重なりあう時間 第二部 | ナノ
どこかでこうなることは予感していたのかもしれない。
そう、龍脈の乱れと自分の姿が元に戻ったときから。
これから先がどうなるかなんて、私にはわからない。
Act.7
結局昨日はあのままヒノエと帰宅した。
聞いた話に寄れば、敦盛は連日のように図書館へ通い詰めているとのころ。
だったら、明日も散歩がてら外へ出てみようと思った。
既に学校は冬休みに入ったから、クラスメートに会ったところで何も問題はない。
それに、今の自分に気分転換は必要な物らしい。
一人でいると、決まって今の自分と前の自分を比べてしまうから。
そういえば、ヒノエが何か言いかけていたが、一体何だったのだろうか。
あの後、目を覚ましたヒノエに聞いてみたけれど、はぐらかされてしまい結局聞くことはできなかった。
自分に話せないことなのか。
はたまた、まだ話す時期ではないのか。
どちらかはわからないが、話せないことではないだろう。
もし自分に話せないのであれば、最初から口には出さないはずだ。
ならば、彼が話してくれるまで待つしかない。
その話が、自分にとって良いことである物を願って。
翌日。
目を覚ました浅水は、時刻を確認して、再び驚くことになる。
「どういうことよ……」
またしても寝坊だなんて、信じられない。
昨日ほどではないにしろ、時計の針は昨日と似たような時間を指していた。
これでは望美を寝坊だなんて言えない。
もしかしたら、今は自分よりも望美の方が朝は起きるのが早いかもしれない。
突然生活のリズムが狂う、だなんて事はあるのだろうか?
昨日だってそれなりに早い時間に布団に入ったのだ。
だったら、昨日よりも早い時間に起きていいはずだ。
それに昨日に引き続いて起きてこない自分を、誰かしら起こしに来ているはずだ。
それならば、その人の気配もわからずに、自分は寝痩けていたことになる。
「一体どうしたっていうの」
自分の手のひらを見つめながら呟けば、そのまま両手で顔を覆う。
基本的に、浅水は休みの日は起きるのが遅い。
だが、それはあちらの世界へ行く前であり、何も用事がなかったときの話である。
こちらの世界へ戻ってきてからも、朝は早かったし、何よりやらなければいけないこともある。
だから、こんな失態は一度だけで充分だと思ったのに。
一度ならず二度までも。
元の姿に戻ったことが原因なのだろうか。
実際、この姿になった翌日から寝坊するようになったのだ。
そうと考えてしまうのも無理はない。
誰かに問うて、答えが返ってくる物ならば、すでにやっているだろう。
それをやらないのは、誰に聞いても答えは出てこないことを知っているから。
あの白龍ですら、自分が元の姿に戻った理由を知らないのだ。
神が知らないことを、人がどうして知れるのか。
謎は謎のまま、新たな謎を積み重ねていくばかり。
願わくば、その謎に潰されないうちに、解決の糸口が現れて欲しい。
浅水は溜息一つついて、着替えを始めた。
昨日行くことができなかった図書館。
敦盛は今日もそこへ行ったらしく、浅水も散歩がてら行ってみることにした。
このまま家にいては、ろくな事を考えない。
要は、何か気が紛れればいいのだ。
本屋へ寄って、新刊を購入してから図書館へ向かう。
思っていた以上に本屋で時間を使ってしまったので、果たして閉館時間に間に合うかどうか。
「さて、敦盛を探しますか」
図書館へたどり着けば、学校のそれとはまた違った感じの場所に、思わず口笛を吹きたくなる。
敦盛が何かを読んでいるとなると、おそらくあの時代の事だろうか。
浅水は、歴史書が置いてあるコーナーに目星を付けて、敦盛を探すことにした。
「……私が存在する…………おっしゃった……」
「荼吉尼天…………やらなきゃ……」
彼の人の姿を捜しながら館内を歩けば、ひそひそと会話する声が聞こえてきた。
その中に出てきた「荼吉尼天」という言葉。
そんな言葉を使って会話する人など、限られてくる。
神に興味がある人か、その神と関係があった人か。
けれど、聞こえてきた声が自分の知る物だったので、捜し人だろうと思う。
どうやら、一人だけではないみたいだが。
「……人ならざるモノが存在しているということだ。それは……」
「敦盛さん?「人ならざるモノ」って……」
どうやら一緒にいたのは望美らしい。
彼女も敦盛が図書館に来ていることを教えられたのか。
それよりも、望美も聞いていたが、敦盛の言う「人ならざるモノ」というのは、どういうことか。
『間もなく、閉館時間です。貸し出しの手続きがお済みでない方は……』
ちょうど運悪く、閉館を告げる放送が館内に響く。
折角ここまで来たのだから、自分も彼らと一緒に帰った方がいいだろう。
「……すまない。遅くなってしまったな」
