重なりあう時間 第三部 | ナノ
 


白龍の言葉に浅水が頭を悩ませていても、周囲が止まっているわけではない。
早々に総門を突破すれば、水軍衆が平家の武将を捕らえてきた。
どうやらそれを命じたのはヒノエらしい、と気付いたのは水軍衆がヒノエに告げた言葉から。
何となくヒノエがしそうなことを考えれば、いちいち口を挟むことはない。
偽の情報を流し、守りが堅い行宮から平家をおびき出すのだろう。
そうすれば、手薄になった行宮を叩くことが出来る。
行宮さえ押さえ込めれば、例えおびき出された平家が戻ってきても問題ではない。


何も知らない望美はそうではないようだったが。


だが、やはりどこか引っかかる。
浅水が夢で見ていたのはヒノエの最期だけ。
そこに至るまでの経過は見ていないだけに、何があったのかは分からない。
熊野水軍以外で名前が出ているのは、阿波水軍だけ。
平家から離反したと言っていたが、果たしてそれが事実なのかまでは、確認していないはずだ。


「警戒するに越したことはない、か」


ヒノエの姿を視界に入れながら、そっと溜息をつく。
あの悲しい運命を変える事が出来たと思ってはいるけれど、それをこの目で確認するまでは信用出来ない。


「浅水」
「ヒノエ、どうかしたわけ?」


名を呼ばれて振り返れば、そこにいたのはヒノエだった。
今回は源氏の総大将である九郎より、ヒノエが中心となって動いている。
牟礼浜へ一度進み、熊野水軍が平家を引き付けている間に、一度総門まで戻ってきた。
今は迂回するためのルートを探っているため、小休憩と言ったところか。
だが、それが見つかればまたすぐに動くことになる。


「これから行宮へ行くからね。その前に憂い顔の姫君のご機嫌伺いに」
「憂い顔、ね。そんな顔してる?」
「ああ、福原からずっとね」


ヒノエに言われるくらいなら本当なのだろう。
あれほど表情に出さないように教育を受けてきたはずなのに、こうもあっさりと顔に出るなんて情けない。
そう思うと、更に深い溜息が出た。


「何か心配事でもあるのかい?」
「心配、ね。確かに、阿波水軍については怪しいんだけど」


だが、ヒノエがそれを確認するために今動いていることも、重々承知しているのである。
ヒノエを信用していないわけではないが、不安という物はどうにもついて回ってくる。


「なら、オレの側にいればいい」


不意にそんなことを言われ、思わず首を傾げる。
ヒノエの側というのは、言葉通りの意味だろう。
だがそれは、浅水も前線に出ていくということだ。
事情を知っているヒノエなら構わないだろうが、それ以外の人から見れば浅水は非戦闘員でしかない。


問題があるとすれば、九郎だろう。


そうでなくとも、彼は女子供が戦に加わることを良しとしていない。
事実、それは自分が身をもって経験していることだ。
この世界の浅水は、どう考えても治療要員。
きっと九郎は許したりしないだろう。


「大丈夫。オレが守ってやるって」


ヒノエの言葉に嘘偽りはない。
一度口にしたことは、何があっても守るのがヒノエの信条だ。
それに、ヒノエの側にいた方が浅水にとっても何かと便利なのは確かだ。

手を差し伸べてくるヒノエに、少し躊躇った後自分の手を差し伸べる。
ヒノエがしっかりとその手を握りしめたとき、空からヒラリと何かが舞い降りた。
空は晴れているのに、舞い降りたのは白いそれ。


「風花、か」
「へえ、よく知ってるね」


冬の晴れた日には、風の吹く前に雪がちらつくときもある。
それが花のようにも見えることから付けられた名前。
熊野でも、稀に風花は見ることが出来た。
ここ数年はあまり見ていないが、いつかこうして、またヒノエと二人で見ることが出来るだろうか。


「頭領!お待たせしやした」


暫く無言でその場の景色を眺めていれば、ヒノエを呼ぶ水軍衆の声。
きっと、ルートが確保できたのだろう。
ならば早く行宮へ向けて進まねばなるまい。


「ヒノエ、行こう」
「そうだな、行宮を出た軍勢が戻ってくる前に、一気に駆けて行宮を落とす」


繋いだままのヒノエの手に、力がこもったような気がした。
この先に待ちかまえているのはきっと忠度だろう。
源氏につくと決めたときから、ヒノエだって覚悟はしてきたはずだ。
それをとやかく言う権利は浅水にはない。

そして、敦盛にとっても今回の戦が一番堪えるだろう。
これまで正面切って平家の武将と戦ったことはなかったはず。
いくら一門を抜けたとはいえ、その身体に流れているのは間違いなく同じ血なのだ。

だが、源氏と平家が戦う限りそれはいつだってついて回ること。
それが分かっているだけに、早く戦が終わればいいのにと思うのは過去も今も変わらない。















忠度との戦に勝てば、やはり彼は鎌倉へ護送されることとなった。
この先のことは、いくら運を天に任せるしかないとはいえ、頼朝がどんな処分を下すのかは目に見えている。
だからこそ、ヒノエの表情も一段と沈んでいる。
忠度から託された手紙は、彼の妻でありヒノエの叔母への物。
いくら覚悟が出来ていたとしても、最愛の人を亡くした悲しみは深い。


