重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









珍しく寝坊した。









でも、よく寝たと思えないのはなぜだろう。










少し、外の空気でも吸って気分転換してみようかな。









Act.5 










「……有り得ない……」


浅水が呆然と呟いたのは、目覚まし時計の時間を確認してからだった。
いつもなら、この時間はすでに何をするかで悩んでいるはずだ。
起きたらまず朝食の準備をして、それが終わってからみんなでご飯を食べる。
それから少しゆっくりして、銘々の時間。
けれど、今の時間はほとんど昼に近い。
昨夜はヒノエが部屋にやってきたが、それだってあまり遅くならないうちに戻っていった。
昼間寝たせいで眠れないかと思っていたが、それは杞憂に終わり、ベッドに横になったらすぐさま眠気がやって来た。
それから素直に寝たと考えても、こんな時間まで寝ているなんて考えられない。
そうでなくとも、熊野にいたときと同じような時間に起きるこの体質を疎ましく思っていたのに。


「まだ誰かいるかな……?」


考えていても埒があかないと、浅水はベッドから抜け出して着替え始めた。
クローゼットの中にある物を適当に拾う。
望美や朔はスカートをはいているが、浅水はどうしてもスカートをはく気にはなれなかった。
それも、熊野にいた頃が関係していると思う。


ヒノエと共に駆け回るには、姫君の格好ではいられない。
だから、なるべく動きやすい格好をしていた。
ましてや、翅羽として水軍にいるときは尚更。
女だと悟られないために男の格好をしていたのだ。
そのせいで、みんなと会った初期の頃は自分を男だと思っている人がほとんどだったが。


姿見の鏡で自分の姿を確認してから、部屋を出る。
静かな家は、ほとんどの人が出掛けていることを指していた。
とりあえず何か飲もうとキッチンへ顔を出せば、そこにはカップラーメン一つに真剣に悩む将臣の姿があった。


「そんなに悩むくらいなら、全部食べればいいんじゃない?」


小さく笑いながら、冷蔵庫を開けてペットボトルのミネラルウォーターを取り出せば、将臣が小さく顔を上げた。


「バッカ。いくら俺でも一度に全部は多いって。それにこういうのは久々だから、慎重に考えねぇとな」


たかがカップラーメン一つに慎重になるのもどうかと思うが、本人がそれでいいのなら、あえて突っ込むのは止めておこうと思う。
でも、確かにインスタント食品はあちらの世界になかったから、久し振りに見たような気がする。
あの世界は味も薄いし、ほとんど素材そのものの風味である。
さすがに熊野に拾われたおかげで、自分は食べ物に苦労したことはないけれど。
それに譲が来てからは、彼が現代風の料理をよく作ってくれた。
譲ほどでないにしろ、やろうと思えば自分もできただろうが、如何せん。
あの頃は自分の正体を隠していた。
だから、下手に現代風の料理など作れるはずもない。


「みんなはもう出掛けたの?」


ペットボトルを片手に持ったまま問えば、みたいだな、と曖昧な返事が返ってくる。
どうやら、自分が思っている以上に真剣らしい。
いつまでもここで将臣の邪魔をしていては、彼はいつまでたってもカップラーメンにありつけないだろう。
それに、たまには外に出るのも悪くない。


「なら私も出てくるから。遅くならないうちに帰るとは思うけど、留守番よろしく」
「浅水」


どうせ聞いていないだろうけど、と内心ごちりながら告げれば、意外にも将臣は自分の名を呼んだ。
わざわざ名を呼ぶということは、何か用事があるのだろうか。
とりあえず話だけは聞いてみようと、その場から動かずに将臣を見る。


「何?」
「いや……あれから体調はどうだ?」
「別に。何ともないよ」


訳がわからないまま倒れた昨日。
その理由は未だわからず。
けれど、同じ症状は出ていないから、やはりたまたまだったのかもしれない。


「そっか。一応、何かあったら携帯に連絡入れろよ?」
「わかってるって」


いつになく心配性な将臣に苦笑する。
普段ならこの役目は譲のはずだ。
それとも望美と結ばれたせいで、その役目が変わったのか。


「用はそれくらい?」
「あぁ……そう、だな」


どこか歯切れの悪い将臣に、何かあったのだろうかと眉をひそめる。
だが、それが何なのか理由がわからないし、将臣の表情からも読むことができない。
そのことに、少しだけ苛ついた。





人の態度には敏感だと思っていたのに。





弁慶ほどではないにしろ、自分だって相手の表情から考えを読むことができる。
でも、今はそれができない。



なぜ──?



どうにもこうにももどかしい。
自分自身に頭がくる。


「なぁ、浅水」
「何よ」


ついつい今の感情が言葉に表れる。
将臣が悪いわけではないのだが、今は感情が押さえられない。


「……いや、何でもねぇ」


暫しの逡巡の後、何でもないと首を振る将臣に、少しだけ首を傾げた。
けれど、本人がなんでもないと言っているのだ。
無理に聞き出す必要もないだろう。


「あっそ、じゃあ行ってくるから」


ひらひらと後ろ手に手を振りながら、浅水はキッチンを出て玄関へと向かった。
その後も、将臣はしつこく悩んでいたというのは別の話。





家を出て、当てもなくふらふらと歩く。
そういえば、敦盛が図書館にいるとか言っていた気がする。
たまには図書館に行くのも悪くないかもしれない。
そう考えると、浅水は図書館までも道程を徒歩で行くことに決めた。
しばらく歩き、極楽寺駅へ近付けば目の前からやってくるのは、どこかで見た顔。
思わずその場に足を止め、彼の姿をじっと見続ける。
ヒノエ同様、現代に早く溶け込んだ彼である。
洋服を着ても違和感がない辺りは、さすがとしか言いようがない。


