重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









例え世界が違っても、空の青さは変わらない。










でも、一つだけ言わせて。










一緒に、と昼寝に誘っておきながら、私を枕にするのは間違ってない?










Act.6 










どうしてこんなことになっているんだろうか。





自分の膝の上に頭を乗せて、すやすやと眠るヒノエの髪を梳く。
空を仰げば、冬の青空が目に痛い。
そもそも、ヒノエが自分の膝の上で寝ているのには、理由がある。





弁慶と別れてから、敦盛がいるであろう図書館を目指す。
別段、急ぎの用事でもないので、図書館を目指しながらどこか異変がないかも探っておく。
異変はいつ、どこであるかわかるものではないから。
けれど、探したところでそう簡単に見つかる物でもない。


「町を歩いていても、妙なことは見つからない。気配は……」


そこまで言葉にして、口を噤んだ。
今の自分は気配を感じ取ることはできない。
恐らく、何か妙な気配がしたとしても、気づける可能性は少ないはず。
そう思うと、背筋がぞっとした。
人であるならば第六感的な物が働くかもしれないが、多分怨霊になると、使えない。
この現代に、怨霊など現れないとは思うが。
四神の協力だけでなく、自分が持っていた能力すら使えなくなるなんて。
浅水は思わず爪を噛んだ。



「ヒノエなら、何かわかるかな……」



ぽつり、と小さく呟いた。
ヒノエは自分のようなお飾りではなく、ちゃんとした神職にある。
それに、初めて会ったときに、自分にはわからない神気を見抜いていた。
もしかしたら、今回も自分にはわからない何かを感じているのかもしれない。
けれど、そのヒノエは今どこにいるか、皆目見当もつかない。
彼に会いたいと願うなら、家に戻り、ヒノエが帰ってくるのを待つしかない。
携帯で呼び出そうか、と一瞬本気で悩んだが、現代を満喫している彼の妨げになるのは忍びない。


期間限定なのだ。
どうせなら、楽しんでいって欲しい。


そう思うのは、自分の間違いなのだろうか。


「それにしても、いい天気。このまま昼寝っていうのも、いい案かも」


冬という季節のせいでさすがに空気は冷たいが、今日はあまり風が吹いていないせいか、いつもより暖かく感じる。
これで廊下に布団を干して、その上で昼寝したら気持ちいいだろうな、と不謹慎ながらも思った。
図書館へ向かうのも目的の一つだが、その目的も随分と曖昧な物だ。


敦盛の姿を見たい、と思っただけなのだから。


彼が図書館で何を調べているのかは、大体想像がつく。
いくらこちらの世界とは歴史の流れが違うといえど、大まかな本筋はほぼ変わりない。
遅かれ早かれ、平家は滅びる。
それは敦盛でも、止めることはできない。
敦盛には酷な話だが、覚悟をしてもらわなければならない。


「あれ、猫だ」


ふと、目の前を通り過ぎた小さな物体に目を奪われる。
まだ成長過程なのか。
その小動物は、周囲の様子を伺いながら浅水の方へと近付いてくる。
浅水は、その場にしゃがみ込んで、猫へ自分の手を差し出した。
近付いてきた猫は、浅水の手のひらの匂いを嗅いでから、自分の頭を押しつける。
そっと頭を撫でてから、浅水は自分の腕の中へと抱え込んだ。
小さな熱源は、着ている服を通して浅水へと体温を分け与えているようで。


「暖かい」


満足そうにいえば、それが猫にまで伝わったのか。
けれど猫は、浅水の腕の中からするりと抜け出し、どこかへと走っていった。


「残念……」


逃げられたことに、少しだけ寂しさを覚えながら、どこへ向かっていったのか探し始める。
あまりにもあの猫は可愛かった。
もし飼い猫でないなら、いっそのこと自分が持って帰りたいくらいに。
けれど、有川夫妻が日本にいない今、勝手なことをするのもどうかと思う。
将臣や譲に言って許可が下りれば大丈夫だろうけど、最後まで面倒を見てやれるかわからないものは、連れて帰れない。


「さて、どこにいったかな」


浅水はその場に立ち上がり、猫が去っていった方向へと向かうことにした。
源氏山公園の茂みをガサガサと探す。
自分の記憶を信じるならば、確かこちらの方へ逃げていったはず。


「ここにもいない……ってことは、あっち?」


くるりと真後ろを振り返る。
あちらにも、ここと似たような場所はあるから、簡単に否定できないところが悲しい。
仕方ないので、あちらの方も探してみよう。
そう思い、踵を返そうとしたときだった。






「姫君は探し物かい?」





「え?」


どこか聞き覚えのある声に、思わず足を止めれば、浅水の目の前に降ってくる一人の少年。
恐らく、近くの木にでも登っていたのだろう。
浅水が何かを探していると見て、わざわざ出てきてくれたようだった。


