重なりあう時間 第三部 | ナノ
 


昼間はまだ夏の暑さが続いているというのに、朝晩の気温の変化が著しい。
外に出れば、いくらもしないうちにじっとりと額に滲む汗。
それを軽く手で拭い、上空に浮かぶ眩いばかりの太陽を睨み付ける。


「いつの時代も、夏は暑いなぁ」


遙かなる世界を思い出し、ポツリと呟く。





現代のように、便利な電化製品がない時代。


血で血を洗うような、戦乱の時代。





普通だったら決して体験できる物じゃないけれど。
でも、確かに自分はその時代の一部を駆け抜けた。
身体に出来た傷は、跡形もなく消えている。
手に出来た肉刺だってない。





それでも、手にした刀の重さを覚えている。


人の肉を切る感覚を、忘れてはいない。





それ以上に、仲間と言える人たちと過ごした時間は色褪せない。
瞼を閉じれば、みんなの顔がしっかりと脳裏に浮かんでくる。





笑ったり、怒ったり、泣いたりもした。





それでも、くじけたりしなかったのは、一人じゃなかったから。
いつだって、隣には誰かがずっといてくれたから。










大切な人たちが、いたから。










手のひらを太陽に翳せば、それすらも掴めるのではないかという錯覚に陥る。
神ですら屠った手。
この手は大量の血で汚れている。


「望美。お前、熱中症にでもなるつもりか?」


ふと、耳に届いた声に顔だけ動かせば、目の前にいたのは幼馴染みの一人。
龍脈の乱れが正されたことにより、すっかり元の姿に戻った将臣だ。
だが、目の前にいる将臣の姿は、いつか見た姿と似通っていた。
それが意図的になのかはわからないが、将臣の姿もあの時のことを忘れない要因の一つ。


「なりませんよーだ。ねぇ、将臣くん。譲くんは?」


小さく舌を出しながら反論すると、将臣のところまで歩きながら訊ねる。
望美が自分の元までやって来たのを見ると、将臣もまた彼女と一緒に歩き始める。


「家の中でお前がこねぇって、随分心配してたぜ。ったく、自分が迎えに来ればいいのに、わざわざ俺に出向かせるんだからよ」
「ちょっとね、思い出してたんだ。みんなのこと」


有川家へと足を向けながら、先程まで考えていたことを口にする。
そうすれば、あぁ、と将臣も小さく同意した。
彼には彼の、大切だった人たちがいる。
その思いは将臣本人にしかわからない。
あのときのことを思い出せばキリがないのだ。



思い出に浸る暇があるのなら、現実を見ろ。



そう言っていたのは誰だったか。
けれど、望美の胸元には今でも白龍の逆鱗が掛けられている。
現代の生活にすっかり戻ってからも、逆鱗を見る度に思い出す。





楽しかったことも、辛かったことも全て。





「そんで?今日は譲と何の約束してたんだ?」


異世界で想いを通わせた二人は、晴れて恋人として付き合っている。
時折、将臣からからかわれる物の、その絆は強く結ばれたまま。


「今日は浅水ちゃんに残暑見舞いを書こうと思ってるんだ」
「残暑見舞い?書くったって、異世界に届くわけねぇだろ」


将臣と譲の従姉妹である浅水は、全てが終わったと同時に現代ではなく、遙かなる世界へと旅立っていった。
愛しい人と共に人生を歩むために。
白龍も、失われた力を取り戻して天へと戻っているだろう。


「甘いね、将臣くん。何のために私が浅水ちゃんにコレを渡したと思ってるの?」


そう言って望美が掲げたのは、白龍の逆鱗。
そして同じ物を浅水も持っている。
餞別、と言ってリズヴァーンが持っていた物を、望美が浅水へ手渡したのだ。


「何のため、って……ヒノエに愛想尽かしたら戻ってこい、って言ったのは誰だよ」
「何言ってるの!浅水ちゃんがヒノエくんの所から戻ってくるわけないじゃない」


きっぱりと断言した望美に、将臣は思わず開いた口がふさがらなくなった。
だったら、どうして彼女に逆鱗を渡したのか。
ただの「思い出」のため、とは考えられない。
望美のことだから、何か良からぬことを考えているようにも思える。


「もう、将臣くんってば、本当にわからない?浅水ちゃんに逆鱗を渡した理由」
「……まさかとは思うが、望美」


唯一、頭の中に引っかかったことを口にすれば、望美はにんまりと人の悪そうな笑みを浮かべた。


「そう!浅水ちゃんの持つ逆鱗を頼りに、こっちから浅水ちゃんの所へ行くんだよ!」


望美の口から出た言葉に、やっぱりかと、将臣は肩を落とした。
この幼馴染みは、目的のためなら何でもやるのだ。
伊達に、白龍の神子を務めていたわけではない。


「だって、将臣くんは気にならない?ヒノエくんと浅水ちゃんの子供とか」
「だからってなぁ、」
「あ、譲くんも行くって言ってくれたからー」


将臣が何か言うよりも早く言葉を告げると、望美は駆け足で有川家の玄関へと入って行った。
それを見ながら、ちらりと太陽を仰ぐ。


「悪いけど、俺には望美は止められねぇや」


誰にともなく小さく呟くと、将臣は望美の後に続いて家の中に入った。










望美たちが再び現代で過ごすようになってから、既に三年の月日が流れていた。










きっかけは、きっと些細なこと 










肝心の二人が出てこない……
2008.8.25
 
  

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