重なりあう時間 第三部 | ナノ
 


平家を追う源氏は、そのまま屋島まで向かうことになった。
福原を落としてから、それまで様子見をしていた武士団が次々と源氏の元へ集う。
その様子を眺めながら、浅水は陣幕の中でぼんやりと辺りを眺めていた。


弁慶の妻となった時空から、ヒノエの生きている時空へ辿り着いてから、彼の死を見る夢は一度も見ていない。
ということは、ヒノエが縄抜けを会得したことにより、この時空の運命は変わったのだ。
ならば、自分がここからいなくなるまでそう時間は掛からないはず。
源平合戦の決着が付くまでなのか、今ここでなのか。
問題があるとすれば、次に辿り着く場所だ。
それが自分の知る時空なのか、またしても見知らぬ時空なのかは見当も付かない。


できることなら、いい加減自分の在るべき場所へ戻りたいと願ってしまう。
例えヒノエに会えないとしても。


「何かあったのかな?」


少し前に、望美が九郎の元で何かをしていた。
そういえば、九郎が兵に伝令を走らせていたような気もする。
まさか平家が攻めてきたとは思えない。
もしそうだとしたら、もっと緊迫感があっていいはずだ。


「浅水さん、こんなところにいたんですか」
「ええ、今ならゆっくり休憩ができるでしょう?」


戻りしな、望美がこちらを見付けたらしく、笑顔で歩み寄ってくる。
口調に気を付けながら返事を返せば、望美も周囲を見回しながらそうですね、と返してくる。
平家が陣を構えている屋島まではまだ遠い。
その前に総門があるが、どうやら平家はそこの守りを固めていても、こちらまで進軍はしてこないようだ。
戦になる前に休息が取れるのはありがたい。
だが、こちらが休息をとれるということは、相手も同じ条件であるということ。
あまり諸手を上げて喜べる物ではない。


「そういえば、九郎殿に何か用でもあったの?」
「阿波水軍がやって来て、平家の情報を持ってきたんですよ。それで、ヒノエくんが九郎さんに連絡して裏を取るって」


何気なく望美が何をしに来たのかを探れば、阿波水軍の名前に小さく反応する。
確か阿波水軍は平家についていたはずだ。
それなのにわざわざ源氏にやって来るとは。
何かの罠なのか、それとも本当に平家から離反したのか。
しかも、平家の情報を持ってきたという。
確かに、ヒノエの言うとおり裏を取っておくに越したことはない。

だが、心配事はそれだけじゃない。

今まで見ていた夢を考えれば、ヒノエが最期を迎えたのは船の上。
あの船は熊野の物ではなかった。
そして今話に上っている阿波水軍。
もしかしたら、という思いが胸を過ぎる。


「浅水さん?どうかしたんですか?」


思案していれば、望美がこちらの顔を覗き込むようにしているのが見えた。
そういえば、こちらの浅水は自分とは違って水軍についてはからきしだった。
思うように動けないことに苛立ちを覚える。


「別に、何でもないわ。それで、裏は取れたのかしら?」
「はい。物見を出して確かめたら、阿波水軍の言ってたとおりだったって」
「……そう」


その話を今からヒノエに持って行くのだとしたら、きっと彼は行動を起こすのだろう。
すでに運命は変わっているけれど、この目で確認するまでは安心できない。
この先もヒノエと行動を共にした方がいいことは確かだ。


「ヒノエは、何か策でもあるのかしら?」


それとなく探りを入れてみれば、ヒノエは一計を案じるために打ち合わせに行ったとか。
ヒノエが打ち合わせということは、九郎にではなく、水軍衆にだろうか。
そうでなければ、きっと望美にも話しているだろう。
今の自分ではヒノエに付いていっても詳細を教えてもらえるはずもない。
ならば、ヒノエ自身が話してくるまで待つしかないか。


「そういえば、最近ヒノエくんと浅水さんって仲がいいですよね」
「え?」


突然そんなことを言われて、思わず返答に詰まる。
確かに、何かとヒノエと一緒にいることは多いが、そこまでだっただろうか。


「そうかしら?」
「そうですよ!」


首を傾げてみれば、もの凄い勢いで望美が顔を近づけてくる。
これは女子高生特有のテンションだなぁ、と思うと、思わず失笑してしまいそうになる。
この世界へ来るまでは望美と同い年だったというのに、運命の悪戯のせいで高校生の頃の記憶は遠い過去の物だ。


「何て言うか……浅水さんへの態度が、これまでと違うんですよね」


腕を組んで考え始める望美に、少しだけヒヤリとする。
自分が来る前の浅水がどんな態度を取っていたかまでは分からない。
分からないからこそ、どうしてもこれまでと同じような態度を取ってしまう。
もしかしたら、望美はそれを感じ取っているのかもしれない。
恋愛に対しては鈍いが、それ以外に関しては鋭いのだ。
それを思い出せば、これからは殊更気を付けなければならない。


「神子!」
「白龍、どうしたの?」


不意に望美が白龍に呼ばれれば、その話題はそこで終わった。
内心安堵しながらも、どこか肝が冷えたことに変わりはない。
白龍が望美に何やら告げれば、彼女はそのままどこかへと行ってしまった。
恐らくヒノエの元だろうことは想像が付く。

