重なりあう時間 第三部 | ナノ
 


本宮で一夜を明かしてからは、目が回るほどの忙しさで物事が進んでいった。
九郎と約束した日数は半月。
源氏の陣から熊野に来るまでの移動で数日潰れている。
既に熊野から大輪田泊へ向けて出航はしていた。
残された日数は、熊野にやって来ただけの時間より余分に残ってはいた物の、船を運ぶことを考えれば少し厳しい。


「まさか、陸揚げして船を運ぶなんてね」


ボソリ、と呟けば耳に届いていたのか、ヒノエが「名案だったろ?」と口元を斜めに釣り上げた。



熊野を出る際、海峡が封鎖されているのにどうやって船を運ぶつもりなのか、ヒノエに問い質した。
いくら熊野水軍に力が合ったとして、封鎖されている海峡を強引に進むことは出来ない。
それに、九郎たちと合流する前に熊野が源氏方に付いたと知られては、海と陸から平家の陣を叩くことが出来なくなる。
もちろんヒノエもそれは考えていたようで、淡路島に船団ごと陸揚げをして船を運ぶのだと、こともなげに言ってのけた。

確かに、屈強な水軍衆がいればそれも可能だが、船で進むより時間がかかることは明白。
事実、陸揚げして海へ運んだ船に乗り込んだのは、約束だった半月を目前に控えてからだった。
望美は待っていると告げたが、弁慶辺りは約束を過ぎても水軍が現れないことで、平家に対して打って出たかもしれない。


「このままなら、一両日中には源氏の軍へつけるよ」
「問題は、平家に打って出ているかどうか、ってところね」


船頭部にいた浅水の元へやってくると、ヒノエは隣に立って海を見た。
そんなヒノエの横顔は自分のよく知っている顔。
戦であろうと何であろうと、航海をしていると輝く瞳。
それは、彼がどれだけ海を愛しているかにも繋がる。


「九郎や弁慶が先走らないことを願いたいね」


肩を竦めて同意するということは、やはりヒノエも同じ心配をしているらしい。
平家に対して攻めもせず、ただ一ヶ所で守りの構えを取っただけの源氏。
それは、攻めてこいと告げているのも同じような物だ。

生身の人間と違い、一度死んで怨霊となってしまえば疲れなど関係ない。

きっと、昼夜問わず怨霊が源氏に向けて放たれているのだろう。
だからこそヒノエも半月が限界だと思ったのか。
けれど、その半月の間にたどり着けなければ、源氏が敗れる可能性も出てくる。


「ああ、そういえば一つ確認したいことがあるんだけど」
「何?」


海風を受けて考えにふけっていれば、不意に何かを思い出したようにヒノエが声を上げた。
それに首を傾げてみれば、彼の指が指し示したのは浅水の腰にある小太刀。
そういえば、これについては話したことがなかったかもしれない。

だが、ヒノエのことだから小太刀から滲み出ている神気には気付いているだろう。
これがあるからこそ、浅水はこの時空でも足手まといにならなくて済む。


「その小太刀、ちゃんと扱えるわけ?」


やはり。

ヒノエが効いてきたのは至極当然なこと。
普通、聞いてくるならもっと早く聞いてくるはずだが、と思えなくもない。
どうやらこちらの浅水が戦力外だったと知ったのは、源氏の陣で望美が武器に驚いていたときだ。
きっと戦の時は陣に残り、怪我人の救護に回っていたのだろう。
あんな動きにくい格好では、上手く立ち回りなど出来ない。

実は熊野から出発する際、ヒノエに頼み込んで動きやすい着物を用意して貰った。
今の浅水が着ているのはその着物であり、こちらに着たときに着ていた着物は、荷物として持っている。


「大丈夫、ちゃんと習ったからね」
「それはリズ先生に?」
「リズせんせは違うよ。私が習ったのは、湛快さん」
「はあっ?!」


驚いたようにヒノエが声を上げれば、一体どうしたのかと水軍衆の視線が集まる。
それを何でもないと蹴散らせば、ヒノエは内緒話でもするかのように肩を寄せてきた。


「あの親父にいつ習ったっていうんだよ」


熊野に滞在していた時間は一日もない。
しかも夜はヒノエの縄抜けの練習を見ていたのだ。
湛快と話しているのは見かけたが、それは戦い方を師事していたようには見えなかった。

──もちろん、浅水が教わったのはここではない、別の時空の湛快なのだから当然といえばとうぜんなのだが──

だが、ヒノエとしてはそれがどの湛快でも気に入らないらしい。
やはりフルネームを教えたことが、何かしら関係しているのだろうか。


「ま、ヒノエの知らない間にね」
「親父に習ったって言うのは気に入らないけど、扱えるならいいんだ」


それが最終確認だったのか、ヒノエはひらりと身を翻してその場から離れていった。
きっと、大輪田泊へ付いてからの算段でも確認しに行ったのだろう。
本当の戦いは熊野水軍が源氏と合流してからだ。