「後は適当に片付けといてくれ」


それだけ告げて、一人離れていくヒノエの後ろ姿。
いくら時空が違うとはいえ、そんなヒノエを一人にしておけるはずなどない。
何やら望美もヒノエを気に掛けているようだ。
これは先に行動した者の勝ちだろう。


「私も少し抜けるわね」


それだけ告げてヒノエの後を追う。
きっとそう遠くまでは行っていないはず。
そう踏んで山の方へと踏み入れば、簡単にヒノエの後ろ姿を見付けることができた。


「ヒノエ」
「浅水?」


声を掛けながら近寄れば、何かあったか?と普段と変わらぬ表情で返してくる。
だが、その瞳だけは正直に感傷を映し出している。
こういうとき、叩き込まれた教育は厄介だと思う。

立場のせいで、決して人前では見せられない弱い部分。


「ああ、そうか。浅水はこうなるって知ってたんだよな」
「……うん。慰めるくらいなら、できるけど?」
「そうだな……と思ったけど、ゆっくり感傷に浸る暇もないらしい」


はあ、と大きく溜息をつくヒノエは、本当に疲れているようだった。
けれどそれに気付いたのはヒノエだけではなく、浅水も同じ。

二人の側に、気配を殺して近付いてくる人。
殺気や悪意は感じられないが、安易に気を抜くことも出来ない。


「出てこいよ」
「すいません、頭領……」


ヒノエの誰何に姿を現したのは、熊野水軍の一人だった。

話を聞くと、どうやら平家の武将たちを捕らえたらしい。
それから厳島に終結しつつあるという話と、清盛が蘇ったという話。
清盛の話が出たときに、ヒノエが言葉には出さず浅水に視線で真偽を確かめてきた。

もちろん、それは浅水が一度この源平合戦を経験しているからである。
流れは違うとしても、基本的なことは変わらない。
みんなの前でそれを言うのはさすがにまずいが、ヒノエならばいいだろう。

それに頷きながら、還内府のことが話に上がると、将臣のことも話した方がいいのだろうかと疑問に思う。
だが、還内府のことは望美も知らないようだった。
知らないならば、下手に話す必要もないのでは、と思う。
余計な情報は混乱をもたらすだけだ。
それに、ここまで来てしまえば顔を合わせるのも時間の問題だろう。


「それじゃ、みんなのところへ戻ろうか」
「今頃、熊野水軍と合流してるはずだから、牟礼浜まで行った方が早いかもね」


報告を受けた後、みんなの元へ戻ろうとすれば、それより先に現れたのが阿波水軍だった。
それに何となく嫌な予感を感じながらも、ヒノエは全くそういうそぶりを見せないので、杞憂だろうかと思ってしまう。
だが、嫌な予感ほどよく当たる物。
浅水は警戒したまま、ヒノエの後ろに隠れるようにして阿波水軍の様子を見ることにした。


「敵の大将の一人を海上で捕まえて、今こっちの船に乗せてるぜ!」
「へえ……」


いかにも嘘だと言わんばかりのその言葉。
ヒノエなら簡単に引っかかったりはしないと思うが、もしこれが本当だった場合が怖い。
阿波水軍の船に平家の大将が本当に乗っていたら、それを知りながら放置していたことになる。
だが、もし嘘だったら……?

阿波水軍にとって、熊野水軍は目の上のたんこぶでしかない。

熊野の頭を亡き者にすれば、しばらくは余計な邪魔が入らずに済むだろう。
見極めが厳しい場合の対処法は教えられている。
だからこそ、ヒノエの取る行動も目に見えて分かった。


「行ってみようぜ、浅水」
「ま、そんなことだろうとは思ったけどね」


やっぱりか、と肩を竦めながらヒノエの後を追う。
嘘でも本当でも、考えられる全てのことを把握してから動かなければならない。
ヒノエは、阿波水軍の話が本当だった場合のことを考えたのだろう。


「ヒノエ……」
「分かってる。浅水も気を付けなよ?」


阿波水軍の船に乗る前に、そっと言葉を交わす。
やはりヒノエも彼らの話に疑問を抱いていたのだろう。
どこか緊張したその口調は、これから起こりうることを考えているせいか。





何か策があるのなら、せめてそれを表情に出してはいけない。
表情は、見る人に全てを話してしまうのだ。


そして、阿波水軍の表情はいかにも何か企んでいると言わんばかり。
ニヤニヤと笑みを浮かべるその顔は、撒いた餌に魚が釣れたときと同じである。
それをヒノエが気付かないと思っているのだろうか。
もしそうならば、阿波水軍は救いようのない馬鹿である。

船に乗りながら、浅水は同情の溜息を覚えた。










それにすら気付かないなんて、救いようがない 










色々とカットしてます
2009.7.24
 
  

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