ああ、けれど。

もしヒノエが阿波水軍に対して何かしら行動を取るというのなら、自分も彼の元へ行った方がいいかもしれない。
そう思い、その場から立ち上がろうとする。
だが、自分の方に影が出来た。
何も日陰になるような物はなかったはず、と上を見上げれば、そこにいたのは白龍だった。
望美と一緒に移動したのかと思っていたのに、どうして彼がここに残っているのだろう。





「あなたは、浅水だけれど浅水ではないね?」





まるで謎かけのような白龍の言葉。
だが、自分には何のことかよく分かりすぎるそれ。
やはり神である白龍にはお見通しということか。


「どうやったら私は元の時空に戻れるのかしらね?」


肯定の意味を兼ねて、敢えて質問に質問で返してみる。
思えば、朱雀二人はいつだって質問に質問で返してばかりいた。
きっと他の人ならば文句を言うだろうそれに、白龍は何も言わなかった。
それどころか、こちらが問い返したことへの返事を返してきた。


「それは私にも分からない。ただ、浅水がこの時空へやって来てのは私の逆鱗の力だね?」


白龍はそう言うが、神にも分からないことがあるということの方が驚きだ。
だが、ここへやって来たのは逆鱗の力だとわかるのか、と思わず着物の中にある逆鱗を確かめる。
これが関係しているのだから、帰るときも逆鱗なのだろうか。
白龍に尋ねてみたかったが、もしそれも分からないと言われたら困るので、止めておいた。


「私がここの浅水じゃないと気付いたのはどうして?」


そういえば、と思い出して白龍が自分に気付いた理由を問うてみる。
人ならざる力と言われてしまえばそれまでだが、少しだけ興味があった。


「これまでの浅水と今の浅水は、その身に纏う気が違うよ?」


だが、白龍が言ったのはすごく基本的な物。
自分の神気にヒノエが気付いたのと、ほとんど似たような答えだった。
時空が違えば纏う気も違うのだろうか?
それとも、性格が違えば纏う気も違うのか。
考えてみたところであまりいい答えは出てきそうもなかった。



「それと、浅水はそれを持っていなかった。それは四神が浅水に託した物だね?」



そう言って、白龍が示したのは腰に穿いている小太刀。
確かにこちらの浅水は武器という物を持っていなかった。
しかも、それが四神の気に満ちている物だとすれば、本当に浅水かと疑って掛かるのも当然か。
少しだけ肩を竦め、降参、と諸手を上げる。


「白龍の言う通り、これは四神の力の媒体。この小太刀を通して、私は四神の力を借りてるんだ」


小太刀を外しながら告げれば、白龍が触れてもいいかと聞いてきた。
それを渡すことで返事に変えれば、まるで壊れ物にでも触れるかのように白龍が小太刀を手に取る。
その瞬間、何か目に見えないものが周囲を取り囲んだように思えた。


わかりやすく言い換えるなら、これは神気だろうか。


白龍の神気と四神の神気。
その両方が、源氏の陣幕を包み込んでいる。

ヒノエや弁慶ならきっと気付いただろうそれ。
けれど、一瞬でそれが掻き消える。
何事もなかったように小太刀を返されれば、大人しくそれを受け取って再び腰へと戻す。


「そうか……浅水は自分を取り戻しに来たんだね」


ポツリと呟かれた言葉。
それは、自分でもまだよくわかっていない物。
黒龍にも言われ、自分自身にも言われた「自身の欠けた一部」
未だにそれが何かは理解すらしていない。


「白龍は、私の欠けた一部が何か知ってるの?」
「え?」


尋ねれば、まさかそんな質問を受けるとは思っていなかった、と言わんばかりに驚かれる。
そんなにわかりやすい物なのだろうか。
それとも、知らない自分がおかしいのか。
どちらにせよ、教えてもらえる物ならば教えて欲しい。


「浅水は、それが何か分からない?」
「分からないから聞いてるんだけど」
「そうか……だから神子も分からないんだね」
「望美が、どうかしたわけ?」


自分が分からないとどうして望美まで分からないのか。
そこまで考えて、望美が自分に敬称を付けていることに何か関係しているのかと思う。
敢えてここの浅水が望美に従姉妹だと名乗らずにいるのなら。
この戦が終わってから名乗るつもりならば、知らずにいても仕方がないのかもしれない。


けれど、白竜から返ってきた返事は、浅水が思っていた物とは違っていた。





「神子の目には、浅水は従姉妹の名を持つ別人としか映っていないよ」





これには驚くほかなかった。

どうして。

例え態度が違っていたとしても、姿は現代にいたときとほとんど変わっていないはずだ。
それなのに、どうして別人に映るのだろう。
どう考えてもおかしいではないか。


「何で、望美の目に私は浅水として映らないわけ?」


こんなこと、あっていいはずがない。
それとも、欠けた一部が何か分かれば、その理由もわかるのだろうか。


「だって、ここの浅水は浅水じゃないから」


白龍の言葉は謎が深まっていくばかり。
ここの浅水は浅水じゃない?
だったら自分は一体何だというのか。





「お前はどこにもいない。今ここにいる姫君が、唯一の『浅水』だよ」





いつかどこかで聞いた言葉。

それを今ここで思い出すのは、どうして──。










答えはどこにあるの 










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2009.7.17
 
  

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