重なりあう時間 第三部 | ナノ
 


弁慶の部屋から自分が読みたい書物を見付けるまでに、かなり時間がかかりそうだ。
浅水がそう思ったのは、彼の私室という名の物置を掃除して数日が経過してからだった。

部屋の掃除自体はそれほど時間はかからない。
けれど、どれを捨てて良い物か浅水一人では判断がつかないのだ。
結局、当たり障りのない場所を掃除して、邪魔な荷物は女房に頼んで空いている部屋に置いてもらった。
それを仕事が済んだ弁慶に、いる物といらない物に選別してもらうのだが、これがまた中々進まない。


現代ではよく、テスト前などに気分転換に掃除をし始めたりだとか、年末の大掃除に出てきた過去の物を懐かしがって眺めてしまうと言う話を聞く。


それはこの弁慶も同じだったようで、別室に置かれた自分の数々のガラクタ──もとい、書物や小物を眺めては過去に思いを馳せるのだ。
あまりにもそれが酷いので、一度厳しく注意したのだが、直るのはその時だけ。
時間が経てば、再びそれらの品を飽くことなく見ている。
いっそのこと、そのままにしておこうかと思ったが、弁慶のことだ。
二部屋も自分の好きに出来る場所があったら、今度はその二部屋がとんでもないことになるだろう。

それだけは断固として避けたい。

その為にも、早々に今の部屋を掃除してしまいたいのだ。
残る作業は、この部屋にある荷物をいる物といらない物に分け、必要とされた物を再び部屋に片付けるだけ。
その基本さえ出来てしまえば、再び弁慶の私物で部屋があふれかえる前に、浅水が掃除することが出来る。


「……それで、いつになったら終わるのかしら?」
「え?あぁ、すいません。つい、読むのに夢中になってしまいました」


多少苛つきながら訊ねれば、弁慶は目を落としていた書からようやく顔を上げた。
彼に選別を頼んでから既に半時。
一冊の書を眺め始めた弁慶は、そのままずっと書に目を通していたのだ。
それこそ浅水が声を掛けるまで、ずっと。


「いい加減、掃除も終わらせたいから早く済ませてもらいたいんだけど」
「でも、僕からすれば全て必要だから集めた物なんですが」
「私からすれば、全部いらない物に見えるの」


問答無用で捨てずに、わざわざ伺いを立ててから捨てるのだ。
少しは有り難みという物を覚えて欲しい。


「分かりました。ちゃんといる物といらない物に分けておきますよ」
「その言葉、本気にするわよ?」


嘘をついたらどうなるか、わかっているよね?と目だけで問えば、弁慶は苦笑しながら信用ないんですね、と呟いた。
本当に重要なことは直ぐにでもする癖に、二の次三の次と後に回せる物は本当に切羽詰まらないと手を出さない。
それを知っていながら、どうして信用することなどできようか。


「それと、女房たちの私の呼び方、どうにかならない?」
「呼び方、ですか?」


今の浅水の様子を少しばかり脚色して女房に告げたのは、弁慶だった。
主からの言葉に、疑問や哀れみを覚えながらも納得してくれたのがほとんど。
その際、弁慶は自分の妻だと言うことも忘れているようだ、と話したらしい。

事実、弁慶の妻になったわけではないので、それは有り難い話なのだが。

だから、できることなら「お方様」とは呼ばず、名前で呼んでやってくれと言われた女房たちが、次に浅水を呼び始めたのは様付けだった。
別段、弁慶の妻でなくとも「お方様」と呼ばれて違和感は感じない。
それは三年もの間、ヒノエの隣にいることでそう呼ばれ続けたせいだ。


「やるならとことんやった方がいいじゃないですか。それに、僕は嘘はついてませんよ」
「下手に細かく決めて、ヘマをしたときは反動が凄いでしょ」


弁慶ほどではないが、神経の図太さには自信がある。
一つ問題があるとすれば、想定していないところに話を持って行かれた場合、だ。
後から修正できるような小さいことであるならまだしも、大きい物だった場合は迂闊に口に出せない。


「その時は……お仕置きでしょうね」


ニッコリと、見事なまでに爽やかな笑みを浮かべる弁慶に、浅水は背筋が寒くなった。
彼がこんな顔をする時は、決して逆らってはいけない。
逆らったが最後、口に出すことすら憚れるほどのことが待っているのだ。


「ぜ、善処するわ……」


冷や汗を浮かべながらそれだけを何とか口にすれば、途端にいつもと変わらないそれになる。
そのことに安堵しながら、浅水は決して自分から下手なことは言わないでおこうと、固く心に決めた。
同じ部屋にいて、これ以上心臓に悪いことが起きる前にと、浅水は早々に部屋から退出を決め込んだ。



