのは景時だ。
それらから考えられるのは、朔の子供、となるのではないのだろうか。


「浅水は彼に会うのは初めてだったわよね」


そう言って、朔の隣に現れたのは確かに子供。
けれど、その姿は以前にも見たことがある。



身に纏う衣の色は違うけれど、その容姿と、この世界では見慣れない服装は確かに。





「こ、くりゅう……?」





浅水が零した言葉が耳に届いたのか、京を守護する龍神の片割れは小さく頷いた。










しばらく呆然としていた浅水は、目の前の現実に思わず逃避したくなった。
一体どうして彼の神がここにいるのか。
黒龍がここにいるということは、白龍もどこかに存在しているのだろうか。

朔を見れば、これまで見たこともないような満面の笑みを浮かべている。
それもそうか。
かつて夫婦としての契りを黒龍と結んだ、という話は三年前に聞いている。
この様子だと、きっと還俗も済ませているのだろう。
思えば朔の着ている着物は以前と違い、明るく華やかだ。
どうしてそこに気付かなかったのだろうと、溜息をついた。


「どういうことか、説明してくれるわよね?」


もうどこから突っ込んでいい物か分からない。

この世界に着てから、多少のことでは動じなくなったが、これは久し振りのヒットだ。
自分で考えても、思考回路が追いつかない。
そうなれば、いっそのこと当事者に全てを説明してもらった方が早いだろう。


「私も、良くは分からない。気付いたら、神子の元へ来ていた」


朔の隣に座った黒龍が、たどたどしい言葉で口にする。

朔と同じように肩口で揃えられた髪は、白龍とは違い漆黒。
着ている服は、かつての小さい白龍と全く同じだが使われている色は紫紺。
なるほど、黒龍というだけはある。


「黒龍が私のところへやって来たのは、半年前よ」
「いつの間にかいたから、ホントあのときは驚いたな〜」


黒龍の言葉を補足するような形で朔と景時が言葉を続ける。
一瞬、自分の夢と黒龍の出現が何か関わっているのでは、と思ったが、半年も前ならば違うだろう。
自分が夢を見始めたのは、少なくとも一月くらい前からだ。


「前は力を失って人の姿になったんでしょ?今回は違うの?それに、黒龍がいるなら白龍もいると思うんだけど」
「白いのは、いないよ」
「いない、というのは穏やかではありませんね」


会話に入ってきた弁慶に、思わず驚いた。
てっきりその辺りの話は済んでいると思ったからだ。
それを伝えれば、どうやら弁慶も詳しい話を聞くのはこれが始めてだとか。


「じゃあ、一体白龍はどこにいるわけ?」


京を守護する龍神が分かたれた。
それは、五行の乱れに繋がることになる。


「わからない。白いのは、囚われている」
「囚われ……って、一体誰がそんなこと出来るって言うのよ」
「……わからない」
「浅水、少し落ち着いて頂戴。黒龍が怯えてしまうわ」


つい声を荒らげれば、それを宥めるように朔が口を開く。
けれど、朔が庇うのは当然の事ながらもっぱら黒龍で、このままではこちらが悪者になりかねない。


荼吉尼天はあのとき確かに滅ぼしたはず。
頼朝の正室である政子も、今では普通の人間と変わらないはずだ。
だとしたら、荼吉尼天以外の神が介入しているとでもいうのか。
この京でそこまで強い神気は感じられない。


「一度、調べてみる必要があるかもね」
「そうですね。僕も持っている文献を調べてみます」


浅水の言葉に頷く弁慶を見て、そういえばとじっと彼を見る。


「僕がどうかしましたか?」


自分が凝視されていることに、怪訝そうにする弁慶に一言。



「今回は弁慶の仕業、ってことはないよね?」



それにギョッとしたのは弁慶よりも景時の方だった。


「ちょ、浅水ちゃん!弁慶に限ってそんなことっ」
「……君は、僕がやったとでも思うんですか?」
「いや、それだったらどれだけ楽かなと」


地雷だった。

後悔したのは、弁慶の発するどす黒いオーラを目の当たりにしてから。
黒龍が現れた意味を知らなかった弁慶が、今回のことに関わっているとは思えない。
それ以外の何かがあるのだ。

一度、調べ物のついでに顔を出さなければいけないな、とぼんやりと思う。


「浅水」


名を呼ばれて思わず声のした方を見れば、黒龍が自分の目の前にいた。
白龍もそうだったが、黒龍も小さい姿の時は随分と可愛い。
けれど、目の前の真剣な表情を見ると、そんなことを思っていても口には出せなかった。


「何、黒龍」
「逆鱗を、離さないで」
「逆鱗、ってこれ?」
「そう」


逆鱗と言われて思い浮かぶ物はただ一つ。
望美から譲り受けた、白龍の逆鱗。
それを袷から引き出してみれば、黒龍はそれをそっと両手で包んだ。


「それって、望美からもらった物よね?」
「持ってきたんですか?」
「うん、何となくだけど」


自分でもどうしてこれを持ってきたのか分からない。
けれど、黒龍がこれを離すなと言うのなら、自分はこれを持ち歩くことにしよう。

小さくても神であることに違いはないのだ。
そして、今は違っていても神職にあった自分。
四神の力も未だ健在。

きっとそれは、いつか一つに繋がるのだろう。


「いつかきっと、逆鱗はあなたの役に立つよ」
「そう言うことなら、従うわ」


再び逆鱗を着物の袷の中へと終い入れる。
望美と違い、白龍の神子ではない自分が逆鱗を使えるとは思えない。
だが、黒龍が役に立つというのだ。
信じても罰は当たらないだろう。


「すまん、遅くなった!」


突然そんな声と共に障子が開かれる。
気持ちいいほど勢いよく、音を立てて開かれた障子の向こうに立っていたのは、息を切らせた九郎の姿。
どれほど急いでいたのだろうか。
よく見れば息の他に、髪までも乱れている。

その姿に思わず浅水が吹き出せば、それに続いて部屋の中が笑いに包まれた。


「な、何だお前たち。人の姿を見て笑う奴があるか!」


自分が笑われている理由を知らない九郎が、不機嫌も露わにして声を上げるが、それさえも笑いに繋がる。
ひとしきり笑ったところで、ようやく再会の言葉を交わすが、変わりのない姿に再び笑いが込み上がって来る。
それに九郎がまた声を上げるというエンドレス。
たまにはこういう物も良いかもしれない。










その晩は、再会の宴が開かれ夜遅くまで続いた。










懐かしいのはそこにみんながいるから 










京編は思いがけないキャラ登場
2009.1.26
 
  

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