「どこから見てたんだか……」


まさかこんな場所で再会するとは思っておらず、浅水は肩を竦めながら小さく笑んだ。


「浅水がこの辺りに来て猫をなで始めた辺り、かな?」


それはほとんど始めから、といってもいいような感じがするのは、自分の気のせいだろうかj。
それ以前に、自分を見ていたのなら、早々に出てきてくれても良かったのだ。

自分は彼に、聞いておきたいことがあったから。

どうして今になって出てきたのか。
自分が猫を探しているのを見て、協力してくれるとでも言うのか。


「早く声をかけてくれれば良かったのに」
「あまりにも愛しげな顔を見せる物だから……つい、ね。オレにはそんな顔見せてくれないしさ」


少しだけ拗ねた口調に、彼の年相応な部分が垣間見えた。
何でも──恋愛さえも──そつなくこなすようなヒノエが、そんな態度を見せてくれるのは、事実嬉しい。


「そうだっけ?そんなつもりはないんだけど」
「手厳しいね。でも、せっかく巡り合わせたんだから、一緒に午睡でもするかい?」


嬉しいお誘いに、少しだけ気持ちが揺れる。
自分も昼寝をしたいと思っていたのだ。
猫の行方も気になるが、それ以上に、午睡のお誘いには惹かれる物がある。


「『冬日可愛(とうじつあいすべし)』だ。日差しを楽しむなら、こんな日がいいじゃん。ここの木の下は、風も強くない。空の青さが楽しめるよ」


そう言って、そのまま座り込むヒノエに、浅水はチラリと空を見た。
ヒノエの言うとおり、この場所からは空がよく見える。
立っている自分の位置からそうだと言うことは、ヒノエがいる位置からだとどう見えるのか。


「今日は晴れてるしね。なら、ヒノエの言うとおり、私もゆっくりしようかな」
「是非にどうぞ?歓迎するよ、紅葉の姫君」


紅葉?
はて、一体どこから紅葉などいう言葉が出てきたのか。
自分が今着ている服には紅葉の模様など一つもない。
それ以前に、紅葉を彷彿させるような物は、何もなかったはずだ。
腕を組んで頭を悩ませていれば、す、とヒノエの腕が伸ばされる。
一体何、そう言おうとしたところで、彼の手の中にある一枚の紅葉。


「猫を追って、木の間を抜けたろ?髪についてたよ」


小さくウィンクするヒノエに、そういうことか、と納得する。
ヒノエの隣りに腰を下ろせば、小さなつむじ風がやってくる。
けれどヒノエの言ったとおり、あまり風は強くない。


「いい風……確かにここは気持ちいい場所だね」
「だろ?気分転換するには持ってこいの場所だ」


ヒノエの口から出た言葉に、思わず彼を振り返る。
何のために自分が外へ出たのか、ヒノエにはわかっていたのだろうか。
図書館にいる敦盛は、ただの口実に過ぎないことが。
そもそも、ヒノエには敦盛に会いに行くとは言っていない。
だから、浅水の目的がわかるはずがないのだ。
だとすると、あらかたの予測を付けていたのかもしれない。





ヒノエはどこまで気付いているのだろうか。





そういえば、自分は彼に聞きたいことがあったのだ。
せっかく本人が見つかったのだから、ここで聞いてもいいかもしれない。


「ねぇ、ヒノエ。ヒノエは今、何かの気配を感じる?」


問えば、彼はぱちくりと目をしばたかせた。
そんな彼の様子から、主語が抜けていたことを思い出す。
これでは単刀直入すぎて、何のことかさっぱりわからない。


「えと、五行についてとか、それ以外でもいいんだけど」


慌てて言葉を付け足せば、ようやく理解できたようで、あぁ、と小さく声を上げた。
けれど、じっと見つめてくる視線は、何やら浅水自身を観察しているようで。
確かにそれ以外でもいいとは言ったが、こうやって見られているというのも、何やら居心地が悪い。


「そうだね。強いて上げるなら、浅水に──ん?」


何か言いかけたヒノエが、言葉を途切らせた。
自分の横にずれた視線に、何かあるのかと顔を巡らせる。
すると、身体の横をすり抜けていく『何か』
それは、ヒノエ目掛けて一直線に走っていった。


「わ……っと、お前」


一方のヒノエは、自分の身体の上に飛び乗ってきたそれに、思わず体勢を崩した。
肘で自分の身体を支えながら腹の上を見れば、そこにいたのは先程浅水が探していた猫だった。


「さっきの猫、戻ってきたんだ」


ヒノエの腹の上で丸まる猫の背を撫でてやる。
今度は先程のように逃げたりしないらしい。


「お前なぁ……オレは今、忙しいんだって。ほら、そっちへ」


自分の腹の上にいる猫をどかそうとするが、しっかりとそこに鎮座していて、動く気配が感じられない。


「ふふっ、ヒノエのそこが気に入ったみたいだね」


零れる笑みを抑えきれないまま、ヒノエと猫を交互に見やる。
時折、猫を撫でる浅水の顔を見て、ヒノエは内心ごちた。


(せっかくの機会だったんだけど……ま、これはこれで使えるかな)


話す機会はいずれできるだろう。
それに、そこまで重大なことではないかもしれない。


「浅水」
「何?って……ちょ、何してんの!」


名を呼ばれたから顔を上げれば、いつの間にやらヒノエの頭が自分の膝の上に乗っている。
下から自分の顔を覗いてくる二つの紅玉。


「たまにはお前の膝で少し寝せてよ。そしたらさ、一緒に帰ろうぜ?」


ニ、と悪戯そうに笑む顔は、こちらの言葉に耳を貸してはくれなさそうだ。
浅水はがっくりと肩を落として、しばらく枕の役目を果たすこととなった。
そして、冒頭へ戻る。










「ヒノエが言いかけてたのは、一体何なんだろうね」










猫が来たせいで有耶無耶になった言葉は、一体何を告げようとしていたのか。
浅水は、ヒノエの髪を弄りながら、彼の目が覚めるのを待った。










少しだけお休み 










ヒノエ恋愛必須イベント。
ヴェルレーヌのくだりはすっ飛ばしました(爆)

2007/12/14



 
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