果たして、弁慶がきちんと片付けていたかどうかを確認するのは、次の日のことだった。










翌日、弁慶が仕事に行ってから浅水は確認のために昨日の部屋へと足を運んだ。
部屋の前に立ち、重い溜息を一つ。
それは、弁慶があのまま部屋を散らかしたのでは、という思いが頭のどこかにあるからだ。
一つの部屋を掃除していたはずなのに、違う部屋まで散らかされては堪った物じゃない。


「よしっ」


気合いを入れて、意を決して障子を開く。
そこには、きちんと片付けたのだろう。
昨日の半分になった荷物がその場に置かれていた。

目の前の光景に思わずその場に座り込めば、ちょうど手伝いに来た女房にどうかしたのかと問われる。
何でもないと答えながらも、先程までの考えが杞憂に終わったことに心から安堵した。
これで何も変わっていなかったり、逆に散らかされていては今日一日の予定が台無しになるところだったからだ。

既に女房たちは部屋の中から荷物を運び出している。
いつまでもこうして座っていては邪魔になることは必死。
浅水は立ち上がり、自分の荷物を運び出そうと部屋の中へ入ろうとした。


「浅水様!」


けれど、部屋に一歩足を踏み入れた時点で名前を呼ばれ、結局はそのままその場に留まった。
パタパタと小走りでやってくるのは最近やってきた年若い女房。
一体何かあったのかと、自分でわかる限り想像してみるが、生憎思い当たる節はなかった。


「どうかしたの?」


やってきた女房に声を掛ければ、言いにくそうに口を開いたり閉じたり。
本気で良からぬことでもあったのだろうかと、視線を鋭くすれば、それに気付いたのか慌てて言葉を紡ぐ。


「あの、お客人が見えているのですが……」
「客?弁慶にじゃなくて、私に?」


思わず問い返せば、はいと頷かれる。
自分に来客があるなど、弁慶は一言も言っていなかった。
個人的に予定を取り付けていたのなら、文や何かが部屋に残っていても良さそうな物。
けれど、そんな物は部屋に残されていなかったのを、自分はこの時空にやってきたその日の内に確認している。
ならば、一体誰が来たのだろうか。


「その人は名前か何か言っていなかった?」
「ええと、従兄弟が会いに来た、とだけ」


従兄弟という言葉で想像したのは二人。
将臣と譲だ。
自分の知っている二人は現代にいる。
けれど、ここではそうでもないらしい。
果たして自分に会いに来たのはどちらの従兄弟なのか。
もし譲だった場合、望美も一緒にいそうな気がするが、譲ならばちゃんと名乗り出るだろう。
消去法で考えれば、残るのは一人だけ。


「もしかして、やってきたのは青い髪の男?」
「はい、そうです。一応待たせてありますが、通しますか?」


弁慶から得る情報は、ほとんどが熊野のことばかりだ。
恐らく九郎とも何かしらの情報は交換しているだろうが、中々それを聞くタイミングが掴めない。
ならば、他の人間から聞けばいいのだ。
幸いにして、将臣ならば自分が違う時空の人間でも、現代にいた頃を知っている。
話してもマイナスにはならないはずだ。


「そうね、通して頂戴。私も今行くわ」
「かしこまりました」


一礼して去っていく女房を見送りながら、自分は片付けに参加できなくなったことを断っておく。
それから、後のことを任せて将臣が通されただろう部屋へと急ぐ。

本来なら着替えをしなければならないだろうが、相手は将臣だ。
形式張った面会でなくともいいだろう。


部屋に入れば、その後ろ姿は確かに自分の記憶そのままの将臣。
将臣も、浅水が部屋に入ればそれに気付いて振り返った。


「よーう、元気そうじゃねぇか。浅水」
「そういう将臣こそ、相変わらずだね」


へらりと笑みを浮かべながら、軽く手を上げる姿が酷く懐かしい。。
源平の戦が終わった後もこの世界に残った将臣は、成長はしている物の、さほど違和感は感じない。
外見の変化は著しく出てはいないようだ。

将臣の上座に座れば、女房が茶を持って現れた。
それを受け取り、一口喉へと流し込む。
女房が部屋から出て行き、足音が遠くなったのを確認してから浅水は口を開いた。


「それで、熊野に何の用?」
「おいおい、久し振りに会った従兄弟に対して随分な言いぐさだな」
「久し振り、ね……。確かに久し振りだわ」


しみじみと呟きながら、三年という時間は短いようで長いことに気付く。
きっと、自分の知る将臣も目の前にいる彼のように成長しているのだろうか。
それとも、元の年齢に戻るはずだから、今の姿は自分の知る姿そのものなのだろうかと、思う。

それなりに忙しい毎日は、時に幼馴染みや従兄弟を思い出させるけれど、いつだって隣に彼がいてくれた。
だからこそ、乗り越えることが出来たのだろう。
けれどこの場に彼はいない。