「浅水さん、奇遇ですね。どこかにおでかけですか?」


どうやら浅水の姿に気付いたらしい弁慶は、小走りで残りの距離を詰めてきた。
弁慶がやってくるのを待てば、浅水の正面にやってきたときに微笑を浮かべる。
服装が変われど、その中身だけは変えることができないらしい。
もしくは、その笑顔がすでに張り付いているだけか。
どちらとも言い難いが、下手なことを言って痛い目を見るのだけは勘弁したい。


「起きたらこんな時間だったから、ちょっと気分転換。弁慶は?どこかに行くの?」


言ってから「行ってきた」のほうが正しかったかもしれない、と少々後悔する。
自分のいる方向へ向かってきたと言うことは、有川家へ戻るかもしれないのだ。


「僕も目的の場所がある訳じゃないんですよ。ただつれづれに、ね。せっかくだから、ご一緒しませんか?」


微笑とは違う、ニッコリとした笑みを浮かべた弁慶に、浅水は頷く事でしか返す方法を知らなかった。
けれど、今の自分は弁慶に心配をかけさせたりとか、ヘマをした記憶はない。
そんなことをしたらどんなことになるかは、幼少時にすでに経験済みだ。


「そうだね、たまには弁慶と一緒っていうのも、悪くない」


ここ最近はヒノエが自分にべったりだから、その分他のメンバーとの交流が少なくなっていく。
たまにはこんな日があってもいいはずだろう。
それに誰かと一緒というのも、いい気分転換になる。


「ふふっ、君の笑みは冬の雲間の日差しのようですね」


弁慶の口から出た言葉に、浅水が思わず閉口したのは言うまでもない。
思えば弁慶はヒノエの叔父なのだ。
ヒノエとはまた違った口説き文句という物が、この世には存在する。


「そんなお世辞言っても、何の得にもならないよ?」
「そうですか?君のそんな顔が見れたのは、得の一つですよ」


このままでは確実に負ける。

そう判断した浅水は、これ以上負ける前にと、弁慶を促して歩き始めた。



歩きながら話をすれば、弁慶は自分たちの住む街をゆっくり歩いてみたかったのだと言う。
確かに、あちらの鎌倉とは様子が違っているだろうが、持っている雰囲気はどこかしら似ていると思う。
そして、お寺や神社なども。

二人は、極楽寺の境内へと歩を進めていた。
極楽寺について話しますか?と問われたが、あまり興味を持っていないため、遠慮した。
弁慶も、興味がない人に無理に教えても面白くはないと言った。


「けれど、ここの桜のことはよく知っているんじゃないですか?」


そう言って、弁慶が示したのは境内にある桜の木。
さすがに冬の時期のせいで花はない。
けれど、浅水は知っている。
春になれば、どれだけ見事な花を咲かせるかということを。


「そうだね。この桜は、望美たちと毎年見てた」


過去を懐かしむように告げる浅水に、弁慶の表情が翳った。
彼女は気付いているのだろうか。
今、自分が呟いた言葉が過去形になっていることを。
全てが終わり、元の生活に戻れば、また望美たちと共に桜を見ることだってあるだろうに。


「今が春でないのが、ちょっと惜しいな」
「弁慶?」


そっと息を吐いてから、自分でもおかしいと思う程に明るい声を出す。
そうすれば、浅水の視線が桜から弁慶へと移った。


「こうして君と散策するのが春の日だったら、桜花の下にたたずむ君の姿を見ることができたのに」
「え……」
「龍脈の乱れは早く正さねばなりませんが、君と一緒に鎌倉の春も見てみたいものですね」


自分で言っておきながら、頭ではそんな日は来ないとわかっている。
龍脈の乱れが大きくなれば、現代にだって何かしらの影響があるはずだ。
少しでも早く龍脈をあるべき形へ戻さねばならない。










そして、龍脈が正されたときが、自分たちがこの世界から消えるとき。










消えるというのは正しいようで違う。
正確に言うなら、元の世界へ戻る。
もし自分たちが元の世界へ戻るときは、目の前にいる少女はどうするのだろうか。



ヒノエと思いが通じたのは、つい最近のことだったはず。



それをなかったことにして、生まれ故郷の現代へ残るのか。
短期間現代にいたが、この世界がどれほど住みやすいのかは理解できた。
こんな時代から、自分たちの世界へ来た彼女たちには、どれだけ大変なことだっただろう。


「そういえば、あれから体調はどうですか?」


話題転換のように、体調について問えば、浅水はパチパチと瞬きを繰り返した。
それからおもむろに、自分の中で言葉を反芻する。


「全然平気。何ともないよ」
「そうですか。けれど、何かあったときはすぐに教えて下さいね?」


将臣とほぼ似たような行動に、思わず失笑する。
それほどまでに自分は彼らに心配をかけさせているのか。
恐らく、いろいろな意味で。


「はいはい、弁慶ってば心配性だね」


けれど、心配してもらえている事実がありがたい。
もう少し歩いてから帰ると、弁慶と別れれば、弁慶は小さくなっていく浅水の背中をいつまでも見ていた。










「浅水さん……君は、自分のことを本当にわかっているんですか……?」










薬師でもある弁慶には、浅水の僅かな異変ですら、心配の要因のひとつでもあった。










飲み込んだ言葉 










弁慶恋愛必須イベントのわりに、将臣が出張ってた……(爆)

2007/12/11



 
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