「そうだね、話は帰りながらでもいいんじゃない?」
「浅水ちゃん?!」
望美に謝っている敦盛の言葉を引き継ぐように、言葉を続けながら姿を見せれば、どうやら望美を驚かせてしまったらしい。
いや、望美だけではない。
敦盛も、少しだけ戸惑ったように瞠目している。
やはり、この姿がまだ慣れていないのか。
「驚くのは後。閉館しちゃうから、出た方がいいでしょ?」
「あ、そうだね」
「ああ……」
とりあえず図書館を出ようと促せば、二人は頷きながらも浅水についてきた。
図書館からの帰り道。
たわいもない話をしながら、三人で歩く。
そんな中、望美は何か考えているらしく、終始無言だった。
彼女もまた、自分のように何か思うところがあるのかもしれない。
それは当てのない直感。
でも、ずっと胸の中に燻っているような感じ。
何かがあるはずなのに、それを思い出すことができないのと同じ。
「浅水、神子は一体どうしたのだろう」
「望美にも、考えることがあるんだよ。それにしても……」
望美の心配をする敦盛に、返事を返してから、小さく笑む。
すると、どうしたのかわからない敦盛は首を傾げた。
「ふふっ、敦盛が敬称なしで私の名前を呼んでくれたのは、何年振りかな」
「そ、それは……」
自分が笑んだ理由を教えれば、途端に頬を朱に染めて慌てる敦盛の姿。
そんな様子が可愛くて、思わず笑みを深くしてしまう。
ヒノエがいない時は敬称抜きで呼ぶ、という過去の約束を、彼は覚えていてくれたのだろう。
そんな律儀な彼の気持ちがありがたい。
姿の変わってしまった自分に戸惑っているだろうに、接するときはそれまでと何ら変わらない。
普通なら、態度に出てしまってもおかしくないはずなのに。
やはり、熊野にいたという事実がそれに繋がっているのかもしれない。
「………………」
不意に聞こえてきた声に、思わず気を引き締める。
この場にいるのは三人だけだ。
他に、人の気配はしない。
その事実に、てっきり空耳かと思ったときだった。
「え……?」
望美が小さく声を上げ、その場で足を止めたのだ。
それにつられて、浅水と敦盛の足も止まる。
望美がどこか一点を見つめる姿を、二人はただ見ていることしかできなかった。
「そなたが──か」
「あなたは──」
どうやら、望美の瞳には何かが映っているらしい。
チラリと敦盛を見やるが、彼は何も言わない。
望美が見ているモノが見えているのか、いないのか。
「 」
「えっ?何、今……何て──えっ……?!今の──」
まるで聞き取れなかった何かを聞き返すような声を上げた望美に、どうしたものかと考える。
すると、望美はくるりと後ろを振り返り、まるで信じられないモノでも見たような顔でこちらを見る。
敦盛は何も言わない。
だから、浅水も何も言わなかった。
「浅水ちゃん、敦盛さん。今のは……?」
理由を問いかけた望美だったが、そのタイミングを狙ったようにその場に曲が鳴り響く。
どうやら携帯らしい。
「何か鳴っているな。浅水と、神子の持ち物のようだが」
「は、はい。携帯にかかってきたみたいで」
「望美と同時に、なんていかにも何かありそうだね」
ポケットで鳴り響く携帯を取りだし、ディスプレイを確認すれば、そこにはヒノエの名前。
彼が電話をかけてくるということは、余程のことでも起きたのだろうか。
望美を見れば、既に電話に出ているようで、何やら話している。
自分も早々に出た方がいいだろう、と通話ボタンを押して携帯を耳に当てる。
「もしもし、ヒノエ?一体何があったの?」
用件を聞き出そうとすれば、ヒノエの声が電話越しにするよりも早く、望美の声が耳に届いた。
「怨霊っ!?どうして突然」
怨霊の言葉に、思わず身を固くする。
まさか現代にまで怨霊が現れるなど、誰が予想しただろうか。
これも、龍脈の乱れが原因か。
『九郎が望美に電話してるんだけど、どうやら望美も一緒にいるみたいだね』
そう言うことは、ヒノエは既に九郎と一緒に怨霊の元へいるということか。
ならば、早く望美を連れて移動した方がいいだろう。
怨霊を封印できるのは、白龍の神子である望美だけなのだから。
「うん、敦盛も一緒にいる。場所は?」
『鶴岡八幡宮。すぐにこれるかい?』
「当たり前でしょ」
それだけ言って電話を切る。
携帯をポケットにしまえば、望美の方も通話が終わったらしい。
バッグの中に携帯をしまっている。
「怨霊が……現れたというのか。この、世界にも」
信じられないといわんばかりの敦盛の声に、望美は小さく頷いた。
「とりあえず、急いだ方がいいみたいだね。行こう」
三人はその場から鶴岡八幡宮へと駆け出していた。
すぐ行くから
敦盛恋愛必須イベントは、望美がこなしたようです(爆)
そして、幻影登場!
2007/12/15