支えとなる人がいなければ、きっと自分は耐えられない。


「でよ、実はここに来たのは俺だけじゃねぇんだ」
「将臣だけじゃないって、他に誰が……」


申し訳なさそうに告げられた言葉に、連れがいるならどうしてこの場にいないのだろうと考える。
けれど、直ぐさま誰のことを言っているのか気が付いた。

本宮の近くまでならこれるが、結界によってその侵入を阻まれている人物。
白龍の神子がその場にいれば、きっと将臣と一緒にやってきたのだろうが、ここに白龍の神子たる望美はいない。


「まさか、敦盛?」


龍脈が戻り、五行が正常に動き出した今も尚、自分の知る彼のように、敦盛はこの世に存在し続けているのだろうか。


「あぁ、そうだ。けど、結界が張ってあるらしくて一定以上近づけなくてなー」


今は結界の外で一人、待機しているのだという。
それを聞いて、そのままにしておけるわけがない。
望美はいないが、恐らく敦盛が結界の中に入ることは可能だろう。
自分は今、白龍の逆鱗を持っている。
それに、四神の加護はないかもしれないが、熊野権現の加護ならある。

それでも駄目なら、自分が結界を一時的に解いて敦盛を中に入れ、もう一度結界を張ればいいだけだ。

すっくとその場に立ち上がれば、それだけで浅水が何をするのか気付いたのだろう。
将臣もその場に立ち上がる。


「案内よろしく」
「オーケー、任せとけって」


将臣のカタカナも久し振りだと思いながら、浅水は将臣と共に敦盛の待つ場所へと急いだ。










本宮を出て、少し離れた場所にある林の中に求める人物の姿があった。
日陰で休んでいるその姿は、かつての物と同じ。
怨霊である敦盛は、一切の成長を見せずにその場にいた。


「敦盛ー、連れてきたぞー」
「将臣殿……それに、浅水殿も。お久し振りです」
「うん、久し振り」


律儀に頭を下げる敦盛に、思わず頬が緩んだ。
例え過去に自分と時間を共有した記憶がなくとも、彼が敦盛であることに変わりはない。
その声も、雰囲気も。
まるで怨霊とは思えない。


「とりあえず、ここで話すのも何だし、本宮へ行きましょうか」
「いや、だが……」


浅水の言葉に表情を曇らせたのは、将臣と敦盛である。
将臣に至っては、先程結界に阻まれて敦盛が入れないと告げたばかり。
自分の話を本当に聞いていたのか?という顔である。


「大丈夫、何とかなるって」


言いながら、浅水は着物の袷から白龍の逆鱗を取り出し、それを首から外した。
そのまま敦盛の首に逆鱗を掛け、彼の手を取る。


「あ、あのっ、浅水殿!」


突然浅水に手を取られた敦盛は、見る間に顔を赤くして慌て始めた。
確か望美の時も同じ反応していたな、と過去を懐かしみながら、敦盛の手を引いて結界へと入っていく。
これで敦盛が弾かれるのならば、本格的に張られてある結界を解除する必要がある。





だが、浅水が本宮の結界を解除することはなかった。





浅水の目論み通り、無事に敦盛が結界の中へ入ったのを確認すると、浅水はその手を離した。
結界の向こう側にいる将臣はヒノエのように口笛を吹いている。


「ね、何とかなったでしょ?」
「あ、あぁ。浅水殿、すまない。だが、どうしてあなたがこれを……?」


敦盛が興味を示したのは、彼の首に掛けた白龍の逆鱗。
どうして、ということはこの逆鱗の持ち主が望美であり、自分が持っていないことを知っているからか。


「色々とね、こっちにも事情があるのよ」


言葉を濁しながら、敦盛から逆鱗を返してもらう。
再び自分の首に逆鱗を掛け、袷にしまい込めば将臣も合流したところだった。


「さて、問題が解決したわけだから本宮へ行こうか。二人とも、泊まっていくよね?」
「あの、迷惑ではないのだろうか……」
「当然だろ」


対照的な返事を返してくる二人に、これでよく一緒に来れたなと思うが、恐らく将臣が敦盛を言いくるめてきたのだろう。
多少控えめの敦盛は、基本的に率先して何かを進言したりはしない。
だからといって、必ずしもみんなと同じ意見を出すわけでもない。
自分で決めたことは、最後までやり抜く男だ。


「じゃあ、決まりね」


例え自分の知る彼らでなくとも、久し振りに再会出来た喜びは止められない。


これが本来の時空だったらどれだけよかったことか。





この時空に存在し続ける自分の意味を、浅水はまだ理解できていない。



夢は、未だに浅水を苛ませていた。










気持ちに嘘はつけないの 










敦盛と将臣登場
2009.2.10
 
  

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