「ちゃんと大人しく待ってればいいけど」


心配なのは、ただそれだけ。
ようやく源氏と合流できるのに、その場に彼らがいなければ意味などないのだから。
気持ちばかり急いてしまうのは、自分自身焦りを感じているからだろう。















大輪田泊が視界で確認出来るようになる少し前。
熊野水軍は準備していた白い旗をその船に掲げ始めた。

こちらから大輪田泊を確認できるのなら、それは陸から船を確認出来ると同じこと。
白は源氏を現す色だ。
それを熊野水軍が掲げていれば、意味するところは一つしかない。


「待ってろよ、今行く。あと少し、持ちこたえろっ!」


船の上から出来ることは、彼らの無事を願うことだけ。
陸に着いてさえしまえば望美たちと合流することが出来る。


「何とか堪えてくれたみたいだね」


源氏の陣が確認できるようになれば、約束通り自分たちを待っていてくれたのだと分かる。
約束の半月は過ぎているのに、そこに陣があるのが何よりの証拠。


「浅水、着いたら直ぐに合流する」
「わかった」


誰に、とは言わずともわかる。
熊野水軍が現れたと同時に、陸からの攻撃も始まっているはずだ。
自分たちが次にすることはみんなと合流すること。



こうして再び戦に身を置くなど、考えてもいなかった。



あの時、戦場を疾走しながら何を考えていたのか。
無我夢中だった当時より、今の方が分かる気がする。
大切な人を守るため、幸せな未来のため。

きっと、みんなが考えていたのは多少の違いこそあれ、根元は同じ物。

そして自分が今ここに在るのも、ヒノエを助けたいから。


「ヒノエ。着いたら生田へ急いで」
「生田?そりゃ、向かうけど……急げってことは、生田に誰かいるのかい?」


自分の記憶のままならば、生田にいるのは知盛だ。
彼の実力は確かな物。
それを考えれば、戦力はいくらあってもいいはず。


「平、知盛」
「なるほどね、だったら急いだ方がいいな」


いつの間に着いていたのか。
ヒノエに促されるまま船を下りれば、そのまま足は地面を蹴っていた。

馬などあるはずもなく、移動は自分自身の足。
目一杯動かして目的の場所へと駆けていく。


早く、早く。


進むにつれ怨霊の数が多くなってくるが、それこそ近付いている証拠でもある。
できるだけ力を温存すべく怨霊との戦闘は避けていけば、見慣れた姿をようやく捕らえることが出来た。
だが、そこにいるのは仲間たちだけではなく。

やはり平知盛の姿もそこにあった。

剣の切っ先を望美へ向ける様は、まるで宴を楽しんでいるかのよう。
酒の変わりに血が振る舞われる宴会など、謹んで自体したいくらいだ。


「おっと待ったっ!あんたの敵はこのオレだ、間違えるんじゃねえよ」
「望美っ、みんな!無事だね」
「ヒノエくん、浅水さんっ!」


知盛と望美質の間に割るように入れば、どうやらまだ剣を合わせてはいなかったらしい。
それに安堵する物の、ここで知盛が剣を収めるような男でないことは、誰もがよく知っている。

だが、剣を向けて来る者を見逃すほど、源氏も甘くはない。

きっと知盛は平家が逃れるまでの殿も務めるはずだ。
できることならここで討ち取りたいが、知盛がここで倒れないことを浅水は知っている。
ならば、自分が出来るのはなるべく彼に傷を付けておくこと。

次の戦まで癒えぬ傷を作ってしまえば、知盛が現れることはないだろう。
戦力を少しでも減らせるならば、やらぬよりもやった方がいい。


「姫君に対して剣を抜いた罪、償って貰うぜ、知盛」


知盛に対してそんなことを言ってのけるヒノエに、思わず突っ込みを入れたくなったが、そこは黙っておく。
ヒノエが武器を構えれば、途端に知盛の目が細められた。
きっと刃を交えることを喜んでいるのだろう。
ある意味危険な男である。


「浅水さんは下がっててください」


そう言って、望美が浅水の前に出ようとするが、望美の肩に軽く触れることでそれを止める。
今の自分は何も出来ない浅水ではない。





「大丈夫、私も戦えるから」





そう言って、すらりと小太刀を鞘から引き抜く。
一点の曇りもない小太刀は、いつだって四神が力を貸してくれた。


「どうして?浅水の小太刀から、四神の気を感じる……」


小さく呟いた白龍に、やはり気付くかと視線を投げる。
だが、それを今説明している暇はない。
今は目の前にいる知盛を何とかしなくては。


「浅水さん、戦えるんですか?」
「うん、だから私のことは気にしなくていいから」


目の前のことにだけ集中して、と告げれば、望美は自らの武器を構えた。
多分、みんなは知盛を狙うだろう。

ならば自分は、邪魔な怨霊を相手にすればいい。
みんなが目の前の敵に集中できるように。





ここで知盛を退けることで、平家は福原から撤退し屋島へと向かった。










危機一髪? 










相変わらず戦闘はスルーです
2009.7.9
 
  

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